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2巻

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     はじまりの話 私の日常


 本日も朝早くから私――レイフェルの仕事は始まる。
 空がまだ薄暗い中、屋敷の近くの森へ足を運び、そこで薬の材料となる薬草をみ取っていく。明け方の短い時間だけ花を咲かせる薬草も絶対に忘れないようにむ。開花した状態のものを使うと、良質な薬が作れるのだ。
 かごの中が薬草でいっぱいになったら屋敷に帰る。そのころには東の空が太陽の光に焼かれて赤く染まり始めていた。
 私の一番好きな景色。見ていると、今日も一日頑張ろうという気持ちになる。

「……ただいま戻りました」

 私がやくそうみから戻ってきても、誰も出迎えてはくれない。そのまま広間へ向かうと、そこでは私の元婚約者――アーロンと妹――ルージェがこんな時間からワインを飲んでいた。

「うーん、やっぱりこれは素晴らしい品種だな。風味豊かで濃厚な味わいだ」
「そうですわね、アーロン様。毎日これを飲み続けていたいですわ~」
「私もだよ、ルージェ。だが、これは少し値が張るんだ。毎日というわけには……」
「あら、そんなことでしたら心配いりませんわよ。ワイン代ならお姉様が薬を売って稼げばいいのですから!」

 ルージェはそう言いながら、部屋の前で佇んでいる私へ視線を向けた。アーロンもその考えに賛同するようにうなずく。

「そうだな。そのくらいはしてもらわないと困る。何せ我がレオル伯爵家の経済状況は、とても苦しいことになっているのだから」
「……そうなんですか?」

 私は軽い苛立ちを覚えつつ、そう尋ねた。
 これだけ立派な屋敷の一室で、高級ワインに舌鼓を打っている様子からは、とてもそんなふうには見えないけれど。
 するとアーロンは、それはもう深い溜め息をついた。

「ああ。だから私たちは、今もこうして必死に働いて金を稼いでいるんだ……ここでなぁ!」
「へっ?」


 その言葉を聞いた瞬間、朝日が差し込む煌びやかな広間から、周囲の景色がガラリと変化した。
 そこはなんと薄暗い炭鉱で……たんこ……炭鉱……!? 私、なんでこんなところにいるの!?

「いいか、レイフェル! 毎日毎日俺たちは炭鉱で労働させられているんだ!」
「甘いお菓子も、ジューシーなお肉も食べられずにいるのですわ! 過酷ですわ!」

 背後から聞こえたいかりの叫びに振り向けば、薄汚れた作業着姿で、つるはしを握り締めるふたりの姿があった。
 ……なんかやけに似合ってるな。しかもルージェは先ほどまでの姿とは打って変わり、いつの間にか太っていて、作業着がピッチピチの状態。アーロンふたり分くらいの体積を有している。
 元婚約者と妹の変わり果てた姿に衝撃を覚えていると、なんとルージェがつるはしを振り上げながら、こっちに向かって走って来た!

「お姉様の頭をかち割って、シャバの空気を吸いに行きますわー!」
「ギャアァァァァッ!」

 命の危機を察して私も走り出す。だけどルージェとの距離は開くどころか、どんどん縮まっていく。た、体型のわりに動きが速いだと……!?
 このままではられる。絶体絶命のピンチに半泣きになっていると、毒々しい色をしたキノコが地面からえているのを見つけた。
 それを急いでもぎ取り、ルージェへ思い切り投げつける! あくりょう退たいさん

