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11.常識知らず②(王太子side)
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オフィーリアは辺境領にある小さな神殿で神官長を務めていた。
それを聞いた教育係たちは、ほっと安堵の溜め息をついた。
元庶民の少女に妃教育を施すなど、動物に人語を教え込むようなものだ。
しかしオフィーリアは、神官長に選ばれるほどの逸材である。ある程度の教養は身に着けているだろうと、誰もが安心しきっていた。
だが、それは甘い考えだった。
「オフィーリア様、何度申し上げたら分かるのですか」
教育係が語気を強くして指摘すると、オフィーリアはスプーンを握り締めたままきょとんと首を傾げた。
「えっと……何がでしょう?」
「食事の最中は音を立ててはなりません。スープを飲む際は啜るのではなく、食べるような感覚でスプーンを口に含んでください」
「ご、ごめんなさい。でも、音を立てて飲んだ方が何だか美味しく感じますよ?」
「貴族社会ではマナー違反とされています。しかもオフィーリア様は妃殿下として、全ての女性の手本となるのです。どうかご理解ください」
「わかりまひた……んっ、このパンとってもおいひいです!」
美味しそうにパンを頬張るオフィーリアだが、教育係の表情はさらに険しくなる。
「口に物を入れながら話してはいけません」
「えっ!? そしたら食事の時は、いつおしゃべりをすればいいのですか!?」
「……!!」
本気で驚いているオフィーリアに、教育係は絶句した。
長年にわたって家庭教師を続けてきたが、こんな突飛な発言をした令嬢がかつていただろうか。庶民上がりの男爵令嬢でさえ、ここまで酷くなかった。
(これが……王太子妃に……?)
教育係の背中に冷たい汗が流れた。
オフィーリアの無知ぶりは、勉強面でも露呈された。
「こうして地図で見ると、ロードラル王国って大きいのですね」
「いえ。我が国はこちらでございます」
「えぇっ!? 私たちの国ってこんなに小さいのですか!?」
「ロードラル王国は、決して小国ではありません。アスティニア大陸の中で三番目の国土面積を誇ります」
「でも、一番ではないのですね……」
本気でショックを受けているオフィーリアに、教育係は内心頭を抱えていた。
そして、またある時も。
「あのぅ……この言葉は何と読むのでしょうか?」
「ご自分で訳さなければ、勉強になりませんよ」
「は、はい……でも外国に行く時は、通訳の人も一緒なんですよね? でしたら、他の国の言葉なんて覚えなくても……」
「完璧に習得しなくても、ある程度は話せるようにならなければいけません」
「えっ!? そんなの絶対に無理です!」
「王太子妃になれば、他国に訪問することも多々ございます。とにかく勉強なさってください」
「ぐすっ……ひっく、うっ……ライ様助けて……!」
泣きじゃくる聖女に、教育係は「泣きたいのはこちらだ」と呆れたように肩を竦めた。
オフィーリアの頭の悪さは、教育係たちを愕然させた。
無知なだけならまだいいが、どうも無意識に「自分の考えが正しい」と思っている節がある。
この調子では妃教育は進むはずもなく、あっという間に一ヶ月が経ってしまった。
「オフィーリアが君たちに虐められていると、私に助けを求めてきた。どういうつもりか説明してもらおうか?」
ライオットが怒りの形相で、教育係の面々を睨み付ける。婚約者の言葉を信じて疑っていないようだ。
教育係たちはうんざりした表情で、オフィーリアが勝手にそう思い込んでいるだけだと釈明した。
「だがオフィーリアは悲しみに暮れて、君たちに会うことも嫌がっている。もう少し優しく出来ないのか?」
「厳しく教えなければ、オフィーリア様は覚えてくださりません」
「教え方が悪いだけだろう。自分たちの不手際を聖女のせいにするとは、教育者にあるまじき行為だな」
教育係がどれだけ説明しても、ライオットは「オフィーリアは悪くない」という考えを改めようとしない。
王太子では埒が明かないため、国王陛下に窮状を訴えても、
「オフィーリアは貴族の生活にまだ慣れていないのだ」
たったのこれだけである。
謁見室を後にした教育者たちの口から、深い溜め息が漏れる。
