上 下
2 / 30

アリシア

しおりを挟む
「ち、父上がそんなことを言うわけがない! その遺言書は偽物だ……っ!」

 ダミアンが弁護士を指差して叫ぶと、他の親族たちも口々に叫び始める。

「そうだ! 息子の妻、しかも側室を跡継ぎに指名するなんて聞いたことがない!」
「大体女に当主なんて務まるはずがないだろう!」
「ダミアンに家督を継がせるのに不安があるなら、私たちの中から選ぶことも出来たはずだ!」
「男爵家出身の女に……あいつは何を考えているんだ!」

 実子であるダミアンならともかく、若い女性のアリシアに公爵家の全てを奪われるのは、我慢ならない。そんな不満がダダ漏れになっている。
 目の色を変えて抗議する彼らに、弁護士が「落ち着いてください!」と自制を求める。

「遺言書に何が書かれていようと納得すると、開封の前に仰っていたではありませんか!」
「ふざけるな! こんな内容認められるわけがないだろう!」

 ダミアンは弁護士から封筒を奪い取った。そしてすぐさま遺言書を確認してみる。他の男たちも、ダミアンの下へ集まる。
 そこには、確かにラクール公爵の筆跡で先ほど弁護士が読み上げた通りの文章が綴られている。
 それでも、ダミアンは納得しなかった。遺言書を真っ二つに引き裂こうとする。

「よせ、ダミアン!」

 親族の一人が制止をかける。

「に、偽物だ! これは偽物なんだ! 破り捨てたって構わないだろう!」
「しかしそれは、確かに当主様の字で……」
「誰かが父上の字を似せて書いたに決まっている! アリシア、お前が仕組んだことだな!?」

 ダミアンは、部屋の隅で涼しい顔をして佇むアリシアを睨み付けた。

「私は何もしておりません」
「嘘をつくな! このラクール公爵家を乗っ取るために、偽の遺言書を作成したのではないか!?」
「何故私がそのようなことをしなければならないのです?」

 声を荒らげて追求するダミアンに、アリシアは凪いだ海のように静かな声で訊き返す。
 余裕すら窺える態度に、ダミアンの怒りはさらに膨れ上がる。

「そんなの、僕への嫌がらせに決まっているだろう!」
「嫌がらせ?」
「お前を側室にしたことだ! あの時は僕の意思を尊重すると言っていたが、やはり根に持っていたんだ!」
「いいえ。あの言葉に嘘偽りはございません」
「ぐっ……」

 図星を突いたはずが、さらりと切り返される。
 だが、このままでは家督を奪われてしまう。他の親族たちも納得がいかない様子で、アリシアに言い募る。

 その時だった。ずっと沈黙を続けていたラクール公爵夫人であるオデットが、たしなめるような口調で彼らに呼びかけた。

「皆様、静粛に願います」

 公爵がこの世を去った今、ラクール公爵家で最も発言力があるのはオデットだ。鶴の一声で、室内は一瞬にして静まり返る。

「し、しかし母上はよろしいのですか? この家の正当な血を引く僕ではなく、男爵家の女に家督を継がせるなど……父上が守ってきたラクール公爵家がどうなってもよろしいのですか?」
「いいわけがないでしょう」
「だったら……」
「ですから、私もアリシアさんが跡目を継ぐことに賛成いたします」
「は!?」

 一番の味方だと思っていた人間に呆気なく裏切られ、ダミアンは目を白黒させる。

「用件は済んだのですから、皆様もそろそろお帰りください。いくら抗議したところで、遺言書の内容は変わりません」

 冷ややかな声で促され、親族たちが退室していく。

「……どんな手を使って母上を懐柔したかは分からないが、当主の座は僕のものだ。絶対に返してもらう」

 アリシアに捨て台詞を吐き、ダミアンも広間から退室する。
 その足で向かったのは、もう一人の妻──正妻の自室にだった。
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

処理中です...