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35.燃え上がる結婚式(王太子side)

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「どういうことだ! 何故母上は呑気にサロンなど開いている!? もうじき式が始まるんだぞ!?」

 我に返ったライオットが、激しい剣幕で宰相に掴みかかる。
 母親が自分の結婚式に出席しないどころか、招待客に根回しをしていた。その事実はライオットに大きなショックを与えた。

「わ、私は何も聞いておりません! 恐らくは陛下も……」

 宰相は青ざめた顔で首を横に振った。
 だが国王や大臣は既に神殿に到着しているのに、王妃だけはまだ姿を見せていないことが気になっていたのだ。
 情報が漏れないように、王妃の侍従たちが水面下で動いていたのだろう。

「ですが王妃殿下は確かに奔放なところがありますが、思慮深い方でございます。何の理由もなく、このようなことをするとは考えられません。殿下、何か心当たりはございませんか?」
「心当たり……?」

 宰相の言葉に、ライオットは記憶を掘り返してみる。
 ふいにある出来事が脳裏に蘇り、表情が一瞬硬くなった。

(まさか……あのこと・・・・か?)

 オフィーリアのウェディングドレスの件で、母がこんなことを尋ねてきたことがあった。
「愛する人に唯一無二のドレスを着せてあげたいのね。ちなみに採用したドレス以外は、料金を支払わないというのは本当なの?」と。
 意地の悪い質問だとライオットは思った。

 挙式を執り行った後は、王宮で盛大なパーティーを開く予定になっている。
 そちらに予算の大半をつぎ込んでしまい、ドレスの料金を支払う余裕がないのだ。

(そのことは母上も分かっているだろうに。息子夫婦のために、費用を出してやろうとは思わないのか?)

 王妃が気まぐれで設立した商会は、年々業績を伸ばしている。
 個人の資産も相当増やしているなのに、息子が金に困っていても助けようとしない。
 にも拘らず、息子のやり方に納得がいかずに、こんな嫌がらせをしたのだ。あれでよく王妃が務まるものだと驚かされる。

(第一、オフィーリアの花嫁衣装を仕立てるという名誉ある仕事をくれてやったんだ。報酬などそれで十分じゃないか)

 民たちは王家の庇護下で生きている。ならば、王家の命令には従順であるべきなのだ。
 先ほどの村人たちも例外ではない。オフィーリアの知人でなければ、ただの品のない貧民に過ぎないのだから。

「…………」
「殿下? どうなさいました?」
「い、いや、何でもない。そんなことより、中に戻るぞ。招待客などいなくても、式は執り行える」

 そう、自分とオフィーリアさえいれば。
 様々な感情を振り払い、ライオットは宰相を連れて神殿に戻った。ささくれ立った神経を落ち着かせようと、オフィーリアの元へ会いに行く。

「あの……今からでも、ヴィン様……とサラサ様をお呼びすることは出来ませんか!?」
「ですが、もうすぐで式が始まってしまいますし……」
「でも……っ」

 オフィーリアの瞳にじわりと涙が浮かぶ。
 宝石をふんだんにちりばめた純白のドレスに身を包んだ姿は、世界で最も美しい。
 しかしライオットに見惚れている余裕はなかった。

(オフィーリアがこれほどまでに悲しむとは……やはり、強引にでも出席させるべきだった)

 オフィーリアは悲しいことがあると、それが解決するまでずっと泣き続けているのだ。
 普段はそんなところも魅力の一つだと思うが、今は少々厄介である。
 義兄夫婦が来てくれないと号泣する花嫁を、式に出すわけにはいかない。

(奴らを連れてくるよう、至急手配しなくては……っ!)

 式を開始するのはそれからだ。ライオットが慌ただしく宰相を探しに行こうとした、その時だった。

「ライオット殿下、大変でございます!」

 顔面蒼白の神官が走り寄ってくる。「今度は何だ?」とライオットはうんざりしたような表情を浮かべる。
 しかし、その顔はすぐに驚愕の色に染まる。

「何者かが会場に飾られていた生花に火を放ちました!」
「何だと!?」
「現在消火作業を行っておりますが、火の回りが早く……今すぐ避難なさってくださいっ!」
「~~っ!」

 いったい自分が何をしたというのか。
 理不尽な出来事の連続に、ライオットは綺麗に整えられた髪を掻き乱した。




――――――
結婚式編はこれでおしまいです。
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