「サラサ様が帰ってきてくだされば……」
誰かがぼそりと呟くと、彼らの間には重苦しい沈黙が流れた。
それを聞いた教育係たちは、ほっと安堵の溜め息をついた。
元庶民の少女に妃教育を施すなど、動物に人語を教え込むようなものだ。
しかしオフィーリアは、神官長に選ばれるほどの逸材である。ある程度の教養は身に着けているだろうと、誰もが安心しきっていた。
だが、それは甘い考えだった。
「オフィーリア様、何度申し上げたら分かるのですか」
教育係が語気を強くして指摘すると、オフィーリアはスプーンを握り締めたままきょとんと首を傾げた。
「えっと……何がでしょう?」
「食事の最中は音を立ててはなりません。スープを飲む際は啜るのではなく、食べるような感覚でスプーンを口に含んでください」
「ご、ごめんなさい。でも、音を立てて飲んだ方が何だか美味しく感じますよ?」
「貴族社会ではマナー違反とされています。しかもオフィーリア様は妃殿下として、全ての女性の手本となるのです。どうかご理解ください」
「わかりまひた……んっ、このパンとってもおいひいです!」
美味しそうにパンを頬張るオフィーリアだが、教育係の表情はさらに険しくなる。
「口に物を入れながら話してはいけません」
「えっ!? そしたら食事の時は、いつおしゃべりをすればいいのですか!?」
「……!!」
本気で驚いているオフィーリアに、教育係は絶句した。
長年にわたって家庭教師を続けてきたが、こんな突飛な発言をした令嬢がかつていただろうか。庶民上がりの男爵令嬢でさえ、ここまで酷くなかった。
(これが……王太子妃に……?)
教育係の背中に冷たい汗が流れた。
オフィーリアの無知ぶりは、勉強面でも露呈された。
「こうして地図で見ると、ロードラル王国って大きいのですね」
「いえ。我が国はこちらでございます」
「えぇっ!? 私たちの国ってこんなに小さいのですか!?」
「ロードラル王国は、決して小国ではありません。アスティニア大陸の中で三番目の国土面積を誇ります」
「でも、一番ではないのですね……」
本気でショックを受けているオフィーリアに、教育係は内心頭を抱えていた。
そして、またある時も。
「あのぅ……この言葉は何と読むのでしょうか?」
「ご自分で訳さなければ、勉強になりませんよ」
「は、はい……でも外国に行く時は、通訳の人も一緒なんですよね? でしたら、他の国の言葉なんて覚えなくても……」
「完璧に習得しなくても、ある程度は話せるようにならなければいけません」
「えっ!? そんなの絶対に無理です!」
「王太子妃になれば、他国に訪問することも多々ございます。とにかく勉強なさってください」
「ぐすっ……ひっく、うっ……ライ様助けて……!」
泣きじゃくる聖女に、教育係は「泣きたいのはこちらだ」と呆れたように肩を竦めた。
オフィーリアの頭の悪さは、教育係たちを愕然させた。
無知なだけならまだいいが、どうも無意識に「自分の考えが正しい」と思っている節がある。
この調子では妃教育は進むはずもなく、あっという間に一ヶ月が経ってしまった。
「オフィーリアが君たちに虐められていると、私に助けを求めてきた。どういうつもりか説明してもらおうか?」
ライオットが怒りの形相で、教育係の面々を睨み付ける。婚約者の言葉を信じて疑っていないようだ。
教育係たちはうんざりした表情で、オフィーリアが勝手にそう思い込んでいるだけだと釈明した。
「だがオフィーリアは悲しみに暮れて、君たちに会うことも嫌がっている。もう少し優しく出来ないのか?」
「厳しく教えなければ、オフィーリア様は覚えてくださりません」
「教え方が悪いだけだろう。自分たちの不手際を聖女のせいにするとは、教育者にあるまじき行為だな」
教育係がどれだけ説明しても、ライオットは「オフィーリアは悪くない」という考えを改めようとしない。
王太子では埒が明かないため、国王陛下に窮状を訴えても、
「オフィーリアは貴族の生活にまだ慣れていないのだ」
たったのこれだけである。
謁見室を後にした教育者たちの口から、深い溜め息が漏れる。
「サラサ様が帰ってきてくだされば……」
誰かがぼそりと呟くと、彼らの間には重苦しい沈黙が流れた。
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