私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀

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「どうしてって……夫人会に出席しますのよ? 美しく着飾るのがマナーでしょう?」
「そうですか……」

 自信満々に答えるポーラに返ってきたのは、大きな溜め息だった。その時点で妻の回答は間違っていたと、ダミアンは確信する。
 だが何故だ? と必死に考えを巡らせる。夫人会や茶会では、特に細かなドレスコードはなかったはずだ。
 答えを求めるように、視線を彷徨わせる。だが夫人はおろか、付き添いの夫たちですらダミアンと目を合わせようとしない。

「ラクール公爵子息。本日は何の日なのか、あなたならご存じですわよね?」
「え……?」
「初代王妃陛下の生誕日ですわ」
「あ、ああ、そうでしたね。つい忘れていました……」
「つい?」

 侯爵夫人から鋭い視線を突き付けられ、ダミアンは「いえ」と反射的に背筋を正した。しかし、ポーラのドレスと何が関係あるというのか。当の本人も、腑に落ちない様子で唇を尖らせている。

「……よいですか」

 業を煮やした侯爵夫人が、語気を強めて語り始める。

「王妃は赤色をこよなく愛する御方で、常に赤いアクセサリーを身に着け、夜会には赤いドレスをお召しになってご出席されていました。ですからこの国では、赤とは王妃の色とされています。……この言葉の意味がご理解出来ますか?」
「あ……っ」

 ダミアンはようやく何故、自分たちが非難されているのか思い至った。
 赤は王妃の色。つまり彼女の生誕日では、貴族女性は赤を纏う行為がタブーとされている。そんなところだろう。
 夫人たちが一様に質素な身なりをしているのも、王妃に対する敬意を表するため。

 そこに現れたのが豪奢な赤いドレス姿のポーラだ。しかも身に着けてきたアクセサリーは、よりによってレッドダイヤモンドのネックレス。
 場違いにも程がある。

「つ、妻が大変失礼しました……」

 顔から火が出る思いで、ダミアンは謝罪を述べる。すると、ポーラがすぐさま噛みついてきた。

「私は何も悪くありませんわ。ダミアン様が教えてくださらないから……」
「!?」
「だって私、そんなマナー聞いたことありませんもの」
「そうだな……」

 妻に嫌われたくない。しかし、自分が原因だとも思われたくない。

(そうだ)

 ここでダミアンは、起死回生の一手を思い付いた。

「アリシアです。僕の側室がポーラを唆したのです」
「そ、そうですわ。私は夫人会に出席するのは初めてでしたから。あまり目立たないように地味なドレスを着ようとしていたら、アリシア様に『あなたには赤いドレスが似合うわ』と勧められましたの!」

 ポーラもすかさず、ダミアンの虚言に調子を合わせる。

「私、アリシア様に騙されましたのね……どうしてこんなことを……っ」
「確かに僕たちが無知だったことも悪いです。ですがアリシアは、それにつけ込んでポーラに恥をかかせようとしたのです」

 自分の胸に飛び込んで来たポーラを抱き留め、弁明する。それが功を奏したのか、侯爵夫人の表情が柔らかくなる。

「まあ……そういうことでしたのね。責めるような物言いをしてしまい、失礼いたしました」
「いえ、あなた方に非はありません」

 この場を切り抜けられ、アリシアに責任を押しつけることも出来た。
 満足げに微笑みながら視線を落とすと、ほくそ笑むポーラと目が合う。妻も機嫌を直してくれたし、幸先のよいスタートだ。ダミアンはポーラの髪を優しく撫でた。
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