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5.身の程知らず
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「ふんっ。親に向かってよく生意気な口を利けたものだな。本当にお前をこの家から追放してもよいのだぞ?」
「お父様は本気よ。バカなことを言わないで、今すぐ城に戻りなさい」
両親揃って、サラサに見下すような目つきを向けてくる。
昔からサラサが少しでも反抗的な態度を取ると、こうして脅してきたのだ。
反省を促すためと言って、真冬の夜に屋敷から追い出したこともある。
サラサが屋敷に戻ることを許されたのは、その翌日。だが高熱を出してしまい、数日寝込むことになってしまった。あの時は祖父も遠方に出向いていたせいで、助けてくれる者は誰もいなかったのだ。
苦い記憶を思い返しながら、サラサはにっこりと微笑む。
「ええ。ですから、後腐れなくバッサリと縁を切ってくださいませ。私も実家に居着いて、あなた方のご迷惑になりたくありませんもの」
「いや、困るのはお前だぞ? 何の後ろ盾もない小娘が、たった一人で生きていけるわけが……」
今まで威勢のよかった伯爵が焦り始める。自分から言い出した手前、引くに引けない様子だ。
彼は理解しているのだ。サラサを勘当することで、一番困るのは誰かということを。
「あなた、何弱気になっているの? 二度と私たちに逆らえないように、もっと強く言わなくちゃダメよ」
何も気付いていない伯爵夫人は、尚も娘に高圧的な態度を崩そうとしない。
「ま、待て。あまり強い態度で迫っても、かえって逆効果かもしれん。ここは穏便に話し合おう」
「あら。こんな何の才もない娘に、へりくだれと言うの? エミールやブリジットが聞いたら、笑われ……」
「お前は黙っていろっ!」
呆れたように肩を竦める妻に、伯爵が怒鳴り声を上げる。この辺りでようやく雲行きが怪しくなってきたと悟ったのか、伯爵夫人は「どういうこと?」と不安そうに尋ねた。
本当に何も知らないようなので、サラサは説明してあげることにした。
「お母様、この家の事務作業をこなしているのは私なんです」
「……え?」
「もちろん、全てというわけではありませんが」
それでも八割方はサラサが担っている。
マリオン伯爵が帳簿やら書類やらを城に送ってくるので、妃教育の合間にこなしていたのだ。
「どういうことなの、あなた!?」
「そ、それはだな……」
妻に問い詰められ、伯爵は気まずそうに口ごもった。
先代マリオン伯爵がいた頃は上手くいっていた領地経営も、彼が亡くなると途端に傾き始めた。父親の助けを借りて何とかなっていただけで、元々領主の器ではなかったのである。
しかしプライドの高い伯爵は、そのことを周囲には明かさなかった。そのくせ努力が嫌いなタイプなので、経営学を学び直そうともしない。
その結果、娘に頼るようになったというわけだ。
「先ほどの言葉をそっくりそのままお返しいたします。私を追い出すのは構いませんが、そうなれば困るのはあなた方ですよ」
「うっ……」
伯爵は何も言い返せなかった。
もしサラサがいなくなれば、領地経営は立ち行かなくなる。それを分かっていながら、高圧的な態度を取っていたのだ。
(調子に乗りすぎましたね、お父様)
マリオン伯爵家の実質的な支配者はサラサ。
サラサの目の前で、青い顔をして黙り込んでいる男ではない。
「いいい加減にしなさいっ! 自分の親を脅すなんて何を考えてるの!?」
「脅すだなんてとんでもない。私はただ忠告しているだけです。ですが、どうしても聞き入れてくれないなら、ここを出て行くしかなさそうですね……」
サラサがわざとらしく深い溜め息をつくと、伯爵夫人はびくっと体を震わせた。
若い頃から遊んでばかりの彼女に、今さら夫の手伝いなど出来るはずがない。
もし、サラサが出て行ったら?
