愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

文字の大きさ
上 下
2 / 33

2.カミーユ

しおりを挟む
「クロエ、何かお手伝い出来ることはあるかしら?」
「えっ、そ、そんな、オデット様が私の仕事を手伝う必要なんてないんですよ!?」
「でも勉強をしていたり、本を読んでいるとカミーユ様に怒られてしまうのよ」

「部屋に閉じ籠って勉強に読書と……君にはそれしかやることがないのか?」と言われたので部屋から出たものの、やることがない。
 夫のところに行けば、どうせ睨まれてキツいことを言われておしまい。街に出ようとすれば、平民の臭いが移るからと止められる。
 オデットが頼れるのはクロエだけである。オデットがレーヌ家に嫁いだ頃に雇われたメイドで、同世代だからかいつも話し相手になってくれるのだ。

「勉強して文句を言うって……あ、でしたら今からパン焼くので手伝ってもらってもいいですか?」
「パン?」
「仕事じゃなくて、私の趣味を手伝うだけなら許されるでしょう?」
「ありがとうクロエ!」

 オデットが笑顔で礼を言うと、クロエは困ったように眉を下げた。
 何か不快になる発言をしてしまっただろうか。
 オデットが慌てて謝ろうとすると、

「やっと笑顔を見せてくれましたね……」
「え? でもわたくし、いつも笑っているわよ?」
「愛想笑いって感じです。カミーユ様は気付いていらっしゃらないみたいですけど、私にはバレバレですから」
「う……」

 愛想笑いと指摘されて、オデットは俯いた。
 たまにカミーユと会話する時、機嫌を損ねないようにと笑顔を意識していたのにそう思われていたなんて……。

「私、オデット様が可哀想で可哀想で……」

 溜め息をつくクロエにオデットは目を丸くした。

「わたくしがカミーユ様に相応しくないとかではなくて……?」
「……ここだけの話、私はオデット様にはもっと素晴らしいお相手がいると思います。貴族同士の結婚なんて政略婚みたいなもので、口を出す立場じゃないって分かってますけど」
「いいえ、クロエ。カミーユ様は素晴らしい旦那様よ。そんなことを言ってはいけないわ」
「だ、だって、結婚式も……」

 尚も何かを言おうとするクロエに笑顔で首を横に振れば、彼女は渋々口を閉ざした。
 約十年の婚約期間を経てカミーユとオデットは夫婦となった。
 けれど、結婚式は執り行っていない。

 カミーユが式を挙げたくないと言ったのだ。理由は聞かされていないが、きっと容姿の優れない妻を招待客に見せたくなかったのだろう。
 家督を息子に譲り、田舎に隠居したダミアンが屋敷に来てカミーユに抗議していたものの、結局何も変わらなかった。

 一方、オデットは良かったと安堵していた。
 自分には似合わないだろうドレスを着て、カミ―ユに罵られるのは嫌だと前々から思っていたのだ。
 せめて屋敷でパーティーを開こうと執事が提案してくれた。けれど読書疲れからか、頭が痛くて数日間寝込んでしまい、いつの間にかその話も流れたのである。

「わたくしのような女を妻に迎えてくれたのだから、わたくしにはその恩に報いる義務があるわ」
「何かなぁ……まあ、いいや。じゃ、お手伝いお願いしますね」
「ええ。パン作りなんて初めてね……ふふっ」

 令嬢として生まれたオデットはパン作りどころか、料理なんて一度もしたことがない。それも誰かと一緒に厨房に立てるなんて嬉しい。
 オデットは笑顔でクロエの後を追いかけた。

 その姿を物陰から見詰める男の存在を気付きもせずに。




しおりを挟む
感想 309

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。 レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。 アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。 ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。 そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。 上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。 「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

見知らぬ子息に婚約破棄してくれと言われ、腹の立つ言葉を投げつけられましたが、どうやら必要ない我慢をしてしまうようです

珠宮さくら
恋愛
両親のいいとこ取りをした出来の良い兄を持ったジェンシーナ・ペデルセン。そんな兄に似ずとも、母親の家系に似ていれば、それだけでもだいぶ恵まれたことになったのだが、残念ながらジェンシーナは似ることができなかった。 だからといって家族は、それでジェンシーナを蔑ろにすることはなかったが、比べたがる人はどこにでもいるようだ。 それだけでなく、ジェンシーナは何気に厄介な人間に巻き込まれてしまうが、我慢する必要もないことに気づくのが、いつも遅いようで……。

その発言、後悔しないで下さいね?

風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。 一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。 結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。 一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。 「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が! でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません! 「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」 ※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※クズがいますので、ご注意下さい。 ※ざまぁは過度なものではありません。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

人は変わらないものですね。夫を信じていた私が間違っていました。

Mayoi
恋愛
最初から興味関心を抱かれておらず、愛以前の問題だった縁談。 それでも政略結婚なのだから婚約しないわけにはいかず、結婚しないわけにはいかなかった。 期待するから裏切られるのであり、諦めてしまえば楽だった。 その考えが正しいことは結婚後のお互いにあまり干渉しない日々で証明された。 ところがある日、夫の態度が変わったのだ。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

処理中です...