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【三年後編】再会
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「ご足労いただきありがとうございました。この採掘場の現場監督を務めるエリックと申します」
小柄な男性がぺこりと頭を下げる。四十代半ばくらいだろうか。短く刈り上げた黒髪に、ところどころ白いものが混じっている。
現場監督と言うと、もっとガタイがよくて怖そうなおじさんを想像していたから、少し意外だ。
エリックさんは十五歳の頃から、ずっとここで働いている古参中の古参。その武骨な両手には、大量の傷痕が刻まれている。
「初めまして、レイフェルと申します」
「弟子のティアです!」
私たちもしっかりと頭を下げて挨拶をして、周囲を見回す。
鉱山には落石予防のネットが張り巡らされており、見るからに頑丈な造りをした家屋が立ち並んでいる。
そして飲食店が多い。ステーキ、ホットドック、ラーメン、焼肉、牛丼、とんかつ……どれもガツンとくるラインナップだ。
あっちこっちから食欲を刺激する匂いが漂ってくる。ぐぅぅ、と私とティアの胃袋が唸り声を上げた。もう昼過ぎだもんね。
「お昼にしましょうか?」
エリックさんが気を遣って尋ねてくるので、私は手を上げて首を横に振った。
「あ、いえ……ルージェが先でいいです」
栄養失調の妹を放って爆食とか、流石に人間としてどうかしている。
さっきの門番が言っていたことも気になるし。
「さあ、早くルージェのところに行きま……」
その時、とんかつ店から店員が平皿を持って出て来た。
「揚げたて~、揚げたてのヒレかつの試食はいかがですか~」
油切り用のキッチンペーパーの上で、強烈な存在感を放つヒレかつ。
カラッときつね色に揚がっていて、油の香りが風に乗って流れてくる。
「やっぱり試食だけでも……」
「寄り道してないで早く行きますよ、レイフェルさん」
とんかつ店に吸い込まれそうな私を、ティアが後ろから羽交い締めにした。
そしてエリックさんの案内で、集落を進んでいく。
「ううん……?」
「いかがされました、レイフェル様」
「あ……そんなに大したことじゃないんですけど、どこのお店にも人が全然入ってないなぁって……」
ランチタイムとは思えない閑散ぶりだ。暇を持て余した店員たちがトランプをしている店もある。
「ここ最近、ずっとこんな調子です」
エリックさんが困ったような表情で小さく溜め息をつく。
「みんな昼休憩になっても、延々と作業を続けているんですよ。休息と食事も仕事のうちだって言ってるんですけどね」
「それってルージェみたいに……?」
「いえ、彼女とはまた少し事情が……あ、見えてきました。あそこが元カラスター男爵一家の借家です」
エリックさんが指差したのは小さな家屋だった。
「お邪魔しまーす……」
家の中はきちんと片付いていた。身の回りの世話を私や使用人に任せきりだった三人も、この三年間で随分と成長したようだ。リビングには花も飾られている。ちょっと感動。
両親の姿は見当たらない。二人も作業を続けているのかな。
「ルージェ様、レイフェル様がお見えになりましたよ」
奥の部屋のドアをノックしながら、エリックさんが呼びかける。
すると数秒間を置いて声が返ってきた。
「お姉様が……?」
どうやら衰弱しているのは本当らしい。
こんなに弱々しい声、今だかつて聞いたことがない。
「ルージェが倒れたって聞いて、心配で見に来たの。中に入ってもいい?」
「…………」
返事がない。
以前のルージェなら、「ウッザイですわ~。こんな消毒液臭い芋女がお姉様だなんて知られたら、一生の恥ですわよ!」くらいの暴言は吐いてただろうに。いよいよ本格的に心配。それはそれとして、想像のルージェに腹が立ってきたので、私は妹の意思をガン無視してドアを開けた。
「きゃっ! お、お姉様……っ!」
ベッドに横たわっていたのは、金髪碧眼の美少女。
在りし日の姿をしたルージェだった。
「「うわぁぁぁ~~~~!?!?」」
私とティアの悲鳴が室内に響き渡る。激痩せしたとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかったよ!?