「ヒッ……キャアァァァァ……!」

 するとルージェはもんの悲鳴を上げると同時に、その大きな体から目映い光を放った。周囲を包み込む白い光に私は耐えきれず、思わず目を瞑ってしまった……


「――フェルさん……レイフェルさん!」

 ん? 誰だろ、この声。どこかで聞いたことがあるような。

「んん……?」

 目を開くと、そこにいたのは私そっくりの顔立ちをした女の子。私の頼れる弟子のティアだ。

「ティ、ティア! 早くキノコを拾って! またルージェが復活するかもしれない!」
「な、なんの話ですか!?」
「なんの話って……あ、あれ?」

 見回してみると、周りの景色は炭鉱から薬屋の作業場に変わっていた。
 ……な、なんだ、夢かぁ。どうやら薬作りの最中に、うたた寝をしてしまっていたらしい。

「大丈夫でしたか? なんかすんごくうなされてましたけど」
「う、うん……起こしてくれてありがとう」

 妹に頭をかち割られそうになる夢を見たせいだと思う。怖かった……

「じゃあ、レイフェルさんも起きたことですし、これ煮込んじゃいますか」

 そう言ってティアが背負いかごをテーブルにドンッと置く。
 中に入っていたのは、傘から軸まで虹色のキノコ。どこに出しても恥ずかしくない立派な毒キノコで、そのまま食べると強い幻覚症状に襲われる。
 多分これがさっき見た悪夢の原因だろう。うたた寝する前に、気持ち悪いなぁって思いながら眺めていたのだ。
 そういえば、近所のおじいさんがこれを誤って食べたせいで、自分を犬だと思い込み、お隣さんの犬小屋を占拠した事件もあったなぁ……
 そんなことを思い出しながら、お湯を沸かした鍋にキノコを入れる。
 そしてレードルでぐーるぐる掻き混ぜると、次第にお湯の色が虹色に変化していく。その代わり、キノコは無色透明になっていた。この状態になると、毒の成分が変化して薬の材料として使えるようになるんだよね。

「よし、もういいかな……」

 キノコを鍋から出したらちょっとひと休み。ずっと鍋を掻き回していたから疲れちゃった。一旦休憩。
 椅子に腰かけて、テーブルに置いていた一通の手紙を手に取る。今朝届いたんだけど、一日ずっと開けるのを我慢していたのだ。その封印をついに……解くっ!
 おしゃな花柄の封筒の中には、香り付きの便箋びんせんさわやかな柑橘系の香りにほほが綻ぶ。
 手紙の主は優れた薬師であり、アスクラン王国の第三王子でもあり、そして私の恋人のアルさん――アレックス・リレス・アスクレイドルだ。アスクラン薬師協会──通称『蛇の集い』の支部長としても働いている彼は、普段はこのヘルバ村の近くの森で研究に勤しんでいる。
 しかし、現在は祖国に戻っていた。なぜならアスクラン王国の建国記念日が近く、その日は大きな式典が執り行われるからだ。
 アルさんは式典の準備で大忙しみたい。
 王子様だからねぇ……と思いながら手紙を読み進めていると、なんとお兄さんたちのスピーチを一緒に考えてあげているらしい。お兄さんたちよ、そのくらい自分で考えろ……!

「ハルバートさんは元気にしてますか?」
「うーん、こっちはこっちで大変そう……」

 ティアが山賊系侯爵子息について聞いてきたので、乾いた笑いとともに答える。
 現在ハルバートさんは王妃様の買い物に、荷物係として付き合わされているらしい。どんなにムキムキマッチョでも、お姉さんの圧には勝てなかったか……
 アルさんもハルバートさんも大変そう。
 家族に振り回される苦労は私もよーく理解している。分かる、分かるよ、ふたりの気持ち……!

「……よし!」

 私は本棚から薬草料理の本を引き抜いた。

「レイフェルさん?」
「ふたりとも疲れて帰ってくると思うから、美味おいしくて栄養満点のごはんを作ってあげようかなって」
「あー、いいですね。それ!」

 うーん、がっつりこってりメニューじゃなくて、胃腸に優しいスープのほうがいいよね。あとで村の奥さんたちにも相談してみよう。
 そう計画を立てていると、ティアが思い出したように口を開いた。

「そういえば、明日でしたっけ? 旅商人が来るのって」
「あ、うん。確か昼前に来るって手紙に書いてあったと思う」

 各地をさすらう旅商人。彼らが扱う商品には、当然医薬品も含まれている。そして、その仕入れ先として私の店を選んでくれる人は結構多い。それはうれしいし、ありがたいんだけれど……

「こないだみたいな人じゃないといいですねー……」
「う、うん……」

 三週間前にやって来た旅商人はヤバかった。
 私の顔を見るなり、「会いたかったデース!」と抱きついてきたのだ。やくがみさまの加護を持つ私のファンで、はるばる異国から会いに来たそうな。
 何してんだこの変態野郎! とすぐに投げ飛ばしたものの、「ありがとうございマース!」となぜか礼を言われて怖かった。どうやらそういう趣味の持ち主だったらしい。
 あれが軽いトラウマになっていて、当分の間ヘルバ村の人以外は来店お断りにしようかな……と考えていたら、その前に旅商人から手紙が届いちゃったんだよね。あまり気が乗らないけれど、引き受けるしかないか……

