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帰宅
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アリシアが屋敷に帰ってきたのは、三日後の昼下がりだった。
しかしダミアンやポーラには顔を見せることなく、すぐさま執務室に籠もった。
ダミアンが側室の帰宅を知ったのは、その日の晩だった。執事が部屋にやって来て、「アリシア様からのお土産でございます」と、平箱を差し出された。王都の有名店の焼き菓子だという。
「まあっ。ご自分の立場をきちんと弁えているようですわね」
土産ではなく、自分への献上品という認識なのだろう。ポーラが笑顔で受け取る。だが、執事の次の一言で激高する。
「侍女たちも美味しいと喜んでいただいておりました」
「酷い! 私たちはこの家の主ですわよ!? なのに、使用人と同じ土産を寄越すなんて……っ!」
ポーラが屈辱で顔を真っ赤に染め、菓子箱を床に叩き付ける。一方ダミアンは、妻とは違う理由で腹を立てていた。
「何故アリシアは、帰ってきたことを私に報告しない!? 無礼にも程がある!」
立場を弁えているどころか、明らかに図に乗っているとしか思えない。ダミアンはすぐに執務室へ向かった。三日前は閉ざされていた扉は、容易に訪問者を迎え入れる。
「ノックぐらいなさってください」
「黙れ。まだ正式に家督を継承していないのに、当主気取りか?」
ダミアンが言い返すと、アリシアは小さく溜め息をついた。
「アリシア、何故午後には既に帰宅していたことを私に言わなかった? 何か疚しい理由でもあるのか?」
机に両手を突き、語気を強めて妻をなじる。だがアリシアは臆する素振りを見せず、さらりと切り返した。
「あなたとポーラ様がお楽しみのようでしたので、報告を控えさせていただきました」
「そ、それは……」
咄嗟に言い訳が思い付かない。今日は朝から、ポーラと寝室に籠もって情事に耽っていた。
そのため、客人が来ても誰も寝室には近付けるなと、使用人たちに言いつけてあった。
「だが、終わったのを見計らって挨拶に来ればいいのではないか?」
「配慮が足りず、申し訳ありませんでした。ですが、こちらも三日分仕事が溜まっておりますので」
「早く帰って来ないお前が悪い!」
「それは否定出来ませんね」
アリシアは口元に手を当てて微笑んだ。
「……もういい。それで?」
「はい?」
「王族と謁見したのだろう。どのような話をしたのか、聞かせろ」
「まず、私がラクール公爵家の爵位を継承することをお伝えいたしました」
「国王陛下は何と仰っていた?」
「陛下からはお祝いのお言葉を賜りました」
「…………」
どうやら国王は、アリシアが公爵家を継ぐことに賛成しているらしい。眉を顰めるダミアンだが、話はまだ終わらなかった。
「それと、王太子殿下から食事にお誘いいただきました」
「な、何? 殿下から?」
「一ヶ月後に、ということです」
国王だけでなく、王太子までもが……
王族に対して失望感を抱くダミアンだが、ふとある考えが浮かぶ。
これは利用出来るかもしれない。
「僕とポーラも一緒に行くぞ。いいな?」
「はい? ですが、殿下は私個人と……」
「お前が殿下を説得すればいいだけの話だろう!」
わざわざ食事に誘うくらいだ。よほどアリシアを気に入っているのだろう。きっと了承するだろうと、ダミアンは確信していた。
しかしダミアンやポーラには顔を見せることなく、すぐさま執務室に籠もった。
ダミアンが側室の帰宅を知ったのは、その日の晩だった。執事が部屋にやって来て、「アリシア様からのお土産でございます」と、平箱を差し出された。王都の有名店の焼き菓子だという。
「まあっ。ご自分の立場をきちんと弁えているようですわね」
土産ではなく、自分への献上品という認識なのだろう。ポーラが笑顔で受け取る。だが、執事の次の一言で激高する。
「侍女たちも美味しいと喜んでいただいておりました」
「酷い! 私たちはこの家の主ですわよ!? なのに、使用人と同じ土産を寄越すなんて……っ!」
ポーラが屈辱で顔を真っ赤に染め、菓子箱を床に叩き付ける。一方ダミアンは、妻とは違う理由で腹を立てていた。
「何故アリシアは、帰ってきたことを私に報告しない!? 無礼にも程がある!」
立場を弁えているどころか、明らかに図に乗っているとしか思えない。ダミアンはすぐに執務室へ向かった。三日前は閉ざされていた扉は、容易に訪問者を迎え入れる。
「ノックぐらいなさってください」
「黙れ。まだ正式に家督を継承していないのに、当主気取りか?」
ダミアンが言い返すと、アリシアは小さく溜め息をついた。
「アリシア、何故午後には既に帰宅していたことを私に言わなかった? 何か疚しい理由でもあるのか?」
机に両手を突き、語気を強めて妻をなじる。だがアリシアは臆する素振りを見せず、さらりと切り返した。
「あなたとポーラ様がお楽しみのようでしたので、報告を控えさせていただきました」
「そ、それは……」
咄嗟に言い訳が思い付かない。今日は朝から、ポーラと寝室に籠もって情事に耽っていた。
そのため、客人が来ても誰も寝室には近付けるなと、使用人たちに言いつけてあった。
「だが、終わったのを見計らって挨拶に来ればいいのではないか?」
「配慮が足りず、申し訳ありませんでした。ですが、こちらも三日分仕事が溜まっておりますので」
「早く帰って来ないお前が悪い!」
「それは否定出来ませんね」
アリシアは口元に手を当てて微笑んだ。
「……もういい。それで?」
「はい?」
「王族と謁見したのだろう。どのような話をしたのか、聞かせろ」
「まず、私がラクール公爵家の爵位を継承することをお伝えいたしました」
「国王陛下は何と仰っていた?」
「陛下からはお祝いのお言葉を賜りました」
「…………」
どうやら国王は、アリシアが公爵家を継ぐことに賛成しているらしい。眉を顰めるダミアンだが、話はまだ終わらなかった。
「それと、王太子殿下から食事にお誘いいただきました」
「な、何? 殿下から?」
「一ヶ月後に、ということです」
国王だけでなく、王太子までもが……
王族に対して失望感を抱くダミアンだが、ふとある考えが浮かぶ。
これは利用出来るかもしれない。
「僕とポーラも一緒に行くぞ。いいな?」
「はい? ですが、殿下は私個人と……」
「お前が殿下を説得すればいいだけの話だろう!」
わざわざ食事に誘うくらいだ。よほどアリシアを気に入っているのだろう。きっと了承するだろうと、ダミアンは確信していた。
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