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39.くだらないこと
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「お、お前如きに何が出来ると言うのだ!」
怒りを露わにするヴィンセントに、国王が分かりやすく狼狽える。
息子に凄まれたくらいで情けない。サラサは一国の主を呆れたように見ていた。
「言っておくが、元老院を動かすつもりなら無駄であるぞ! 議員の半数が王家に従順な貴族どもだ。お前の存在を快く思わぬ者も多いからな!」
元老院とは、王家の独裁を防ぐ目的で作られた独立機関だ。
議長の多くは貴族で構成されており、オフィーリアの養子先であるミクラージュ公爵や、サラサの叔祖父であるアルバーン子爵もその一員である。
(……今は本来の役割を失っているようだけれど)
国王が自ら暴露した通り、現在の元老院は王家との繋がりが深い状態にある。
ヴィンセントが不当な王命を下されたと訴えたとしても、まともに聞き入れようとはしないだろう。
「残念だったな愚息よ。これ以上儂に楯突こうと言うのなら……」
「元老院が使い物にならないことはとっくに知っている。俺が使おうとしているのは、もっと上の組織だ」
国王の言葉に、ヴィンセントが揺らぐことはなかった。研ぎ澄まされた刃物のように鋭い眼差しを、自らの父親に向けている。その気迫に気圧され、国王は一層顔を引き攣らせた。
「バカな……この国に元老院以上の機関など……」
「確かに、ロードラル王国には存在しないな。あくまで加盟している一国に過ぎず、本部はベストリア王国にある」
「……っ!」
多少怒りが落ち着いたのか、ヴィンセントの顔に余裕めいた笑みが戻る。
国王はここで長男の意図に気付き、驚愕で目を大きく見開いた。
「まさか……王政国家連合か?」
王政国家連合とは、君主制の諸国が加盟する国家連合である。
そして加盟国で何らかの問題が発生した際は、君主の責任を問う緊急特別会合が開催されるのだ。
会合の決議に法的効力はなく、その決定に従う義務もない。
(でも、各国から否を突きつけられることになったら、玉座から退くしかないでしょうね)
「とっとと退位しろ」という諸国からのプレッシャーを跳ねのけることなど不可能だ。
往生際悪く玉座にしがみつこうとすればするほど、国そのものの信用が失われていく。
(だけど、ヴィンセント殿下も考えたわね……)
特別会合を開催する権限を持つのは、加盟国の王族のみ。つまりヴィンセントも、その枠に入るのである。
「よさぬか、馬鹿者! このようなくだらぬことで会合を開くなど、お前は何を考えているのだ!」
「くだらないことだからこそだよ、父上」
焦ったように声を荒らげる国王に、ヴィンセントが静かな声で言い渡す。
「自分の妻に結婚式の費用を負担させる目的で、王命を発令する国王がどこにいる? あなたは王命の重みをまるで理解していない」
「ぐっ……」
「それに結婚式をやり直す前に、まずは王都民の怒りを鎮める方が先じゃないのか? 今回の件で、他の領地に移住を決めた者も多いはずだ」
「それは今、宰相たちが……」
「……自分の責務を臣下に丸投げしていたら、いつか彼らにまで見限られてしまいますよ。それでもよろしいのですか?」
最後は息子ではなく、一人の臣下としての言葉だった。
それが効いたのか、その後国王は落ち込んだような表情で離宮から去って行った。
「ヴィンセント殿下……本当に会合を開催なさるおつもりだったのですか?」
「いや、単なる脅しだよ。王宮がこんなにグダグダな状態になっていると周辺国に知られたら、『今なら侵略出来るかも』と思わせることにもなる」
サラサの問いに、ヴィンセントは笑って答える。
「まあ、これでもう俺たちのところには来ないかな」
「あの様子だとそうかもしれませんね」
