4 / 33
4.初めて出会った日(カミーユ視点)
しおりを挟む
婚約者となる少女を初めて見た時、カミーユはこう思った。
何で男の自分よりも美しくない女と結婚しなければならないのかと。
類稀なる美貌を持つカミーユにとって、異性の殆どは蔑みの対象だった。
女性の価値はいかに美しく、いかに跡継ぎを産める健康的な体を持っているかで決まる。カミーユはその前者を見極めるため、自分を判断基準としていた。
『神からの贈り物』とまで称される美少年の前では、どんな少女の可憐さも霞むとされる。幼少期にカミーユが作ったルールはあまりにも残酷だった。
そしてカミーユは、自分よりも劣る少女や女性を徹底的に貶した。使用人や自らの母親すらもその対象である。
父親でありレーヌ家当主のダミアンに咎められてからは流石に身近な相手への態度は軟化したが、それ以外には相変わらずだった。
だから今まで出会ってきた異性の中で、とびきり不細工な少女が婚約者として屋敷にやって来てカミーユは激怒した。
(こんなブスと結婚だと!? ふざけるな……!)
完全に嫌がらせとしか思えなかった。
これと夫婦になった暁には、母親によく似た見てくれの悪い子供が産まれるだろう。
しかも怯えた表情で母親の後ろに隠れたのも気に食わない。まるで被害者は自分だというような態度だ。
親が決めた結婚だ。まだ子供の身で相手を選ぶ権利などない。
だが、嫌みの一つや二つは言っておきたい。そう思い、少女の腕を掴んで母親の背後から引き摺り出した。
そして気付いた。
(…….これはこれで中々いいんじゃないのか?)
よく見れば醜悪、とまではいかない顔の造形だ。自分が美しいと思い込んでいる身の程知らずは、その心の汚さが顔に表れるものだが目の前の少女にはそれがない。
身の程を理解している。それだけでカミーユは少女に僅かながらに好感を抱くことが出来た。
(このブスがずっとこのままなら結婚してやってもいい。だけど……こうして見ると可愛いじゃないか)
一度罵った相手を認めて快く迎え入れるなど、格好が悪すぎる。将来レーヌ伯爵家の主になる者として、そのような醜態は見せられない。
それにこちらが軟化すれば、少女が調子に乗る可能性がある。
だからカミーユは強硬な態度を崩さなかった。
仕方なく結婚するしかないとアピールするように言えば、少女はショックを受けたようで何も言えずにカミーユを見詰めていた。
本当は泣き顔も是非見てみたかったが、少女の母親が今にも喚きそうな表情をしている。
今日はこの辺にしておいてやろうと、カミーユは自室に戻った。
(オデットとか言ったな、あの娘)
将来は夫に従属する身でありながら、勉学に励んでいるのが引っ掛かる。
ダミアンはオデットの勤勉さを褒めていたが、息子より嫁が目立ったら周囲からどう思われるか理解していないのだろう。我が父ながら情けない。
オデットは自分の隣でただニコニコ笑ってさえいてくれればそれでいいのだ。
「カミーユ! オデット嬢に謝罪しろ!」
追いかけてきたダミアンが部屋のドアを何度も叩く。無視してもいいが、後が面倒だ。溜め息をつきながら鍵を外せば、焦った様子の父が押し入ってきた。
「俺は謝らないぞ、父上。婚約者となるのであれば、今のうちに上下関係ははっきりさせておかなくてはならないだろう?」
父にも本心は知られたくない。刺々しい口調で言い返せば、ダミアンは眉根を寄せた。
「何を言っているんだ。私がオデット嬢を選んだのは、家督を継いだお前の支えになるようにと……」
「……オデットの補助なしでは俺は何も出来ない。父上はそう言いたいのか。息子だからと軽視するのはあなたの悪い癖だな」
「いいか、よく聞けカミーユ。お前は──」
「話は終わりだ。そろそろ家庭教師が来るからな」
カミーユがそう言い放つと、ダミアンは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも退室した。どうせ勉強の時間が終われば、またやって来る。
(ああ、楽しみだオデット。君との結婚生活が待ち遠しい)
今は互いの両親が邪魔をして、思い通りに事を進めるのは難しいだろう。
だがカミーユが家督を継ぎ、二人が結婚すればこっちのものだ。
そうなったらオデットは自分だけのものとなるし、自分好みの女に仕立てるのはそれからでもいい。その時を楽しみにしながらカミーユは書物を開いた。
何で男の自分よりも美しくない女と結婚しなければならないのかと。
類稀なる美貌を持つカミーユにとって、異性の殆どは蔑みの対象だった。
女性の価値はいかに美しく、いかに跡継ぎを産める健康的な体を持っているかで決まる。カミーユはその前者を見極めるため、自分を判断基準としていた。
『神からの贈り物』とまで称される美少年の前では、どんな少女の可憐さも霞むとされる。幼少期にカミーユが作ったルールはあまりにも残酷だった。
そしてカミーユは、自分よりも劣る少女や女性を徹底的に貶した。使用人や自らの母親すらもその対象である。
父親でありレーヌ家当主のダミアンに咎められてからは流石に身近な相手への態度は軟化したが、それ以外には相変わらずだった。
だから今まで出会ってきた異性の中で、とびきり不細工な少女が婚約者として屋敷にやって来てカミーユは激怒した。
(こんなブスと結婚だと!? ふざけるな……!)
完全に嫌がらせとしか思えなかった。
これと夫婦になった暁には、母親によく似た見てくれの悪い子供が産まれるだろう。
しかも怯えた表情で母親の後ろに隠れたのも気に食わない。まるで被害者は自分だというような態度だ。
親が決めた結婚だ。まだ子供の身で相手を選ぶ権利などない。
だが、嫌みの一つや二つは言っておきたい。そう思い、少女の腕を掴んで母親の背後から引き摺り出した。
そして気付いた。
(…….これはこれで中々いいんじゃないのか?)