「でも心配しないでください、レイフェルさん」
「ティア……」
「今度妙なやからが来たら、私が仕留めますんで!」
「えっ、しと……?」

 満面の笑みを浮かべながら物騒なことを言うティアが怖い。私の店で血なまぐさいことなんて起こってほしくないんだけど……
 そんなことを考えながら、私は薬草料理の本を読み始めたのだった。



     第一話 異国からの来訪者


 翌朝。私はいつもよりも早い時間に起きた。もしかしたら旅商人が約束の時間より早く来るかもしれないからね。
 朝ごはんはミルク粥。私は甘いのが大好きだから、砂糖多めでドライフルーツもパラリと。うんうん、優しいお味。ドライフルーツの酸味がいいアクセントになっている。
 食べ終わったら新聞にざっと目を通す。国一番の規模を誇るパン工場が、今日から稼働するとか。漁師たちが害魚の大量発生に頭を悩ませているとか。
 新聞の片隅には、リーディン王国の王女様の失踪事件についての記事もある。
 ……リーディン王国。その国名を聞くと、ひとりの薬師を思い出す。私の元婚約者のアーロンが経営していた薬屋に勤めていたエヴァルトだ。 
 私を養子として引き取ってくれたノートレイ伯爵夫人の中毒事件がきっかけで、彼の悪行が次々と発覚したのだけれど、元はリーディン王国の王宮医官だったみたい。これにはあちらの国も大騒ぎで、エヴァルトの関係者もすぐに逮捕されたらしい。
 今はとにかく、王女様が無事に見つかればいいけれど。世の中大変だなぁなんて思っていると、店のほうから何やら物音が聞こえてきた。
 ティア……は違うよね。まだ店に来る時間じゃない。
 もしかして、またドアの鍵を掛け忘れちゃっていたのかも。前回は店内がチビッ子たちの遊び場と化していたんだよね。
 人前に出られるように急いで身なりを整え、店の様子を見に行く。

「すみませーん、まだ開店時間じゃないん……で……」

 何やら戸棚の中を物色している不審者と目が合った。店のドアは半開きになっている。
 なんで布を巻きつけて顔を隠しているんですかね? 
 なんで背負っているリュックサックの中に、うちの薬が大量に詰め込まれているんですか?
 なんで片手にナイフを持っているんですか?

「どっ、泥棒だ~~~~っ!!」

 びっくりしすぎて、頭の中で思い浮かんだ言葉がそのまま口から飛び出していた。それも大音量で。

「お前がこの店の店主だな!?」

 泥棒は私へと駆け寄り、ナイフの切っ先を突きつけてきた。

「ギャー!」
「静かにしろ! それと金と貴重品を出せ!」
「う、うちにお金なんてそんなにありませんし、貴重品ならあなたがもうリュックに詰め込んでます……!」

 薬師にとって、自分の作った薬は大切なもの。
 パンパンになっているリュックサックを指差しながら答えると、泥棒が「あぁっ!?」と声を荒らげた。

「なんだと? こんなもん、ただの薬じゃねぇか! 俺が言ってんのは宝石とか金目のもんだよ!」

 そんなことを言うならどうして薬を盗もうとしてんだ!
 ん? いや、待てよ。宝石!? 
 ノートレイ伯爵夫人から譲り受けたサファイアのペンダント。今は寝室の引き出しにしまっているけれど、見つかったら絶対に盗られてしまう!
 焦りながら、店内の壁に立てかけているほうきへチラリと視線を向ける。こうなったら、あれで泥棒と戦うしかない。
 私の脳内で、戦いのゴングが鳴ったときだった。バンッと勢いよくドアが開き、店内に飛び込んできた何者かが泥棒に回し蹴りを喰らわせた。

「ぐほぉっ!?」

 不意打ちを喰らって床に倒れ込む泥棒。
 その直後、立てかけてあったほうきがなぜか私目がけて飛んできた。
 驚いてキョロキョロと周囲を見回すと、数センチ開いた窓の隙間から、にゅるりと植物の根っこが店の中に入り込んでいる。根っこがほうきに巻きついて、こちらに投げてくれたようだ。
 感謝……圧倒的感謝……ッ。いつも私を守ってくれる木の精霊たち。彼らのエールを受け、ほうきの柄を力強く握り締める。

「ドリャアアアアッ!」

 そして、渾身の力を込めて泥棒へほうきを振り下ろす!

