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1.オデット

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 オデットが初めてレーヌ伯爵の屋敷を訪れたのは七歳の時。
 何故か嬉しそうな両親と共に馬車に乗り、辿り着いたのは自分の家より立派な屋敷。庭園には色とりどりの花が咲き誇り、使用人たちが温かく出迎えてくれた。

「ようこそ、レーヌ家に。私がレーヌ伯爵家当主ダミアンです」
「ファルス子爵家当主のコンスタンでございます。本日はお招きいただき……」

 父が見知らぬ男性に頭を下げている。伯爵と子爵では伯爵の方が格上だからだろう。
 ダミアンの隣には、自分よりも年上の少年が立っていた。
 透けるような銀色の髪に、アイスブルーの瞳。瞳よりも深い色合いの服装が一層彼に冷たい印象を抱かせる。
 綺麗な人だとは思ったけれど、怖いという感情の方が強い。

「……父上、この娘が俺の婚約者か?」

 感情の籠もっていない声で少年がダミアンに訊ねた。
 ダミアンは「そんな言い方をするな」と咎めたが、それをオデットの両親が止めた。

「子爵風情の娘です。カミーユご令息には相応しくないかと思いますが……」
「いえ、そのようなことはございませんよ。オデット嬢は日々勉学に励んでおられると伺っております。将来は素晴らしい女性となるでしょう。是非、我が息子の伴侶として──」
「冗談じゃない」

 ダミアンの言葉を遮ったのは、カミーユと呼ばれた少年。忌々しげにオデットを睨み付けている。
 どうしてそんな顔で見られなければならないのか。オデットは怖くなって、さっと母の後ろに隠れた。
 ぎゅうっと母親のドレスを握り締めて俯くオデットを見て、ダミアンは慌てて息子を叱ろうとした。

 けれど、カミーユが新たな行動を起こす方が先だった。

「ふん。自分の容姿が酷いものだと今更気付いて、羞恥心に駆られているのか?」
「あ……っ!」

 カミーユに腕を掴まれ、母の後ろから無理矢理引き摺り出される。
 オデットの目の前にあったのは、嘲るようなカミーユの顔。
 思わず悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、それを許してくれない。むしろぐっと顔を近付けて来た。

「鼻が低く、貴族とは思えない平凡な顔付き。まったく、父上もとんだ外れを俺に押し付けたものだ」
「カミーユ、いい加減にしろ! このお嬢さんはお前の婚約者となるのだぞ!」
「俺はこんな相手望んじゃいない!」

 カミーユが癇癪を起こしたかのように叫んだ。その声に使用人たちも集まる中、麗しの伯爵令息はオデットの顔を指差して言い放った。

「俺はお前みたいな華のない女なんかと結婚したくない! でも家の決まりだから仕方なく結婚してやる! お前も俺が貰ってやることに感謝しろよ!」

 そう捲し立てると気が済んだのか、大きく息を吐いてその場から立ち去ってしまう。ダミアンが「カミーユ!」と声を荒らげながら追いかけるが、立ち止まろうともしない。
 残されたのはオデットと両親。それと使用人たち。全員呆然としている。

「オ、オデット……どうやら本日のご令息はご機嫌斜めだったようだ……」

 父が引き攣った顔でオデットに話しかけると、母はぽつりと一言。

「オデットはあんな子供の妻になるの……?」
「こら! 何てことを言うんだ!」
「うちの娘にあそこまで酷いことを言ったのよ? 我が家のためとは言え、私は反対だわ」
「お前が嫌だって言っても、カミーユご令息が貰ってやるって言ってるんだ。それでいいじゃないか」
「はぁ!? どう考えてもよくないでしょ!?」
「お、お二人とも落ち着いてください……」

 揉める両親をレーヌ家の使用人たちが宥める光景を眺めつつ、オデットはぼんやりと思った。
 自分が周りの令嬢に比べて美人なわけじゃないことは知っていた。母は「可愛い」といつも言ってくれていたが、親としての愛情からくる言葉だろう。

 きっと自分を将来選んでくれる人は、誰もいないかもしれない。
 カミーユがオデットを妻にすることを認めてくれたのは、とても幸せなことだと思う。貴族として生まれた女性にとって一番の仕事は、他の貴族と結婚して家と家の繋がりを強くすることなのだから。

 自分は恵まれている。
 だからカミーユに尽くさなければならない。




「君は本当に馬鹿だな。それでよく才女と呼ばれたものだよ」

 だけど限界というものがある。
 オデットはそう思いながら「申し訳ありません」と頭を下げた。



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