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6.責任転嫁
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マリオン伯爵邸にサラサが帰ってきたことに、使用人たちは戸惑いを見せていた。
初めはとうとう王太子に捨てられたと思っていたのだが、どうも様子がおかしい。
伯爵夫妻がサラサを叱り付けるどころか、優しく接しているのだ。
いや正確に言えば、へりくだった態度を取るようになった。
そして、使用人たちにも「決してサラサの機嫌を損ねてはならない」と命じたのである。
「サラサに出て行かれたら、我が家はおしまいだ。そうなれば、私たちは路頭に迷うことになるぞ……」
この世の終わりのような顔で語る伯爵に、使用人たちは絶句した。
一族の当主を名乗っていたこの男は、言わばお飾りのような存在だったのだ。
実際にマリオン伯爵家を動かしているのはサラサ。伯爵は娘に頼り切りの役立たずに過ぎない。
「し、しかしサラサ様だって勘当されたら行き場がないじゃありませんか。ここまで下手に出なくたって……」
「恐らく本当に縁を切られたら、隣国にでも渡るつもりだったのだろう」
使用人の言葉を遮るように、伯爵は溜め息混じりに言った。
「あちらには我が家の元家庭教師がいる。あの男はサラサを高く評価していたからな」
その伝手を頼れば、住居や仕事を探すことなど容易だろう。それに多国語も使いこなせるサラサなら、引く手あまたに違いない。
サラサはその気になれば、すぐにでもマリオン伯爵家を切り捨てられるのだ。
事の重大さに気付き、使用人たちの顔がみるみるうちに強張っていく。
「だからね、サラサを絶対に怒らせないようにしてちょうだい。ほら、あなたたち昔あの子に冷たく当たっていたでしょう?」
「なっ……」
伯爵夫人の遠回しに責めるような物言いに、その場の空気がにわかにひりつき始める。
「何を仰るんですか。サラサ様を率先して虐めていたのはあなた方だ」
「そうですよ。サラサ様を庇えばこちらまで睨まれると思い、仕方なく同調していただけです」
「まるで、私たちだけが悪いような言い方はやめてください!」
「自分たちは遊んでばかりで、仕事を全然してなかったくせに……」
「サラサ様がいれば、お二人は必要ないのでは?」
使用人たちも、日頃から横柄な振る舞いをする伯爵夫妻には不満を抱いていたのだ。口々に文句を並び立てていく。
「お、お黙りっ! あんたたちなんか、サラサに言い付けてクビにしてやるわ!」
「そうだ! サラサが真っ先に切り捨てたいのは、貴様らのはずだからな……!」
怒りに火がついた伯爵夫妻が、引き攣った笑みを浮かべて宣言する。
「バカ言え! サラサ様が一番憎んでいるのは、あんたたちに決まってるじゃないか!」
「あんたらこそ屋敷から追い出してやる!」
自己保身のために、互いに責任をなすりつけようとしている。
そんな不毛な言い争いを、サラサは部屋の外でこっそり盗み聞きしていた。
(申し訳ありませんが、出て行ってもらうのはあなた方全員ですよ)
サラサがそう思っていることなど、誰も知る由もなかった。
初めはとうとう王太子に捨てられたと思っていたのだが、どうも様子がおかしい。
伯爵夫妻がサラサを叱り付けるどころか、優しく接しているのだ。
いや正確に言えば、へりくだった態度を取るようになった。
そして、使用人たちにも「決してサラサの機嫌を損ねてはならない」と命じたのである。
「サラサに出て行かれたら、我が家はおしまいだ。そうなれば、私たちは路頭に迷うことになるぞ……」
この世の終わりのような顔で語る伯爵に、使用人たちは絶句した。
一族の当主を名乗っていたこの男は、言わばお飾りのような存在だったのだ。
実際にマリオン伯爵家を動かしているのはサラサ。伯爵は娘に頼り切りの役立たずに過ぎない。
「し、しかしサラサ様だって勘当されたら行き場がないじゃありませんか。ここまで下手に出なくたって……」
「恐らく本当に縁を切られたら、隣国にでも渡るつもりだったのだろう」
使用人の言葉を遮るように、伯爵は溜め息混じりに言った。
「あちらには我が家の元家庭教師がいる。あの男はサラサを高く評価していたからな」
その伝手を頼れば、住居や仕事を探すことなど容易だろう。それに多国語も使いこなせるサラサなら、引く手あまたに違いない。
サラサはその気になれば、すぐにでもマリオン伯爵家を切り捨てられるのだ。
事の重大さに気付き、使用人たちの顔がみるみるうちに強張っていく。
「だからね、サラサを絶対に怒らせないようにしてちょうだい。ほら、あなたたち昔あの子に冷たく当たっていたでしょう?」
「なっ……」
伯爵夫人の遠回しに責めるような物言いに、その場の空気がにわかにひりつき始める。
「何を仰るんですか。サラサ様を率先して虐めていたのはあなた方だ」
「そうですよ。サラサ様を庇えばこちらまで睨まれると思い、仕方なく同調していただけです」
「まるで、私たちだけが悪いような言い方はやめてください!」
「自分たちは遊んでばかりで、仕事を全然してなかったくせに……」
「サラサ様がいれば、お二人は必要ないのでは?」
使用人たちも、日頃から横柄な振る舞いをする伯爵夫妻には不満を抱いていたのだ。口々に文句を並び立てていく。
「お、お黙りっ! あんたたちなんか、サラサに言い付けてクビにしてやるわ!」
「そうだ! サラサが真っ先に切り捨てたいのは、貴様らのはずだからな……!」
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「バカ言え! サラサ様が一番憎んでいるのは、あんたたちに決まってるじゃないか!」
「あんたらこそ屋敷から追い出してやる!」
自己保身のために、互いに責任をなすりつけようとしている。
そんな不毛な言い争いを、サラサは部屋の外でこっそり盗み聞きしていた。
(申し訳ありませんが、出て行ってもらうのはあなた方全員ですよ)
サラサがそう思っていることなど、誰も知る由もなかった。
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