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34.結婚式当日②(王家Side)
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「あ、いや……」
失言を悟ったライオットが「何とかしろ」と言うように、宰相の方を見る。
本日招待を受けたのは、名だたる名門貴族の当主と、その妻子たち。その中には王家の血筋を引く者もいる。
(何としてでも彼らの不興を買うことだけは、避けなければならない。いや、既に買ってしまっているか……)
王太子夫妻の結婚式というめでたい日に、何故このような緊張感を味わっているのだろうか。
今すぐ城に帰りたいと思いながら、宰相は軽く咳払いをした。
「あー……式の直前ということもあり、王太子殿下は少々気が緩んでおられるようだ。軽率な発言によって不快な思いをさせてしまい、申し訳なかったな」
「口先だけの謝罪は結構。それよりも、先ほどの者たちをどうなさるおつもりですかな?」
先ほどの招待客がにこやかに尋ねるが、その目は笑っていない。宰相の背中に冷たい汗が流れた。
「もちろん早急に対処しよう。衛兵だけで手が足りぬと言うのなら、直ちに王国軍も要請して……」
「ま、待て。それは彼らを神殿から追い出すということか?」
そんなこと聞かなくても分かるだろ。その場にいるライオット以外の誰もがそう思った。
「あの者たちは、オフィーリアの招待を受けた大事な客人だ。それを強引に退席させるなど、横暴が過ぎるのではないか? 相手が庶民だからと言って、何をしてもいいというわけでもないだろう」
「…………」
「な、何だ?」
ライオットは怪訝そうに招待客たちを見回した。一瞬、場の空気が凍り付いたような不穏な気配がしたのだ。
「いえ、お気になさらず。ですが、そう仰るからには何か他に妙案があるということでよろしいでしょうか?」
「それは……」
招待客の問いかけに、ライオットは口ごもりながら必死に答えを探していた。宰相が助け舟を出そうとするが、招待客たちに冷ややかな視線を突き付けられては何も言えない。
彼らはライオット自身の口から聞きたいのだ。
自分の妻が勝手に呼び出したはた迷惑な客人と、この国を長年支えてきた臣下たち。そのどちらを優先するのかを。
そして──。
「い……今から考えよう。この場にいる全員で」
「は?」
「彼らを優先されて腹立たしいと思う気持ちは、十分に理解している。だが私にとっては、貴族も庶民も等しくかけがえのない国民なんだ。どちらかを切り捨てることなど、私には──」
「そうでございますか。殿下のお気持ちはよく分かりました」
上辺だけの言葉に、耳を傾ける価値などない。招待客の冷え切った声がライオットの言葉を遮る。
「そ、そうか。では一緒に……」
「時に殿下。先約があるのを失念しておりました。誠に勝手ながら、本日の式は欠席させていただきます」
「なっ……!?」
爽やかな笑顔で言い放った招待客に、ライオットはひどく驚いた顔をした。
すると他の招待客からも、「そういえば私も」「年を取ると物忘れが多くなっていけませんな」と示し合わせたかのように声が上がる。
(こやつら、さては初めからそのつもりだったな?)