「ぐふぅ……っ!」

 私の攻撃を受けた泥棒は小さくうめいたあと、動かなくなった。
 死……んではいないはず。生きてるよね?
 顔を隠していた布を剥ぎ取ってみると、泥棒の正体はどこにでもいそうな普通のおじさんだった。ちなみにメタボ体型。お金に困ってこんなことをしたのかな……
 何はともあれ回し蹴りを泥棒にお見舞いしてくれた人物と木の精霊たちのおかげで、薬屋に平和が戻った。泥棒退治に協力してくれたお礼を言わなくてはと私はその人へ視線を向けた。

「ありがとうございま……」

 おやおや? フードを被り、スカーフで口元を隠している。さらなる不審者……!?

「ま、待って。私は怪しい者じゃないわ」

 思わずファイティングポーズを取ると、若い女の人の声がスカーフの下から聞こえてきた。

「予定よりも早くこのヘルバ村に着いちゃって。薬屋が開く時間まで散歩でもしてようと店のそばを通りかかったら、口論しているような声が聞こえてきたの。ひょっとしたら、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思ってお邪魔したのよ」

 村の外から来て、薬屋が開くのを待っていた? ん? それじゃあ、この人はもしかして……と思っていると、店の奥からバタバタと大きな足音が聞こえてきた。

「おのれ曲者くせものぉ! レイフェルさんから離れろぉ!!」

 両手にフライパンとモップを装備し、恐ろしい形相を浮かべたティアが店内に姿を現した。

「お、落ちついてティア。もう泥棒ならやっつけたから。ほら、このおじさん!」

 私は気絶しているおじさんを指差した。

「へ? じゃあ、この怪しそうな人は誰なんですか?」
「私は――」

 女性の言葉を遮るように、店のドアを叩く音がした。村人の誰かが様子を見にきてくれたのかな?

「すみません、朝からうるさくしちゃって……」
「朝早くにすまんな、ここはヘルバ村の薬屋だろうか?」

 ドアの向こうに立っていたのは、いかつい顔をした兵士だった。しかもその後ろにもたくさんいる。
 え? うちの店、何かやらかしちゃった!? 税金はこないだちゃんと支払ったはず……!

「ああ、そんな不安そうな顔をしないでくれ。お嬢さん方を捕まえにきたわけじゃないんだ」

 困ったように笑いながら兵士が私に言う。

「人探しをしているんだ。四十代くらいの……んん!?」

 気絶しているおじさんに気づいた兵士が、店の中を覗き込む。
 そうだ。やっつけたはいいけれど、そのあとのことを考えていなかった。せっかくだし、連れて行ってもらえないかな……

「あっ」

 泥棒おじさんの顔をまじまじと見ていたひとりの兵士が声を上げた。

「いた! やっと見つけたぞ、あの野郎!」

 その叫び声に、仲間の兵士たちがあんの表情を見せる。
 泥棒おじさんのことを探していたって……この人は一体何者なの?
 そんなことを考えていると、表情から私の疑問を察したのか兵士のひとりが泥棒おじさんの正体を教えてくれた。

「あの男は先日兵舎から脱走した元兵士だ」
「えっ!?」

 あの中年腹で兵士はやや無理があるのでは?

「つい最近入隊したばかりの奴だったんだが、訓練の厳しさにすぐに音を上げてしまってな。しかも脱走しただけならまだしも、兵士長の部屋に忍び込んで金を奪って消えたんだ」
「えぇ……?」

 脱走ついでに盗難事件をやらかしたんかい……

「当然兵士長は激怒してな。なんとしてでも捕まえろって命令が下されたんだ。他国に逃亡する可能性が高いし、国境付近の村に潜伏しているんじゃないかと思ったんだが、予想が的中してよかったよ。……おい、こいつを店から連れ出せ!」
「「はっ!」」

 仲間の兵士たちが店内に入り、泥棒おじさんの足首を掴んで外へずるずると引っ張り出していく。
 何はともあれ、これで本当に平和が戻った。
 あんで胸をで下ろしたところで、兵士たちの目の下に青黒いクマができていることに気づく。顔色もあんまりよろしくない。

