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37.王宮
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ここは何も変わっていない。ハイドラは眼前に聳え立つ王宮を見上げて鼻を鳴らした。
本来遠方での任務に就いた場合、月に一度ここに出向いて経過報告を行うのが義務となっている。ヴィクターは特例で免除されており、魔法を使った遠距離間での対話による報告のみ。
しかし、部下であるハイドラとアグリッパはそうもいかない。
このためだけに正装に身を包んで、本来の職場を訪れるのだ。
ようやく着慣れたメイド服から、裾が長くて動きづらい白いローブへ。
腰には一振りの剣を差して、白亜の城へ足を踏み入れる。
(さっさと終わらせてサリサに土産を買わないとな)
ハイドラの中ではあの少女のための買い出しが本来の目的となり、文官たちへの報告はおまけ程度の認識になりつつあった。
だって意味がないだろう。重要なことはヴィクターが全て告げている。ハイドラとアグリッパにまでマルリーナ国の現状を聞く必要性は感じられない。
これだから組織というのは面倒臭いのだ。そういった点では、一人で好き勝手暴れていた頃の方がよかった。
「ハ、ハイドラ様! 久方ぶりでございます!」
「お元気そうで何よりです……!」
執務室までの長い廊下で、会う者会う者がハイドラの姿を見るなり膝をついて頭を垂れる。本人たちに悪気はないと分かっていても、これもされている側は気分が悪い。
他者を服従させて悦に浸るような者もいるが、生憎ハイドラはそのタイプではない。サリサのように何の畏れもなく懐いてくれるのは例外として、やはり向けられるのなら敵意と殺意が心地よい。
それが『このまま戦っていたら、こいつに殺されるかもしれない』と思わせてくれるのなら最高だった。
「ハイドラ?」
背後から聞こえた呼び声にハイドラは足を止めた。
凛としたこの声には聞き覚えがある。この国で自分に怯えることのない、数少ない人物。
振り返れば、青いドレスを着た少女が銀色の髪を揺らしながらこちらへ歩いて来る最中だった。
「よお、サラ王女」
「ごきげんよう、ハイドラ。お元気そうで何よりです」
先程も他の誰かから同じ言葉をかけられた気がするが、こちらの方が自然がすんなりと受け入れやすい。安心感を抱いていると、王女が顔を寄せてきた。
「どなたかとご一緒? ヴィクターともアグリッパとも違う匂いがしますけれど」
「まあな。ここに来る途中、知らない親父とウマが合って、レストラン巡りしていた」
「それは楽しそう。私も街のお店で美味しい料理とお酒をいただきたいですね」
「結構美味いものだぞ。もしその機会があったら、おすすめの店を紹介してやる」
「ありがとう、ハイドラ」
去り際に手を振ると、王女もにこやかに手を振り返す。数回ほどしか会話をしたことがないが、弟と違って物腰柔らかで、けれど頭の回転の速い娘だ。これ以上長話をして墓穴を掘る真似は避けたいと、ハイドラは早々と会話を切り上げた。
その後は文官や巡回兵と擦れ違う度に頭を下げられるので、いい加減面倒で鳥に変身した。
(このままの姿で窓から執務室に入るか……)
そう考えて庭に出る。すると兵士二人が巡回を怠けて会話に花を咲かせていた。
サボるなと嘴で彼らの頭をつつこうとした時、
「そういや、逃走した例の受刑者まだ見つからないのかよ」
「ああ。国外へ逃げた可能性は低く、市街地に潜伏しているようだが」
「まずいんじゃないのか? 奴の罪状を考えると、それ以上犯罪を冒したら『堕ちる』かもしれないぞ」
「そうなった後に街で暴れられたら、民間人にも被害が出る。だから必死に捜してるみたいだ」
「マジか! 怖いなぁ。俺あいつら見たことないんだよ……」
彼らのやり取りに耳を傾けながら、ハイドラは屋敷に残した少女のことを思い返す。