小柄な男性がぺこりと頭を下げる。四十代半ばくらいだろうか。短く刈り上げた黒髪に、ところどころ白いものが混じっている。
現場監督と言うと、もっとガタイがよくて怖そうなおじさんを想像していたから、少し意外だ。
エリックさんは十五歳の頃から、ずっとここで働いている古参中の古参。その武骨な両手には、大量の傷痕が刻まれている。
「初めまして、レイフェルと申します」
「弟子のティアです!」
私たちもしっかりと頭を下げて挨拶をして、周囲を見回す。
鉱山には落石予防のネットが張り巡らされており、見るからに頑丈な造りをした家屋が立ち並んでいる。
そして飲食店が多い。ステーキ、ホットドック、ラーメン、焼肉、牛丼、とんかつ……どれもガツンとくるラインナップだ。
あっちこっちから食欲を刺激する匂いが漂ってくる。ぐぅぅ、と私とティアの胃袋が唸り声を上げた。もう昼過ぎだもんね。
「お昼にしましょうか?」
エリックさんが気を遣って尋ねてくるので、私は手を上げて首を横に振った。
「あ、いえ……ルージェが先でいいです」
栄養失調の妹を放って爆食とか、流石に人間としてどうかしている。
さっきの門番が言っていたことも気になるし。
「さあ、早くルージェのところに行きま……」
その時、とんかつ店から店員が平皿を持って出て来た。
「揚げたて~、揚げたてのヒレかつの試食はいかがですか~」
油切り用のキッチンペーパーの上で、強烈な存在感を放つヒレかつ。
カラッときつね色に揚がっていて、油の香りが風に乗って流れてくる。
「やっぱり試食だけでも……」
「寄り道してないで早く行きますよ、レイフェルさん」
とんかつ店に吸い込まれそうな私を、ティアが後ろから羽交い締めにした。
そしてエリックさんの案内で、集落を進んでいく。
「ううん……?」
「いかがされました、レイフェル様」
「あ……そんなに大したことじゃないんですけど、どこのお店にも人が全然入ってないなぁって……」
ランチタイムとは思えない閑散ぶりだ。暇を持て余した店員たちがトランプをしている店もある。
「ここ最近、ずっとこんな調子です」
エリックさんが困ったような表情で小さく溜め息をつく。
「みんな昼休憩になっても、延々と作業を続けているんですよ。休息と食事も仕事のうちだって言ってるんですけどね」
「それってルージェみたいに……?」
「いえ、彼女とはまた少し事情が……あ、見えてきました。あそこが元カラスター男爵一家の借家です」
エリックさんが指差したのは小さな家屋だった。
「お邪魔しまーす……」
家の中はきちんと片付いていた。身の回りの世話を私や使用人に任せきりだった三人も、この三年間で随分と成長したようだ。リビングには花も飾られている。ちょっと感動。
両親の姿は見当たらない。二人も作業を続けているのかな。
「ルージェ様、レイフェル様がお見えになりましたよ」
奥の部屋のドアをノックしながら、エリックさんが呼びかける。
すると数秒間を置いて声が返ってきた。
「お姉様が……?」
どうやら衰弱しているのは本当らしい。
こんなに弱々しい声、今だかつて聞いたことがない。
「ルージェが倒れたって聞いて、心配で見に来たの。中に入ってもいい?」
「…………」
返事がない。
以前のルージェなら、「ウッザイですわ~。こんな消毒液臭い芋女がお姉様だなんて知られたら、一生の恥ですわよ!」くらいの暴言は吐いてただろうに。いよいよ本格的に心配。それはそれとして、想像のルージェに腹が立ってきたので、私は妹の意思をガン無視してドアを開けた。
「きゃっ! お、お姉様……っ!」
ベッドに横たわっていたのは、金髪碧眼の美少女。
在りし日の姿をしたルージェだった。
「「うわぁぁぁ~~~~!?!?」」
私とティアの悲鳴が室内に響き渡る。激痩せしたとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかったよ!?
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