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13.第一王子(王太子side)

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 王太子の命によって、オフィーリアを貶していた侍女や女官は即刻解雇となった。
 突然の処分に愕然とする彼女たちだが、これだけでは終わらなかった。
 夫が官職に就いている者は、「聖女を侮辱した」として離縁まで言い渡されたのだ。

(私に泣いて懇願してきた者もいたが、当然断ってやった。私の大事なオフィーリアを傷付けたのだ。泣けば許されると思うなよ)

 国王と宰相も、ライオットの意向に賛同してくれた。
 教育係も自らの過ちを認めたのか、オフィーリアに優しく接するようになった。
 そのおかげもあって、妃教育は少しずつ進み始めた。食事のマナーに関しても、ゆっくり矯正していく方針に決まった。

(オフィーリアは近頃、食事をするのが辛いと言っていたからな。自分に美味しいものを食べて欲しい)

 様々な悩みが解決して、ライオットは清々しい気分に浸っていた。
 そしてこの気分のまま、久しぶりに『兄』の顔を見に行くことを思い付く。

「オフィーリア、私の兄に会いに行かないかい?」
「ふえ? ライ様ってお兄様がいらっしゃったんですか?」

 オフィーリアが不思議そうに尋ねてくる。
 あれが公の場に姿を見せるのは、建国記念の式典の時のみ。しかも毎回ではない。
 その名は新聞にも滅多に上がらないため、オフィーリアが知らないのも無理はなかった。

「第一王子ヴィンセント。私より二つ歳上の兄で、現在はとある領地で自由気ままに暮らしている」
「そうなのですね。あれ? お兄様がいるのに、ライ様が将来王様になるんですか?」
「ああ。……兄は、生まれつき魔法を持たない非保持者なんだ」

 ライオットは悲しげな表情を浮かべて、オフィーリアの質問に答える。
 しかし内心では、実兄をこき下ろしていた。

(非保持者の王子なんて聞いたことがない。王家の恥そのものだというのに、よくも自国にいられるものだ。厚顔無恥とは、まさに奴のためにある言葉だな)

 しかしそのおかげで、時折会いに行くことが出来る。

(非保持者でありながら、私の継承権を狙っているかもしれん。そのためにも、私の活躍を聞かせ、功績を語ることで奴の自尊心を削いでおかなくては!)

 今回はオフィーリアや侍従たちも同行させる。そうすることで、己の立場をわきまえさせるのだ。

「可哀想な人なんですね……私もヴィンセントお兄様に会ってみたいです!」
「ありがとう。兄上もきっと喜ぶと思うよ」

 弟が聖女と結婚をする。
 その事実を知ったら、あの飄々としている愚兄も平然とはしていられないだろう。
 ライオットの脳裏には、恥辱にまみれた兄の顔が浮かんでいた。




 その数日後。ライオットは一年半ぶりに、兄が隠居する離宮を訪れた。
 そして、まずは紅茶の一杯でも貰おうと思っていたのだが、

「久しぶりに来てくれて申し訳ないが、今日のところは帰ってくれないかな。もう少しで客人が来るんだ」
「兄さん、何時間もかけて会いに来た弟に、それはないんじゃないか?」
「いや。こっちの都合も聞かずに、突然押しかけられても」

 ヴィンセントはそう言うと、軽く肩を竦めて笑った。
 陰気臭い黒髪と、暗い濃紺の瞳。いつ見ても、華やかさのない地味な男だと、ライオットは鼻を鳴らした。

(こんな男に客人? どうせ、私たちを体よく追い出すための作り話だろ)
 
 ヴィンセントの執事や侍女が、冷ややかな視線をライオットに向けてくる。
 オフィーリアと侍従を連れてきたのが、やはり効いているようだ。

「こ、この人がヴィンセント……お兄様……」
「オフィーリア?」

 先ほどからオフィーリアの顔が赤い。
 ヴィンセントをぼんやりと見詰めている。

(風邪を引いたのだろうか? ヴィンセントに従うのはしゃくだが、今日は一旦帰って──)

 コンコン、と扉を叩く音が聞こえた途端、執事の表情が明るくなった。どうやら、客人が来るというのは本当だったらしい。
 簡素な造りの扉がゆっくりと開き──

「「え?」」

 客人とライオットは、ほぼ同時に声を上げた。互いに目を丸くしている。

「サ、サラサ? 何故ここに……」

 驚きのあまり、ライオットの声は震えていた。侍従たち、特にエミールも目を大きく見開いて固まっている。

「ヴィンセント殿下から、婚約の打診をいただいたのです。本日はそのお返事に伺いました」

 元婚約者の疑問に、サラサは優雅に微笑みながら答えた。
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