優秀な長男や次女を頼れば、最悪の事態は避けられるだろうが、今までのような生活は送れないだろう。
「ま……待ってちょうだい。勘当の話はなしよ。ね、あなた?」
「あ、ああ。お前はもう大人なんだ。自分のことは自分で決めなさい」
妻の言葉に、伯爵も愛想笑いを浮かべながら同調する。
サラサなしで領地経営など不可能だ。娘に任せきりで、帳簿の付け方もよく覚えていない。
これからも楽をして生きるために、自分たちが虐げてきた娘に媚びる。
それが伯爵夫妻の答えだった。
(意外とあっさり折れてくれたわね)
一応、逆上して襲ってきた場合に備えて、『準備』はしていたのだが。
所詮は格上の相手には手も足も出ない臆病者だったようだ。
「ありがとうございます。お二人なら分かってくださると思っていました」
もっとも、両親にはしっかりと痛い目を見てもらうが。
「お父様は本気よ。バカなことを言わないで、今すぐ城に戻りなさい」
両親揃って、サラサに見下すような目つきを向けてくる。
昔からサラサが少しでも反抗的な態度を取ると、こうして脅してきたのだ。
反省を促すためと言って、真冬の夜に屋敷から追い出したこともある。
サラサが屋敷に戻ることを許されたのは、その翌日。だが高熱を出してしまい、数日寝込むことになってしまった。あの時は祖父も遠方に出向いていたせいで、助けてくれる者は誰もいなかったのだ。
苦い記憶を思い返しながら、サラサはにっこりと微笑む。
「ええ。ですから、後腐れなくバッサリと縁を切ってくださいませ。私も実家に居着いて、あなた方のご迷惑になりたくありませんもの」
「いや、困るのはお前だぞ? 何の後ろ盾もない小娘が、たった一人で生きていけるわけが……」
今まで威勢のよかった伯爵が焦り始める。自分から言い出した手前、引くに引けない様子だ。
彼は理解しているのだ。サラサを勘当することで、一番困るのは誰かということを。
「あなた、何弱気になっているの? 二度と私たちに逆らえないように、もっと強く言わなくちゃダメよ」
何も気付いていない伯爵夫人は、尚も娘に高圧的な態度を崩そうとしない。
「ま、待て。あまり強い態度で迫っても、かえって逆効果かもしれん。ここは穏便に話し合おう」
「あら。こんな何の才もない娘に、へりくだれと言うの? エミールやブリジットが聞いたら、笑われ……」
「お前は黙っていろっ!」
呆れたように肩を竦める妻に、伯爵が怒鳴り声を上げる。この辺りでようやく雲行きが怪しくなってきたと悟ったのか、伯爵夫人は「どういうこと?」と不安そうに尋ねた。
本当に何も知らないようなので、サラサは説明してあげることにした。
「お母様、この家の事務作業をこなしているのは私なんです」
「……え?」
「もちろん、全てというわけではありませんが」
それでも八割方はサラサが担っている。
マリオン伯爵が帳簿やら書類やらを城に送ってくるので、妃教育の合間にこなしていたのだ。
「どういうことなの、あなた!?」
「そ、それはだな……」
妻に問い詰められ、伯爵は気まずそうに口ごもった。
先代マリオン伯爵がいた頃は上手くいっていた領地経営も、彼が亡くなると途端に傾き始めた。父親の助けを借りて何とかなっていただけで、元々領主の器ではなかったのである。
しかしプライドの高い伯爵は、そのことを周囲には明かさなかった。そのくせ努力が嫌いなタイプなので、経営学を学び直そうともしない。
その結果、娘に頼るようになったというわけだ。
「先ほどの言葉をそっくりそのままお返しいたします。私を追い出すのは構いませんが、そうなれば困るのはあなた方ですよ」
「うっ……」
伯爵は何も言い返せなかった。
もしサラサがいなくなれば、領地経営は立ち行かなくなる。それを分かっていながら、高圧的な態度を取っていたのだ。
(調子に乗りすぎましたね、お父様)
マリオン伯爵家の実質的な支配者はサラサ。
サラサの目の前で、青い顔をして黙り込んでいる男ではない。
「いいい加減にしなさいっ! 自分の親を脅すなんて何を考えてるの!?」
「脅すだなんてとんでもない。私はただ忠告しているだけです。ですが、どうしても聞き入れてくれないなら、ここを出て行くしかなさそうですね……」
サラサがわざとらしく深い溜め息をつくと、伯爵夫人はびくっと体を震わせた。
若い頃から遊んでばかりの彼女に、今さら夫の手伝いなど出来るはずがない。
もし、サラサが出て行ったら?
優秀な長男や次女を頼れば、最悪の事態は避けられるだろうが、今までのような生活は送れないだろう。
「ま……待ってちょうだい。勘当の話はなしよ。ね、あなた?」
「あ、ああ。お前はもう大人なんだ。自分のことは自分で決めなさい」
妻の言葉に、伯爵も愛想笑いを浮かべながら同調する。
サラサなしで領地経営など不可能だ。娘に任せきりで、帳簿の付け方もよく覚えていない。
これからも楽をして生きるために、自分たちが虐げてきた娘に媚びる。
それが伯爵夫妻の答えだった。
(意外とあっさり折れてくれたわね)
一応、逆上して襲ってきた場合に備えて、『準備』はしていたのだが。
所詮は格上の相手には手も足も出ない臆病者だったようだ。
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