「あの……皆さん、かなりお疲れではないですか?」
「……そうなんだよ。ただでさえ人探しで忙しいってのに、さらに脱走した馬鹿まで探し出せって命じられるんだもんな。もうくたくただよ~」

 心配になって聞いてみると、兵士は力なく笑いながら答えた。

「あっ、そうだ。一応薬屋さんにも聞いておくか。……このくらいまで黒髪を伸ばした、紫色の瞳の少女を探しているんだ。ここ半年くらいで、そんな人物がこの店を訪れたことはないか?」

 自分の胸辺りに手を当てながら、兵士さんは私にそう質問した。

「うーん……そんな人は見たことないですね。多分来ていないと思います」

 私は記憶を遡ってみたものの、当てはまる人物は思い浮かばなかった。

「そうか。いやまあ、こんな村にいるわけがないと思ったんだがな」
「その女の子、どうしたんですか?」
「んー……まあ、ちょっとな」

 兵士は苦笑しながら話を続ける。

「正式に捜索依頼が出たわけじゃないんだ。ただ、もし彼女を見つけることができれば、もしかしたら謝礼金をたんまりもらえるんじゃないかって、うちのお偉いさん方が……いや、今の話は聞かなかったことにしてくれ」
「はぁ……」

 謝礼金の話が挙がるくらいだから、その子は偉い人の家族なのかな。

「では朝早くに失礼……ちょっと待て。そこにいるのは女か?」

 店から立ち去ろうとしていた兵士が動きを止める。その視線の先にいたのは、例の顔を隠した人物だった。

「念のためにフードとスカーフを外してもらってもいいだろうか」
「ええ、……これでいいかしら?」

 兵士にじっと見つめられながら、女性は躊躇ためらいもなくフードとスカーフを外し始めた。
 フードの下に隠されていたのは、短く切りそろえた黒髪。初夏を思わせる柔らかな若葉色の瞳。どこか冷たい印象を受けるのは、鋭い目つきのせいなのかもしれない。
 兵士が探している紫色の瞳の少女ではないみたい。

「……ああ。協力感謝する。では今度こそ帰るよ。あの脱走兵も捕まったことだし、これで少しは仕事も楽になる」

 兵士の顔には落胆の色が浮かんでいた。

「あ、ちょっと待っててください」

 帰ろうとするのを引き留めて、飴の入った瓶を兵士さんにプレゼント。

「疲労回復の効果がある飴です。数種類の薬草のエキスを混ぜているからちょっと苦めなんですけど、もしよかったらぜひ」
「おお、ありがとう。あとで舐めさせてもらうよ」

 そうお礼を言って帰っていく兵士さんたち。
 店の中に戻ると、真っ青な顔をしたティアが女の人に何度も頭を下げていた。

「さっ、先程は大変失礼しましたぁ……!」
「そんなに謝らないで。そもそもは誤解を招くような格好をしていた私が悪いんだから」

 女の人はそう言って、あっけらかんと笑ってみせた。曲者くせもの呼ばわりされたのに……なんていい人なんだろう。
 さて、今日うちの店を訪れる予定の旅商人は確か……

「あなたはダチュラさん……でよろしいでしょうか?」
「あなたがレイフェルさんね? あなたの噂はかねがね聞いているわ」
「は、はい」

 この店に訪れる商人の中には、私が薬神様の創造の加護を持つ薬師だと知っている人もいる。正直に言うと、そういう理由で褒められたり、期待されたりするのはちょっと苦手なんだけど……
 おっと。いけない、いけない! 今はダチュラさんとの商談に集中しないと!
 首をぶんぶんと横に振って気持ちを入れ替えていると、ダチュラさんが窓に視線を向けながら口を開く。

「それじゃあ私はお店が開く時間まで、もう少し外を散歩しているわね」
「あ、待ってください! 少しだけお時間をいただければ、奥の部屋にご案内できますので!」
「……いいの?」
「はい。助けていただいたお礼も兼ねて、美味おいしいお菓子とお茶もご用意いたします」

 私は笑顔で答えた。
 各地を転々としていて一ヶ所に留まることのない旅商人。自由気ままな職業だと思われがちだけれど、実際はとても厳しい業界だし忙しいみたい。だから少しでも、商談の時間を早めて送り出してあげたほうがダチュラさんも助かるんじゃないかな。
 そんなことを思いながら奥の部屋を急いで片付けて、ダチュラさんをお招きしたのだった。


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