私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀

文字の大きさ
上 下
7 / 30

帰宅

しおりを挟む
 アリシアが屋敷に帰ってきたのは、三日後の昼下がりだった。
 しかしダミアンやポーラには顔を見せることなく、すぐさま執務室に籠もった。

 ダミアンが側室の帰宅を知ったのは、その日の晩だった。執事が部屋にやって来て、「アリシア様からのお土産でございます」と、平箱を差し出された。王都の有名店の焼き菓子だという。

「まあっ。ご自分の立場をきちんと弁えているようですわね」

 土産ではなく、自分への献上品という認識なのだろう。ポーラが笑顔で受け取る。だが、執事の次の一言で激高する。

「侍女たちも美味しいと喜んでいただいておりました」
「酷い! 私たちはこの家の主ですわよ!? なのに、使用人と同じ土産を寄越すなんて……っ!」

 ポーラが屈辱で顔を真っ赤に染め、菓子箱を床に叩き付ける。一方ダミアンは、妻とは違う理由で腹を立てていた。

「何故アリシアは、帰ってきたことを私に報告しない!? 無礼にも程がある!」

 立場を弁えているどころか、明らかに図に乗っているとしか思えない。ダミアンはすぐに執務室へ向かった。三日前は閉ざされていた扉は、容易に訪問者を迎え入れる。

「ノックぐらいなさってください」
「黙れ。まだ正式に家督を継承していないのに、当主気取りか?」

 ダミアンが言い返すと、アリシアは小さく溜め息をついた。

「アリシア、何故午後には既に帰宅していたことを私に言わなかった? 何かやましい理由でもあるのか?」

 机に両手を突き、語気を強めて妻をなじる。だがアリシアは臆する素振りを見せず、さらりと切り返した。

「あなたとポーラ様がお楽しみ・・・・のようでしたので、報告を控えさせていただきました」
「そ、それは……」

 咄嗟に言い訳が思い付かない。今日は朝から、ポーラと寝室に籠もって情事に耽っていた。
 そのため、客人が来ても誰も寝室には近付けるなと、使用人たちに言いつけてあった。

「だが、終わったのを見計らって挨拶に来ればいいのではないか?」
「配慮が足りず、申し訳ありませんでした。ですが、こちらも三日分仕事が溜まっておりますので」
「早く帰って来ないお前が悪い!」
「それは否定出来ませんね」

 アリシアは口元に手を当てて微笑んだ。

「……もういい。それで?」
「はい?」
「王族と謁見したのだろう。どのような話をしたのか、聞かせろ」
「まず、私がラクール公爵家の爵位を継承することをお伝えいたしました」
「国王陛下は何と仰っていた?」
「陛下からはお祝いのお言葉を賜りました」
「…………」

 どうやら国王は、アリシアが公爵家を継ぐことに賛成しているらしい。眉を顰めるダミアンだが、話はまだ終わらなかった。

「それと、王太子殿下から食事にお誘いいただきました」
「な、何? 殿下から?」
「一ヶ月後に、ということです」

 国王だけでなく、王太子までもが……
 王族に対して失望感を抱くダミアンだが、ふとある考えが浮かぶ。
 これは利用出来るかもしれない。

「僕とポーラも一緒に行くぞ。いいな?」
「はい? ですが、殿下は私個人と……」
「お前が殿下を説得すればいいだけの話だろう!」

 わざわざ食事に誘うくらいだ。よほどアリシアを気に入っているのだろう。きっと了承するだろうと、ダミアンは確信していた。

しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

もう愛されてはいないのですね。

うみか
恋愛
夫は私を裏切り三人の女性と不倫をした。 侍女からそれを告げられた私は……

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

処理中です...