(見せたくないものを見せることになる前に、マルリーナに戻った方がいいかもな)
本来遠方での任務に就いた場合、月に一度ここに出向いて経過報告を行うのが義務となっている。ヴィクターは特例で免除されており、魔法を使った遠距離間での対話による報告のみ。
しかし、部下であるハイドラとアグリッパはそうもいかない。
このためだけに正装に身を包んで、本来の職場を訪れるのだ。
ようやく着慣れたメイド服から、裾が長くて動きづらい白いローブへ。
腰には一振りの剣を差して、白亜の城へ足を踏み入れる。
(さっさと終わらせてサリサに土産を買わないとな)
ハイドラの中ではあの少女のための買い出しが本来の目的となり、文官たちへの報告はおまけ程度の認識になりつつあった。
だって意味がないだろう。重要なことはヴィクターが全て告げている。ハイドラとアグリッパにまでマルリーナ国の現状を聞く必要性は感じられない。
これだから組織というのは面倒臭いのだ。そういった点では、一人で好き勝手暴れていた頃の方がよかった。
「ハ、ハイドラ様! 久方ぶりでございます!」
「お元気そうで何よりです……!」
執務室までの長い廊下で、会う者会う者がハイドラの姿を見るなり膝をついて頭を垂れる。本人たちに悪気はないと分かっていても、これもされている側は気分が悪い。
他者を服従させて悦に浸るような者もいるが、生憎ハイドラはそのタイプではない。サリサのように何の畏れもなく懐いてくれるのは例外として、やはり向けられるのなら敵意と殺意が心地よい。
それが『このまま戦っていたら、こいつに殺されるかもしれない』と思わせてくれるのなら最高だった。
「ハイドラ?」
背後から聞こえた呼び声にハイドラは足を止めた。
凛としたこの声には聞き覚えがある。この国で自分に怯えることのない、数少ない人物。
振り返れば、青いドレスを着た少女が銀色の髪を揺らしながらこちらへ歩いて来る最中だった。
「よお、サラ王女」
「ごきげんよう、ハイドラ。お元気そうで何よりです」
先程も他の誰かから同じ言葉をかけられた気がするが、こちらの方が自然がすんなりと受け入れやすい。安心感を抱いていると、王女が顔を寄せてきた。
「どなたかとご一緒? ヴィクターともアグリッパとも違う匂いがしますけれど」
「まあな。ここに来る途中、知らない親父とウマが合って、レストラン巡りしていた」
「それは楽しそう。私も街のお店で美味しい料理とお酒をいただきたいですね」
「結構美味いものだぞ。もしその機会があったら、おすすめの店を紹介してやる」
「ありがとう、ハイドラ」
去り際に手を振ると、王女もにこやかに手を振り返す。数回ほどしか会話をしたことがないが、弟と違って物腰柔らかで、けれど頭の回転の速い娘だ。これ以上長話をして墓穴を掘る真似は避けたいと、ハイドラは早々と会話を切り上げた。
その後は文官や巡回兵と擦れ違う度に頭を下げられるので、いい加減面倒で鳥に変身した。
(このままの姿で窓から執務室に入るか……)
そう考えて庭に出る。すると兵士二人が巡回を怠けて会話に花を咲かせていた。
サボるなと嘴で彼らの頭をつつこうとした時、
「そういや、逃走した例の受刑者まだ見つからないのかよ」
「ああ。国外へ逃げた可能性は低く、市街地に潜伏しているようだが」
「まずいんじゃないのか? 奴の罪状を考えると、それ以上犯罪を冒したら『堕ちる』かもしれないぞ」
「そうなった後に街で暴れられたら、民間人にも被害が出る。だから必死に捜してるみたいだ」
「マジか! 怖いなぁ。俺あいつら見たことないんだよ……」
彼らのやり取りに耳を傾けながら、ハイドラは屋敷に残した少女のことを思い返す。
(見せたくないものを見せることになる前に、マルリーナに戻った方がいいかもな)
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