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6.実家へ

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 平民として生きていくためには様々なものが必要だと、オデットはクロエから滾々と説明された。
 その最たるものは『金』、次に『職』だった。

「お金がなければ生きていけないし、働かないとお金を稼ぐことは出来ませんから」
「そうね。まず生活の基盤を手に入れないと」
「なので……平民の暮らしを実際に見聞きするのが一番なのですが」
「……カミーユ様は許さないでしょうね」

 貴族としてのプライドが無駄に高いカミーユは、平民を格下だと決めつけているきらいがある。
 オデットが無断で街に行ったと知れば、それだけで激怒するだろう。
 離婚することは向こうも望んでいるだろうが、こちらの準備もしていないのに離婚を突き付けられるのは非常に困る。
 悩んでるとクロエが固い表情で口を開いた。

「……ご両親に相談してみるのはどうでしょう」
「お父様とお母様に? だ、駄目よ。絶対に反対されて終わりだわ……」
「だけど、もしかしたら理解してくれるかもしれないじゃないですか。親だったら、子供が辛い時に助けてくれると思いますよ」

 その言葉を聞き、オデットはクロエに羨望の念を抱いた。
 きっと彼女は無条件で親というものを信じられるような暮らしをしていたのだろう……。
 それにクロエの意見には一理ある。オデット一人の力では何も出来ない。力になってくれる協力者が必要だった。

 半ば賭けになってしまうが、両親と会って自分の気持ちを打ち明けようとオデットは決意した。



 そしてその数日後、オデットは実家に帰るべく身支度を行っていた。
 するとノックもせずにカミーユが部屋に入ってくる。

「オデット、今すぐに実家に帰るのをやめろ」
「それは……何故でしょう?」

 開口一番、何てことを言うのだろう。オデットは溜め息をつきたくなるのを堪えて訊ねた。

「妻がたった一人で実家に帰ったと周囲に知られたら、あらぬ誤解を受けるに決まっている」
「誤解?」
「俺に愛想を尽かして実家帰り、なんていう馬鹿げた話だ」
「…………」

 その馬鹿げた話が本当にあるのですよ、とオデットは内心で告げた。

「カミーユ様、本日家に戻るのは父の見舞いも兼ねてのことです。以前から予定していたことではありませんか」

 オデットの父、コンスタンが腎臓の病に罹ったと手紙が届いたのは二週間前のことだった。
 病のせいで精神的に弱くなっている父を励ますため、顔を見せに行くことはカミーユに話していた。なのに今更反対するなんて……。

(もしかしてわたくしが離婚を考えていることに気付いているのかしら?)

 けれどだったら、カミーユの性格上「都合がいい」とすぐにでも離婚を言い渡しているだろう。それはない。
 つまり、いつもの嫌がらせ。カミーユはオデットのやること全てに文句を言うのを愉しんでいるらしいのだ。

「君の顔を見たところで君の父親の容態がよくなるとは思えないな。むしろ逆に悪くなるんじゃないのか?」

 慈悲の欠片もない。これが妻に対する言葉なのかとオデットは苦笑する。

「ご安心ください。わたくしの父は愛情深い御方です。きっとわたくしの来訪を喜んでくれるでしょう」
「……オデット?」
「では行って参ります」

 言い返されると思っていなかったのだろう。僅かに驚いている様子の夫を一瞥し、オデットは自室を後にして屋敷を出た。

「行ってらっしゃいませ、オデット様」
「ええ。行ってくるわね、クロエ」

 玄関で待っていたクロエと挨拶を交わし合い、馬車に乗り込む。
 その間際、一台の馬車がレーヌ邸の前で停まったのが見えた。
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