「ただ、あんな分かりやすい嘘に、こうも上手く引っ掛かってくれるとは思わなかったがね……」
ヴィンセントの表情は複雑そうだった。
怒りを露わにするヴィンセントに、国王が分かりやすく狼狽える。
息子に凄まれたくらいで情けない。サラサは一国の主を呆れたように見ていた。
「言っておくが、元老院を動かすつもりなら無駄であるぞ! 議員の半数が王家に従順な貴族どもだ。お前の存在を快く思わぬ者も多いからな!」
元老院とは、王家の独裁を防ぐ目的で作られた独立機関だ。
議長の多くは貴族で構成されており、オフィーリアの養子先であるミクラージュ公爵や、サラサの叔祖父であるアルバーン子爵もその一員である。
(……今は本来の役割を失っているようだけれど)
国王が自ら暴露した通り、現在の元老院は王家との繋がりが深い状態にある。
ヴィンセントが不当な王命を下されたと訴えたとしても、まともに聞き入れようとはしないだろう。
「残念だったな愚息よ。これ以上儂に楯突こうと言うのなら……」
「元老院が使い物にならないことはとっくに知っている。俺が使おうとしているのは、もっと上の組織だ」
国王の言葉に、ヴィンセントが揺らぐことはなかった。研ぎ澄まされた刃物のように鋭い眼差しを、自らの父親に向けている。その気迫に気圧され、国王は一層顔を引き攣らせた。
「バカな……この国に元老院以上の機関など……」
「確かに、ロードラル王国には存在しないな。あくまで加盟している一国に過ぎず、本部はベストリア王国にある」
「……っ!」
多少怒りが落ち着いたのか、ヴィンセントの顔に余裕めいた笑みが戻る。
国王はここで長男の意図に気付き、驚愕で目を大きく見開いた。
「まさか……王政国家連合か?」
王政国家連合とは、君主制の諸国が加盟する国家連合である。
そして加盟国で何らかの問題が発生した際は、君主の責任を問う緊急特別会合が開催されるのだ。
会合の決議に法的効力はなく、その決定に従う義務もない。
(でも、各国から否を突きつけられることになったら、玉座から退くしかないでしょうね)
「とっとと退位しろ」という諸国からのプレッシャーを跳ねのけることなど不可能だ。
往生際悪く玉座にしがみつこうとすればするほど、国そのものの信用が失われていく。
(だけど、ヴィンセント殿下も考えたわね……)
特別会合を開催する権限を持つのは、加盟国の王族のみ。つまりヴィンセントも、その枠に入るのである。
「よさぬか、馬鹿者! このようなくだらぬことで会合を開くなど、お前は何を考えているのだ!」
「くだらないことだからこそだよ、父上」
焦ったように声を荒らげる国王に、ヴィンセントが静かな声で言い渡す。
「自分の妻に結婚式の費用を負担させる目的で、王命を発令する国王がどこにいる? あなたは王命の重みをまるで理解していない」
「ぐっ……」
「それに結婚式をやり直す前に、まずは王都民の怒りを鎮める方が先じゃないのか? 今回の件で、他の領地に移住を決めた者も多いはずだ」
「それは今、宰相たちが……」
「……自分の責務を臣下に丸投げしていたら、いつか彼らにまで見限られてしまいますよ。それでもよろしいのですか?」
最後は息子ではなく、一人の臣下としての言葉だった。
それが効いたのか、その後国王は落ち込んだような表情で離宮から去って行った。
「ヴィンセント殿下……本当に会合を開催なさるおつもりだったのですか?」
「いや、単なる脅しだよ。王宮がこんなにグダグダな状態になっていると周辺国に知られたら、『今なら侵略出来るかも』と思わせることにもなる」
サラサの問いに、ヴィンセントは笑って答える。
「まあ、これでもう俺たちのところには来ないかな」
「あの様子だとそうかもしれませんね」
「ただ、あんな分かりやすい嘘に、こうも上手く引っ掛かってくれるとは思わなかったがね……」
ヴィンセントの表情は複雑そうだった。
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