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遺言書
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多少は抗議するものだと思っていた。
何せ、他の女性とも結婚すると切り出されたのだ。しかも、そちらが正妻となり、自分は側室という扱いを受けることになるのだ。
目に涙を浮かべ、嫌だと縋り付いてくるものだと予想していた。
その時のために、様々な言い訳も用意していた。
『君と彼女、二人とも愛している。どちらかを選ぶことの出来ない僕を許してくれ』
『恨むなら、この国の制度を恨んでくれ。この国では、妻を何人持っていても許されるんだ』
『何と言われようとも、僕の決意は揺るがない』
だが実際はどうだ。
アリシアは悠然と微笑みながら口を開いた。
「ええ。構いませんよ。どうぞ、ダミアン様のお好きになさってください」
「ほ、本当にいいのか?」
「はい。ダミアン様がその方を心から愛していると仰るのであれば、私は止めません。あなたの意思を尊重したいと思います」
「そうか……」
あまりにも物分かりがよくて、流石に拍子抜けしてしまう。
確かにアリシアは聡い女性だと、周囲から言われている。貴族学園の成績もそれなりによく、教師からも信頼されていた。
初めのうちは、婚約者が賞賛されるのを自分のことのように喜んでいた。
疎ましく思い始めたのはいつからだったか。
成績がいいといっても、せいぜい中の上程度だ。常に上位をキープしているダミアンには大きく劣る。
見目のいい少女だから、持てはやされているだけではないのか。
一度そう思い始めると、途端にアリシアへの愛が冷めていった。
そんな時に出会ったのがポーラだった。
彼女と未来を歩んでいきたい。そんな思いを抑えることが出来ず、ポーラを妻として迎えたいと思った。
だがアリシアとの結婚は避けられない。本当は婚約を破棄したいが、それでは流石に世間に対する体裁が悪い。
そこで、こちらは側室にしようと思い付いた。アリシアの実家への援助を続けておけば、文句は言われないだろう。
万が一、文句を言われたとしても向こうは男爵家だ。両親に頼んで、黙らせるつもりだった。
しかし、こうも自分の思い通りになるとは思わなかった。
「……後悔はしないんだな?」
「もちろんです。では私は、これで失礼します」
アリシアはカーテシーを披露して去って行った。
もしかしたら、彼女は元から自分のことなど愛していなかったのでは?
そんな疑問が浮かんだが、本人に直接問い詰めることはしなかった。その代わり、周囲の友人には不満をぶつけた。
それから数年後。父親であるラクール公爵がこの世を去った。
病気だった。だが公爵の死を悼む暇はなかった。
一族の主が死んだなら、早急に次の当主を決めなければならない。
その最有力候補は自分であると、ダミアンは信じて疑っていなかった。自分以外に公爵の子供はいなかったから。
だから公爵が書き残した遺言書にも、息子に全てを託すと記されている。そう確信していた。
だが、有り得ない事態が起こった。
「ラクール公爵家の家督及び財産は、アリシアに相続する。……以上でございます」
そう締めくくり、遺言書を静かに封筒へ戻す弁護士に、ダミアンは絶句した。
何せ、他の女性とも結婚すると切り出されたのだ。しかも、そちらが正妻となり、自分は側室という扱いを受けることになるのだ。
目に涙を浮かべ、嫌だと縋り付いてくるものだと予想していた。
その時のために、様々な言い訳も用意していた。
『君と彼女、二人とも愛している。どちらかを選ぶことの出来ない僕を許してくれ』
『恨むなら、この国の制度を恨んでくれ。この国では、妻を何人持っていても許されるんだ』
『何と言われようとも、僕の決意は揺るがない』
だが実際はどうだ。
アリシアは悠然と微笑みながら口を開いた。
「ええ。構いませんよ。どうぞ、ダミアン様のお好きになさってください」
「ほ、本当にいいのか?」
「はい。ダミアン様がその方を心から愛していると仰るのであれば、私は止めません。あなたの意思を尊重したいと思います」
「そうか……」
あまりにも物分かりがよくて、流石に拍子抜けしてしまう。
確かにアリシアは聡い女性だと、周囲から言われている。貴族学園の成績もそれなりによく、教師からも信頼されていた。
初めのうちは、婚約者が賞賛されるのを自分のことのように喜んでいた。
疎ましく思い始めたのはいつからだったか。
成績がいいといっても、せいぜい中の上程度だ。常に上位をキープしているダミアンには大きく劣る。
見目のいい少女だから、持てはやされているだけではないのか。
一度そう思い始めると、途端にアリシアへの愛が冷めていった。
そんな時に出会ったのがポーラだった。
彼女と未来を歩んでいきたい。そんな思いを抑えることが出来ず、ポーラを妻として迎えたいと思った。
だがアリシアとの結婚は避けられない。本当は婚約を破棄したいが、それでは流石に世間に対する体裁が悪い。
そこで、こちらは側室にしようと思い付いた。アリシアの実家への援助を続けておけば、文句は言われないだろう。
万が一、文句を言われたとしても向こうは男爵家だ。両親に頼んで、黙らせるつもりだった。
しかし、こうも自分の思い通りになるとは思わなかった。
「……後悔はしないんだな?」
「もちろんです。では私は、これで失礼します」
アリシアはカーテシーを披露して去って行った。
もしかしたら、彼女は元から自分のことなど愛していなかったのでは?
そんな疑問が浮かんだが、本人に直接問い詰めることはしなかった。その代わり、周囲の友人には不満をぶつけた。
それから数年後。父親であるラクール公爵がこの世を去った。
病気だった。だが公爵の死を悼む暇はなかった。
一族の主が死んだなら、早急に次の当主を決めなければならない。
その最有力候補は自分であると、ダミアンは信じて疑っていなかった。自分以外に公爵の子供はいなかったから。
だから公爵が書き残した遺言書にも、息子に全てを託すと記されている。そう確信していた。
だが、有り得ない事態が起こった。
「ラクール公爵家の家督及び財産は、アリシアに相続する。……以上でございます」
そう締めくくり、遺言書を静かに封筒へ戻す弁護士に、ダミアンは絶句した。
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