よく見れば醜悪、とまではいかない顔の造形だ。自分が美しいと思い込んでいる身の程知らずは、その心の汚さが顔に表れるものだが目の前の少女にはそれがない。
身の程を理解している。それだけでカミーユは少女に僅かながらに好感を抱くことが出来た。
(このブスがずっとこのままなら結婚してやってもいい。だけど……こうして見ると可愛いじゃないか)
一度罵った相手を認めて快く迎え入れるなど、格好が悪すぎる。将来レーヌ伯爵家の主になる者として、そのような醜態は見せられない。
それにこちらが軟化すれば、少女が調子に乗る可能性がある。
だからカミーユは強硬な態度を崩さなかった。
仕方なく結婚するしかないとアピールするように言えば、少女はショックを受けたようで何も言えずにカミーユを見詰めていた。
本当は泣き顔も是非見てみたかったが、少女の母親が今にも喚きそうな表情をしている。
今日はこの辺にしておいてやろうと、カミーユは自室に戻った。
(オデットとか言ったな、あの娘)
将来は夫に従属する身でありながら、勉学に励んでいるのが引っ掛かる。
ダミアンはオデットの勤勉さを褒めていたが、息子より嫁が目立ったら周囲からどう思われるか理解していないのだろう。我が父ながら情けない。
オデットは自分の隣でただニコニコ笑ってさえいてくれればそれでいいのだ。
「カミーユ! オデット嬢に謝罪しろ!」
追いかけてきたダミアンが部屋のドアを何度も叩く。無視してもいいが、後が面倒だ。溜め息をつきながら鍵を外せば、焦った様子の父が押し入ってきた。
「俺は謝らないぞ、父上。婚約者となるのであれば、今のうちに上下関係ははっきりさせておかなくてはならないだろう?」
父にも本心は知られたくない。刺々しい口調で言い返せば、ダミアンは眉根を寄せた。
「何を言っているんだ。私がオデット嬢を選んだのは、家督を継いだお前の支えになるようにと……」
「……オデットの補助なしでは俺は何も出来ない。父上はそう言いたいのか。息子だからと軽視するのはあなたの悪い癖だな」
「いいか、よく聞けカミーユ。お前は──」
「話は終わりだ。そろそろ家庭教師が来るからな」
カミーユがそう言い放つと、ダミアンは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも退室した。どうせ勉強の時間が終われば、またやって来る。
(ああ、楽しみだオデット。君との結婚生活が待ち遠しい)
今は互いの両親が邪魔をして、思い通りに事を進めるのは難しいだろう。
だがカミーユが家督を継ぎ、二人が結婚すればこっちのものだ。
そうなったらオデットは自分だけのものとなるし、自分好みの女に仕立てるのはそれからでもいい。その時を楽しみにしながらカミーユは書物を開いた。
66
お気に入りに追加
5,550
あなたにおすすめの小説
妊娠した愛妾の暗殺を疑われたのは、心優しき正妃様でした。〜さよなら陛下。貴方の事を愛していた私はもういないの〜
五月ふう
恋愛
「アリス……!!君がロゼッタの食事に毒を入れたんだろ……?自分の『正妃』としての地位がそんなに大切なのか?!」
今日は正妃アリスの誕生日を祝うパーティ。園庭には正妃の誕生日を祝うため、大勢の貴族たちが集まっている。主役である正妃アリスは自ら料理を作り、皆にふるまっていた。
「私は……ロゼッタの食事に毒を入れていないわ。」
アリスは毅然とした表情を浮かべて、はっきりとした口調で答えた。
銀色の髪に、透き通った緑の瞳を持つアリス。22歳を迎えたアリスは、多くの国民に慕われている。
「でもロゼッタが倒れたのは……君が作った料理を食べた直後だ!アリス……君は嫉妬に狂って、ロゼッタを傷つけたんだ‼僕の最愛の人を‼」
「まだ……毒を盛られたと決まったわけじゃないでしょう?ロゼッタが単に貧血で倒れた可能性もあるし……。」
突如倒れたロゼッタは医務室に運ばれ、現在看護を受けている。
「いや違う!それまで愛らしく微笑んでいたロゼッタが、突然血を吐いて倒れたんだぞ‼君が食事に何かを仕込んだんだ‼」
「落ち着いて……レオ……。」
「ロゼッタだけでなく、僕たちの子供まで亡き者にするつもりだったのだな‼」
愛人ロゼッタがレオナルドの子供を妊娠したとわかったのは、つい一週間前のことだ。ロゼッタは下級貴族の娘であり、本来ならばレオナルドと結ばれる身分ではなかった。
だが、正妃アリスには子供がいない。ロゼッタの存在はスウェルド王家にとって、重要なものとなっていた。国王レオナルドは、アリスのことを信じようとしない。
正妃の地位を剥奪され、牢屋に入れられることを予期したアリスはーーーー。
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――
【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました
迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」
大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。
毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。
幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。
そして、ある日突然、私は全てを奪われた。
幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?
サクッと終わる短編を目指しました。
内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
義理の妹が妊娠し私の婚約は破棄されました。
五月ふう
恋愛
「お兄ちゃんの子供を妊娠しちゃったんだ。」義理の妹ウルノは、そう言ってにっこり笑った。それが私とザックが結婚してから、ほんとの一ヶ月後のことだった。「だから、お義姉さんには、いなくなって欲しいんだ。」
【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜
早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる