上 下
15 / 24

15.理由

しおりを挟む
「殿下の仰る通りだ、サラサ。お前には殿下に逐一報告する義務があることを忘れたのか?」

 すかさずエミールも会話に入ってきて、上から目線でサラサを非難する。

(忘れたも何も、そんなの初めて聞いたわよ……)

 サラサはどうにか笑顔を保ちながらも、内心では呆れたように肩を竦めていた。
 昔から「サラサが壺を割った」「庭園を荒らしたのはサラサだ」と嘘をついて、大人たちが妹を叱り付けるように仕向けるような兄だった。
 サラサがいくら潔白を訴えても、「あの真面目なエミールがそんなことをするはずない」と、誰も信じてくれなかった。

(どうしてエミールお兄様は、そこまでして私を貶めたかったのかしら?)

 別に好かれたいと思っているわけではないが、この男の虚言のせいもあって、サラサは大人たちからの信頼を失ったのだ。
 エミールがいなければ、もう少しマシな人生を送れたかもしれない。

「いいことを言うじゃないか、エミール。たとえ婚約を解消したからといって、私と君の繋がりが切れたわけではない」

 侍従の言葉で余裕を取り戻したのか、ライオットの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
 ライオットとエミール。この世で最も最悪な主従二人だとサラサは思った。

「いいえ、もう完全に切れました。殿下と私は赤の他人同士です」
「いいかい、サラサ。非保持者である君が、何故先王と先代マリオン伯爵亡き後も、私の婚約者でいられたと思う? 私が何も持たない君を哀れみ、傍に置いてやろうと決めたからだ!」

 魔法が使えないだけで、何故ここまで言われなければならないのか。
 胸に手を当てて雄弁に語るライオットに、サラサはじわりと怒りが込み上げるのを覚えた。
 だが貴族社会では、それが当たり前ということも理解している。
 ロードラル王国は、魔法使いが中心となって建てた国だ。魔法使いはその後も重宝されて、やがて爵位を授かるに至った。
 それ故に、貴族にとって魔法の有無は重要なのだ。非保持者であることに絶望し、自ら命を絶った者も少なくない。

(私もそうすればよかった?)

 サラサは笑顔の裏で、一瞬でもそんなことを考えてしまう。それを知ってか知らずか、ライオットはなおもサラサを責め立てていく。

「なのに私への恩を忘れて、ヴィンセント兄さんに手を出すとはね。君はとんだ恩知らずの恥知ら……」
「あー、少しいいだろうか?」

 小さく手を上げながら、ヴィンセントが弟の言葉をやんわりと遮る。

「先ほどサラサ嬢も言っていたと思うが、先に婚約の打診をしたのは俺の方だ。彼女が責められる道理はないよ」
「しかし、兄さんもほんの冗談のつもりだったんだろう? それを真に受けたサラサをあざ笑うために……」
「冗談で女性に求婚するものか。俺は本気でサラサ嬢と結婚したいと思っている」

 その濃紺の瞳はライオットではなく、サラサを真っ直ぐ見据えていた。ライオットの口から「は?」という声がぽろりと零れる。

「君の現状は、大方予想がつく。立場も礼節も弁えない連中から、縁談が殺到しているんじゃないかい? それも主に男爵家と子爵家。彼らの狙いは、恐らくマリオン伯爵家の掌握だ」
「は、はい」

 的確に言い当てられ、サラサは少し驚きながら返事をした。

「そこで、俺と結婚するというのはどうだろう? 追放されている身でも、王族であることに変わりはない。連中から君や君の家を守る魔除けぐらいにはなれると思うよ」

 ヴィンセントとの結婚にはメリットが多い。
 そのことはサラサも理解している。

「ですが、あなたにとっては何の利点もない結婚です。本当によろしいのですか?」
「そんなもの、初めから求めてはいないさ」

 ヴィンセントは小さく笑って、自分の弟に視線を移した。

「それに、五年くらい前・・・・・・に弟が聖女様と出会った時から、こうなることは予想がついていたんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

〖完結〗残念ですが、お義姉様はこの侯爵家を継ぐことは出来ません。

藍川みいな
恋愛
五年間婚約していたジョゼフ様に、学園の中庭に呼び出され婚約破棄を告げられた。その隣でなぜか私に怯える義姉のバーバラの姿があった。 バーバラは私にいじめられたと嘘をつき、婚約者を奪った。 五年も婚約していたのに、私ではなく、バーバラの嘘を信じた婚約者。学園の生徒達も彼女の嘘を信じ、親友だと思っていた人にまで裏切られた。 バーバラの目的は、ワイヤット侯爵家を継ぐことのようだ。 だが、彼女には絶対に継ぐことは出来ない。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 感想の返信が出来ず、申し訳ありません。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...