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【三年後編】異常事態

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 両親やアーロンからの手紙は、彼らの名前で届いていた。
 だというのに、今回は何故か現場監督の名前が記されている。

「ということは、これは現場監督の手紙……!?」
「それはまあ、そうですよね」

 ものすごく当たり前なことを言った私に、ティアから冷静なツッコミが入る。
 ちなみに彼から手紙をもらうのは、これが初めてではない。半年に一度、四人の近況報告ということで送られている。それに対して私も、「ルージェがアーロンの食事を横取りしないように、しっかり見張っておいてください」等の返信を出している。
 だけど次の手紙が来るには、まだ時期が早い。

「何の手紙だろう……」
「今度はレイフェルさんのご両親が脱走したとかですかね?」
「もしそうなら、結婚を知らせるどころの話じゃないよ!」

 もしくは、落石事故に巻き込まれて命を落としたとか?
 あそこの採掘場は、他の鉱山に比べて安全なところだって聞いてたんだけどな。
 いやいや、縁起でもないことを考えるのはやめよう!
 ペーパーナイフで封筒を切って便箋を取り出す。いつもは五枚くらい入ってるのに、今日は一枚だけだった。

「えーと、なになに……嘘ぉっ!?」
「やっぱり逃げました!?」
「脱走したくらいなら、ここまで驚かないよ!」

 かと言って、落石事故が起きたわけでもない。
 だけど、それに匹敵する事態が発生していた。少なくとも私にとっては。

「ル、ルージェが食事を摂らなくなったんだって……」

 衝撃のあまり、私の声は頼りなく震えていた。ぎっくり腰にやらかした村長の負傷ボイスに近いかもしれない。

「マジですかっ!?!? あの親方が!?」

 ティアも目を大きく見開いて愕然としている。
 手紙によると、あの食欲の権化であるルージェが、ここ最近殆ど食事に手を付けなくなったそうだ。
 しっかり食べるようにと注意しても、一口二口食べて「お腹いっぱいですわ」でおしまい。
 当然体力が持つはずもなく、作業中に倒れてしまったのだという。
 直ちに医務室に運ばれて栄養剤を投与されたものの、体重が激減してしまったらしい。
 病気かもしれないと医者に診てもらったが、栄養失調以外に異常は見付からず。
 私の薬で何とか出来ないかと、こうしてSOSの手紙を送ってきたというわけだ。

「そんなことを仰られましても……!」

 私が精製する薬は、自他ともに高い効果を秘めている。
 だけど何にでも効く万能薬ではないのだ。食欲不振の原因を突き止めなければ、何を飲ませたらいいのか分からない。だから丸投げされても正直困る。

「だけど、このまま放っておいたら親方が死んじゃいますよ……」

 完全に親方呼びが定着しているティアが表情を曇らせる。
 そりゃそうだ。栄養剤を与え続けていても、食べなければ体はどんどん衰弱していく。

「……私、鉱山に行ってくる!」
「えっ」
「だって、あんなのでも血を分けた妹だもん。助けなくちゃ」

 そう、あんなのでも。
 生まれながらの美貌と愛嬌でアーロンを私から奪い取ったルージェ。
 そのアーロンをそそのかし、手に入れた人様のペンダントを土に埋めたルージェ。
 贅沢三昧を繰り返して「同一人物か?」と疑うレベルでメタボったルージェ。
 鉱山から脱走後、馬車への襲撃&空き巣を繰り返してきたルージェ。
 改めて振り返ると、うちの妹化け物過ぎるな。欲望のブレーキがぶっ壊れてるわ。

「レイフェルさんは甘いなぁ」

 ティアは呆れたように溜め息をつくと、すぐに笑顔に切り替わった。

「私、正直言ってレイフェルさんのことは大好きですけど、レイフェルさんの家族はめっちゃ嫌いです。だけど、薬師として見捨ててはおけませんよね」
「ティア……」
「私もついていきます。一緒に親方を助けに行きましょう!」
「うん!」

 こうして私は、三年ぶりにかつての家族に会いに行くことになったのだった。


 
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