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20.兄への疑心(王太子Side)

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 ライオットは王城に戻ると、自室に閉じこもった。

(くそっ! あの男、どこまで知っているんだ……!?)

 動揺した心を落ち着かせようと、何度も深呼吸を繰り返す。
 だが動悸は治まるどころか、一層激しさを増す。オフィーリアと馬車で話していた時、どうにか平静を保てていたのが奇跡なくらいだ。
 彼女にこんな無様な姿は見せられない。

 それに敬虔けいけんな神官だったオフィーリアのことだ。
 自分が神官長に選出された真実を知ったら、酷く悲しみ、ライオットを軽蔑するだろう。

(ダメだ。オフィーリアにだけは絶対に知られてはならない。彼女に嫌われたら、私は壊れてしまう)

 絶望する最愛の人の姿を想像して、ライオットは顔から血の気が引いた。

(……い、いや、大丈夫だ。証拠になりそうなものは全て隠滅した。関係者にも全員口止めをしておいた。どうせヴィンセントがくだらない勘繰りをしているだけだろう)

 あの男は昔からそうだった。
 非保持者であることが判明して継承権を剥奪された途端、帝王学を学ぶことを放棄した。

『生涯ライオットに仕えると誓うなら、城に戻ってくることを許そう』
『ご兄弟で力を合わせて、この国をお守りください』

 国王や宰相がそう言ったにも拘わらず、ヴィンセントは首を縦に振ろうとしなかった。
 しかし単なる道楽者かと思えば、時折核心をつく発言をする。

 だからこそ、定期的に牙を抜いておく必要があるのだ。

 弟から王位を簒奪さんだつしようなどと、バカな考えを持たないように。
 そう、例えば王太子の王教おうきょう不干渉法違反を槍玉に挙げて。

(大体、どうしてそんな法律が現在も存在しているんだ。先祖の失態など、私たちには関係ないだろ!)

 二百年前の国王夫妻は、金に目がくらんで民たちを裏切った。
 だがライオットは、そうではない。
 ただ愛する人と一緒にいたかっただけなのだ。
 人事担当者たちに金を握らせ、オフィーリアを神官長に任命するように命じたのもそのため。

 そうすれば神官の職を辞さない限り、オフィーリアはずっとあの神殿にいる。
 そして執務はサラサに押し付けて、視察の度に彼女との逢瀬を満喫する。
 それがライオットの当初の作戦だったのだ。
 あの狸男・・・・のおかげで、オフィーリアと結婚出来るという嬉しい誤算もあり、全てが順調にいくはずだった。

(サラサ……私から逃げたばかりか、ヴィンセントの求婚を受けるとは……私に対する当て付けか?)

 第一王子とは名ばかりで、権力も領地も持たない庶民以下の存在だ。
 だというのに、サラサはあの無能な兄を選んだ。
 容姿、頭脳、魔法と、全てに置いて完璧なライオットの手を振り払って。

 それが腹立たしくてならない。

(……いや、落ち着け。サラサもヴィンセントの有りのままの姿を見たら幻滅するはずだ。そして自分の選択を悔やむに違いない)

 サラサが現実を思い知るまでの辛抱だ。
 自分にそう言い聞かせているうちに、心音も落ち着いてきた。

(オフィーリアの顔が見たい……)

 帰りの馬車の中で、オフィーリアは終始上の空だった。
 王教不干渉法のきっかけである二百年の事件に、思うところがあるのかもしれない。

 彼女が涙を流しているなら、優しく拭ってあげなければ。
 ライオットが部屋から出ようとした、その時だった。

「ライ様っ!」

 外側から扉が開いて、オフィーリアが室内に飛び込んできた。
 そして、

「ヴィン様とサラサ様を結婚させてはいけません!!」

 常磐色の瞳に涙を浮かべながら、声高らかに訴えた。

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