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7.仕事の山(王太子Side)

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 サラサが城を出て行ってから早十日。
 ライオットは外出することなく、執務室にもりきりだった。
 今まではサラサに押し付けていた仕事を、自分で片付けることになってしまったからだ。

(くそ……やってもやっても終わらない)

 どう考えても一人でこなせる量ではない。文字と数字ばかり見ているせいで目が疲れてきたし、肩も凝ってくる。
 国王に即位すれば仕事量はさらに増える。これからのことを考えると、ライオットは気が重くなった。

(今日はオフィーリアと城下町の喫茶店に行く予定だったんだぞ? それなのに、何故私はひたすら仕事をしているんだ!)

 苛立ちを込めて机を思い切り叩くが、気はちっとも晴れない。
 
(オフィーリア……私と会えなくて寂しがっていないだろうか)

 オフィーリアは王城で暮らすようになってまだ日が浅い。
だから彼女が新しい生活に慣れるまでは、常に傍にいてあげたいのだ。
 起床時と就寝時は必ず口付けを交わし、午後は二人で庭園や城下町を散策する。
 そして夜は一つのベッドで抱き合いながら、眠りに就く。それがライオットのルーティンだった。
 近頃は、夜しか共に過ごせていないが。

(おいおい……今は仕事中だぞ)

 昨夜の恋人の姿を思い返して、つい頬が緩んでしまう。
 しかしオフィーリアのことを頭の中から一旦追い出すと、あの忌々しい婚約者の姿が思い浮かんだ。

(私がこんな思いをしているのは、全てサラサのせいだ。まさか本当に婚約の解消を申し出るとは……)

 サラサが実家に帰った数日後、婚約解消を望む書状が国王宛てに届いたのである。
 しかもライオットがそれを知った時には、既に手続きが終了していて、サラサとは赤の他人となっていた。

 ライオットは国王に婚約解消の撤回を求めたが、

『私は元より、非保持者の小娘を王室に迎え入れることに反対していたのだ。父上と先代マリオン伯爵の盟約によって成り立っていた婚約に過ぎん』
『し、しかし私はオフィーリアだけでなく、サラサも愛しているのです! これからはもっと彼女と向き合うつもりで……』
『……お前はサラサまで傍に置くことで、オフィーリアが不安を抱くとは考えられないのか?』

 咄嗟についた嘘も逆効果となり、ライオットは引き下がるしかなかった。
 よほどサラサが気に食わないらしい。あの時の国王は、息子に向けるものとは思えない恐ろしい目をしていた。

 しかしライオットとオフィーリアが仲睦まじく暮らすには、サラサの協力・・が必要不可欠だったのだ。
 
(……まあ、どうせすぐに私のところへ戻ってくるか)

 今頃は、実の両親にこき使われているに違いない。
 耐え切れなくなって逃げてきた時は、使用人として雇うつもりでいた。気まぐれで愛してやれば、二度と逆らうこともなくなるだろう。

 今すぐにでも以前の生活に戻るには、どうすればいいのか。
 仕事そっちのけで頭を巡らせていると、扉をノックする音が聞こえた。

「あの……ライ様、入ってもよろしいですか?」

 不安そうな声に、ライオットは大きく息を呑んだ。慌てて扉を開くと、愛する少女が胸に飛び込んできた。

「お仕事中なのにごめんなさい! 私、寂しくてライ様に、会いに来ちゃいました……」

 怒られると思っているのか、オフィーリアは少し怯えたようにライオットの顔を見上げた。

「謝らないでおくれ、オフィーリア。私も君に会いたいと思っていたんだ」
「本当に? 嬉しい……っ」

 オフィーリアは目を潤ませながら、嬉しそうに微笑んだ。

「あ……ライオット様、お疲れみたいですから今元気にしてあげますね」

 オフィーリアが目を閉じて魔力を集中すると、純白の光が螺旋状になってライオットの体を優しく包み込んだ。
 みるみるうちに体の疲れが取れて、活力が湧いてくる。
 これが聖女の治癒魔法だ。

「ありがとう、オフィーリア。君のおかげで残りの仕事も頑張れそうだ」
「やっぱりまだお仕事があるんですね。私、寂しいです……」

 悲しそうに目を伏せるオフィーリアの姿に、ライオットはぐっと息を詰まらせる。
 が、そこである名案を思い付く。これなら、彼女とずっと一緒にいることが出来るのではないか。

「オフィーリア、君にお願いしたいことが……」

 こんこん、と扉を叩く音がライオットの言葉を遮る。来訪者は侍従の一人だった。

「何の用だ。私は今、オフィーリアと大事な話をしていたのだぞ」

 ライオットはオフィーリアを抱き締めながら、侍従をぎろりと睨みつけた。

「申し訳ありません。ですが、一応殿下のお耳にも入れておいた方がよろしいかと……」

 侍従がそう前置きして本題に入る。
 初めは面倒臭そうに聞いていたライオットだが、次第にその顔は驚愕に染まっていった。

「サラサが……そんなバカな……!」

 それはサラサがマリオン伯爵家の実権を握り、邸宅から引っ越したという情報だった。
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