宰相は瞬時にそう悟った。
そしてライオットもまた、同じ答えに行き着いていた。整った美貌が羞恥と怒りで赤く染まっていく。
「ふ、ふざけるな! 私たちの結婚式よりも大事な用件などあるものか!」
人目を憚らず声を荒らげたことで、王都民が何事かと集まり出す。
「これは王家に対する不敬罪だ! 今すぐ全員捕らえてやる!」
「困りましたな。我々は王妃殿下に『式は欠席するように』と仰せつかったのですが」
「は、母上から……?」
「はい。王宮のサロンにお招きいただいております。王妃殿下が経営なさっている商会の新商品も、お披露目されるとのことです」
他の招待客も同調するように、いい笑顔を見せる。
そして各自馬車に乗り込み、颯爽と走り去っていく。
残されたのは、呆然と立ち尽くすライオットと宰相だけだった。
王太子夫妻の結婚式で、貴族の大半が欠席するという前代未聞の事態。
しかしこの出来事は、これから起こる悲劇の序章に過ぎなかった。
失言を悟ったライオットが「何とかしろ」と言うように、宰相の方を見る。
本日招待を受けたのは、名だたる名門貴族の当主と、その妻子たち。その中には王家の血筋を引く者もいる。
(何としてでも彼らの不興を買うことだけは、避けなければならない。いや、既に買ってしまっているか……)
王太子夫妻の結婚式というめでたい日に、何故このような緊張感を味わっているのだろうか。
今すぐ城に帰りたいと思いながら、宰相は軽く咳払いをした。
「あー……式の直前ということもあり、王太子殿下は少々気が緩んでおられるようだ。軽率な発言によって不快な思いをさせてしまい、申し訳なかったな」
「口先だけの謝罪は結構。それよりも、先ほどの者たちをどうなさるおつもりですかな?」
先ほどの招待客がにこやかに尋ねるが、その目は笑っていない。宰相の背中に冷たい汗が流れた。
「もちろん早急に対処しよう。衛兵だけで手が足りぬと言うのなら、直ちに王国軍も要請して……」
「ま、待て。それは彼らを神殿から追い出すということか?」
そんなこと聞かなくても分かるだろ。その場にいるライオット以外の誰もがそう思った。
「あの者たちは、オフィーリアの招待を受けた大事な客人だ。それを強引に退席させるなど、横暴が過ぎるのではないか? 相手が庶民だからと言って、何をしてもいいというわけでもないだろう」
「…………」
「な、何だ?」
ライオットは怪訝そうに招待客たちを見回した。一瞬、場の空気が凍り付いたような不穏な気配がしたのだ。
「いえ、お気になさらず。ですが、そう仰るからには何か他に妙案があるということでよろしいでしょうか?」
「それは……」
招待客の問いかけに、ライオットは口ごもりながら必死に答えを探していた。宰相が助け舟を出そうとするが、招待客たちに冷ややかな視線を突き付けられては何も言えない。
彼らはライオット自身の口から聞きたいのだ。
自分の妻が勝手に呼び出したはた迷惑な客人と、この国を長年支えてきた臣下たち。そのどちらを優先するのかを。
そして──。
「い……今から考えよう。この場にいる全員で」
「は?」
「彼らを優先されて腹立たしいと思う気持ちは、十分に理解している。だが私にとっては、貴族も庶民も等しくかけがえのない国民なんだ。どちらかを切り捨てることなど、私には──」
「そうでございますか。殿下のお気持ちはよく分かりました」
上辺だけの言葉に、耳を傾ける価値などない。招待客の冷え切った声がライオットの言葉を遮る。
「そ、そうか。では一緒に……」
「時に殿下。先約があるのを失念しておりました。誠に勝手ながら、本日の式は欠席させていただきます」
「なっ……!?」
爽やかな笑顔で言い放った招待客に、ライオットはひどく驚いた顔をした。
すると他の招待客からも、「そういえば私も」「年を取ると物忘れが多くなっていけませんな」と示し合わせたかのように声が上がる。
(こやつら、さては初めからそのつもりだったな?)
宰相は瞬時にそう悟った。
そしてライオットもまた、同じ答えに行き着いていた。整った美貌が羞恥と怒りで赤く染まっていく。
「ふ、ふざけるな! 私たちの結婚式よりも大事な用件などあるものか!」
人目を憚らず声を荒らげたことで、王都民が何事かと集まり出す。
「これは王家に対する不敬罪だ! 今すぐ全員捕らえてやる!」
「困りましたな。我々は王妃殿下に『式は欠席するように』と仰せつかったのですが」
「は、母上から……?」
「はい。王宮のサロンにお招きいただいております。王妃殿下が経営なさっている商会の新商品も、お披露目されるとのことです」
他の招待客も同調するように、いい笑顔を見せる。
そして各自馬車に乗り込み、颯爽と走り去っていく。
残されたのは、呆然と立ち尽くすライオットと宰相だけだった。
王太子夫妻の結婚式で、貴族の大半が欠席するという前代未聞の事態。
しかしこの出来事は、これから起こる悲劇の序章に過ぎなかった。
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