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15.理由
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「殿下の仰る通りだ、サラサ。お前には殿下に逐一報告する義務があることを忘れたのか?」
すかさずエミールも会話に入ってきて、上から目線でサラサを非難する。
(忘れたも何も、そんなの初めて聞いたわよ……)
サラサはどうにか笑顔を保ちながらも、内心では呆れたように肩を竦めていた。
昔から「サラサが壺を割った」「庭園を荒らしたのはサラサだ」と嘘をついて、大人たちが妹を叱り付けるように仕向けるような兄だった。
サラサがいくら潔白を訴えても、「あの真面目なエミールがそんなことをするはずない」と、誰も信じてくれなかった。
(どうしてエミールお兄様は、そこまでして私を貶めたかったのかしら?)
別に好かれたいと思っているわけではないが、この男の虚言のせいもあって、サラサは大人たちからの信頼を失ったのだ。
エミールがいなければ、もう少しマシな人生を送れたかもしれない。
「いいことを言うじゃないか、エミール。たとえ婚約を解消したからといって、私と君の繋がりが切れたわけではない」
侍従の言葉で余裕を取り戻したのか、ライオットの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
ライオットとエミール。この世で最も最悪な主従二人だとサラサは思った。
「いいえ、もう完全に切れました。殿下と私は赤の他人同士です」
「いいかい、サラサ。非保持者である君が、何故先王と先代マリオン伯爵亡き後も、私の婚約者でいられたと思う? 私が何も持たない君を哀れみ、傍に置いてやろうと決めたからだ!」
魔法が使えないだけで、何故ここまで言われなければならないのか。
胸に手を当てて雄弁に語るライオットに、サラサはじわりと怒りが込み上げるのを覚えた。
だが貴族社会では、それが当たり前ということも理解している。
ロードラル王国は、魔法使いが中心となって建てた国だ。魔法使いはその後も重宝されて、やがて爵位を授かるに至った。
それ故に、貴族にとって魔法の有無は重要なのだ。非保持者であることに絶望し、自ら命を絶った者も少なくない。
(私もそうすればよかった?)
サラサは笑顔の裏で、一瞬でもそんなことを考えてしまう。それを知ってか知らずか、ライオットはなおもサラサを責め立てていく。
「なのに私への恩を忘れて、ヴィンセント兄さんに手を出すとはね。君はとんだ恩知らずの恥知ら……」
「あー、少しいいだろうか?」
小さく手を上げながら、ヴィンセントが弟の言葉をやんわりと遮る。
「先ほどサラサ嬢も言っていたと思うが、先に婚約の打診をしたのは俺の方だ。彼女が責められる道理はないよ」
「しかし、兄さんもほんの冗談のつもりだったんだろう? それを真に受けたサラサをあざ笑うために……」
「冗談で女性に求婚するものか。俺は本気でサラサ嬢と結婚したいと思っている」
その濃紺の瞳はライオットではなく、サラサを真っ直ぐ見据えていた。ライオットの口から「は?」という声がぽろりと零れる。
「君の現状は、大方予想がつく。立場も礼節も弁えない連中から、縁談が殺到しているんじゃないかい? それも主に男爵家と子爵家。彼らの狙いは、恐らくマリオン伯爵家の掌握だ」
「は、はい」
的確に言い当てられ、サラサは少し驚きながら返事をした。
「そこで、俺と結婚するというのはどうだろう? 追放されている身でも、王族であることに変わりはない。連中から君や君の家を守る魔除けぐらいにはなれると思うよ」
ヴィンセントとの結婚にはメリットが多い。
そのことはサラサも理解している。
「ですが、あなたにとっては何の利点もない結婚です。本当によろしいのですか?」
「そんなもの、初めから求めてはいないさ」
ヴィンセントは小さく笑って、自分の弟に視線を移した。
「それに、五年くらい前に弟が聖女様と出会った時から、こうなることは予想がついていたんだ」
すかさずエミールも会話に入ってきて、上から目線でサラサを非難する。
(忘れたも何も、そんなの初めて聞いたわよ……)
サラサはどうにか笑顔を保ちながらも、内心では呆れたように肩を竦めていた。
昔から「サラサが壺を割った」「庭園を荒らしたのはサラサだ」と嘘をついて、大人たちが妹を叱り付けるように仕向けるような兄だった。
サラサがいくら潔白を訴えても、「あの真面目なエミールがそんなことをするはずない」と、誰も信じてくれなかった。
(どうしてエミールお兄様は、そこまでして私を貶めたかったのかしら?)
別に好かれたいと思っているわけではないが、この男の虚言のせいもあって、サラサは大人たちからの信頼を失ったのだ。
エミールがいなければ、もう少しマシな人生を送れたかもしれない。
「いいことを言うじゃないか、エミール。たとえ婚約を解消したからといって、私と君の繋がりが切れたわけではない」
侍従の言葉で余裕を取り戻したのか、ライオットの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
ライオットとエミール。この世で最も最悪な主従二人だとサラサは思った。
「いいえ、もう完全に切れました。殿下と私は赤の他人同士です」
「いいかい、サラサ。非保持者である君が、何故先王と先代マリオン伯爵亡き後も、私の婚約者でいられたと思う? 私が何も持たない君を哀れみ、傍に置いてやろうと決めたからだ!」
魔法が使えないだけで、何故ここまで言われなければならないのか。
胸に手を当てて雄弁に語るライオットに、サラサはじわりと怒りが込み上げるのを覚えた。
だが貴族社会では、それが当たり前ということも理解している。
ロードラル王国は、魔法使いが中心となって建てた国だ。魔法使いはその後も重宝されて、やがて爵位を授かるに至った。
それ故に、貴族にとって魔法の有無は重要なのだ。非保持者であることに絶望し、自ら命を絶った者も少なくない。
(私もそうすればよかった?)
サラサは笑顔の裏で、一瞬でもそんなことを考えてしまう。それを知ってか知らずか、ライオットはなおもサラサを責め立てていく。
「なのに私への恩を忘れて、ヴィンセント兄さんに手を出すとはね。君はとんだ恩知らずの恥知ら……」
「あー、少しいいだろうか?」
小さく手を上げながら、ヴィンセントが弟の言葉をやんわりと遮る。
「先ほどサラサ嬢も言っていたと思うが、先に婚約の打診をしたのは俺の方だ。彼女が責められる道理はないよ」
「しかし、兄さんもほんの冗談のつもりだったんだろう? それを真に受けたサラサをあざ笑うために……」
「冗談で女性に求婚するものか。俺は本気でサラサ嬢と結婚したいと思っている」
その濃紺の瞳はライオットではなく、サラサを真っ直ぐ見据えていた。ライオットの口から「は?」という声がぽろりと零れる。
「君の現状は、大方予想がつく。立場も礼節も弁えない連中から、縁談が殺到しているんじゃないかい? それも主に男爵家と子爵家。彼らの狙いは、恐らくマリオン伯爵家の掌握だ」
「は、はい」
的確に言い当てられ、サラサは少し驚きながら返事をした。
「そこで、俺と結婚するというのはどうだろう? 追放されている身でも、王族であることに変わりはない。連中から君や君の家を守る魔除けぐらいにはなれると思うよ」
ヴィンセントとの結婚にはメリットが多い。
そのことはサラサも理解している。
「ですが、あなたにとっては何の利点もない結婚です。本当によろしいのですか?」
「そんなもの、初めから求めてはいないさ」
ヴィンセントは小さく笑って、自分の弟に視線を移した。
「それに、五年くらい前に弟が聖女様と出会った時から、こうなることは予想がついていたんだ」
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