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18.身勝手な話
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開店初日に姿を見せたら、悪目立ちするに決まっている。お客様たちはルビス卿に対して露骨に顔を歪めていた。
「あいつ……リスター国のルビス侯爵か?」
「何であんなクズ男がうちの国にいるんだよ! この店の女店長に虐待していたって、あの男だろ!?」
完全に招かざる客だ。平和だった周囲もぴりぴりとした雰囲気に包まれていく。
どうしようかなと迷っていると、シリル様がにっこりと微笑みながらルビス卿にこう提案した。
「立ち話もなんですから、別の場所でじっくりお話ししましょう。じっくりと」
声もとても軽やかなのに、目だけは笑っていない。
ミントグリーンの瞳から放たれる鋭い眼光に流石のルビス卿もたじろぎ、「そ、そうさせてもらおう」と上擦った声で答える。向こうも挨拶だけで済ませるつもりはなかったらしい。
接客はお父さんとお母さんに任せて、私とシリル様はルビス卿を店の奥へ連れて行った。お父さんは今すぐ追い払ってしまいたいと憤っていたけれど、大勢のお客様がいる前でそんな手荒な真似は出来ないと抑えていた。
店内の奥には小さめだけど応接室がある。ルビス卿を案内すると、彼はソファーに腰を下ろすや否や私にこう言った。
「カスタネア、社会勉強は十分楽しんだはずだ。いい加減俺のところに戻って来い」
「お断りします」
考えるまでもない。私は即答した。社会勉強ってこの人は何の話をしているのだろう。
そもそもの話、
「私はもうあなたの婚約者ではありません。それにあなたにはリリィ王女がいらっしゃるでしょう?」
使用人として屋敷に戻るなんて考えたくもない。私が突き放すように言うと、ルビス卿はふー……と息を深く吐いてから一言。
「リリィ王女との婚約は破棄になった」
「え?」
「ふーん、やっぱり」
驚く私だけどシリル様はある程度予想していたらしい。ニコニコ笑いながら言葉を発する。
「王族としても、これ以上ルビス家と懇意の仲だと思われたくなかったんだろうねぇ。リリィ王女だって君に惹かれたのは君が『誰かの婚約者』で、美味しいカスタネアのお菓子が食べられるからだったからだ。その二つがなくなってしまえば、君に付き合うメリットなんてなくなる」
「それは誤解だ、ファリス公。婚約破棄は俺から言い渡した。婚約者に全く会いに来ようとしない女など、妻にするつもりなどないからな」
ルビス卿はそう言うけれど、つまりはリリィ王女に飽きられてしまったから婚約破棄になった。ということになる。
ルビス家としては結構なダメージのはずだけれど、卿本人はあまり深刻に考えていない様子だった。
それどころか、こうなってしまったことを喜んでいるようで、目を輝かせている。
「これはリリィ王女側が有責の婚約破棄だ。俺に非は一切ないから、お前を再び婚約者に迎え入れることが出来る。遠慮しなくていいぞ」
「ですからお断りします。もうあなたの妻になるつもりは毛頭ございませんので」
「何故だ。さては一度はリリィ王女を選んだことを根に持っているんだな? いい加減機嫌を直せ、カスタネア。父上も母上もお前が帰って来るのを心待ちにして……」
「それってさぁ、カスタネアのお菓子目当てでしょ? どん底まで下がったルビス家の評判をどうにか上げたくて、カスタネアに頼ろうとしているのがバレバレで笑っちゃうな」
図星だったのか、シリル様の指摘にルビス卿は押し黙った。
だけど私と視線が合うと、目を潤ませながら涙ながらに訴えて来る。
「た、確かにお前がいればルビス家の繁栄に繋がると思っているし、事実お前の菓子がきっかけで王族とも親密になれた。だが、俺がお前を求めるのはお前自身を深く愛しているからで……」
「やめてください、気持ち悪い!」
私にあんな酷い仕打ちをしてきたくせに、深く愛している?
ふざけるな。
何とか抑えていたものがルビス卿の身勝手な言葉を聞いた途端、一気に爆発してしまった。
「あいつ……リスター国のルビス侯爵か?」
「何であんなクズ男がうちの国にいるんだよ! この店の女店長に虐待していたって、あの男だろ!?」
完全に招かざる客だ。平和だった周囲もぴりぴりとした雰囲気に包まれていく。
どうしようかなと迷っていると、シリル様がにっこりと微笑みながらルビス卿にこう提案した。
「立ち話もなんですから、別の場所でじっくりお話ししましょう。じっくりと」
声もとても軽やかなのに、目だけは笑っていない。
ミントグリーンの瞳から放たれる鋭い眼光に流石のルビス卿もたじろぎ、「そ、そうさせてもらおう」と上擦った声で答える。向こうも挨拶だけで済ませるつもりはなかったらしい。
接客はお父さんとお母さんに任せて、私とシリル様はルビス卿を店の奥へ連れて行った。お父さんは今すぐ追い払ってしまいたいと憤っていたけれど、大勢のお客様がいる前でそんな手荒な真似は出来ないと抑えていた。
店内の奥には小さめだけど応接室がある。ルビス卿を案内すると、彼はソファーに腰を下ろすや否や私にこう言った。
「カスタネア、社会勉強は十分楽しんだはずだ。いい加減俺のところに戻って来い」
「お断りします」
考えるまでもない。私は即答した。社会勉強ってこの人は何の話をしているのだろう。
そもそもの話、
「私はもうあなたの婚約者ではありません。それにあなたにはリリィ王女がいらっしゃるでしょう?」
使用人として屋敷に戻るなんて考えたくもない。私が突き放すように言うと、ルビス卿はふー……と息を深く吐いてから一言。
「リリィ王女との婚約は破棄になった」
「え?」
「ふーん、やっぱり」
驚く私だけどシリル様はある程度予想していたらしい。ニコニコ笑いながら言葉を発する。
「王族としても、これ以上ルビス家と懇意の仲だと思われたくなかったんだろうねぇ。リリィ王女だって君に惹かれたのは君が『誰かの婚約者』で、美味しいカスタネアのお菓子が食べられるからだったからだ。その二つがなくなってしまえば、君に付き合うメリットなんてなくなる」
「それは誤解だ、ファリス公。婚約破棄は俺から言い渡した。婚約者に全く会いに来ようとしない女など、妻にするつもりなどないからな」
ルビス卿はそう言うけれど、つまりはリリィ王女に飽きられてしまったから婚約破棄になった。ということになる。
ルビス家としては結構なダメージのはずだけれど、卿本人はあまり深刻に考えていない様子だった。
それどころか、こうなってしまったことを喜んでいるようで、目を輝かせている。
「これはリリィ王女側が有責の婚約破棄だ。俺に非は一切ないから、お前を再び婚約者に迎え入れることが出来る。遠慮しなくていいぞ」
「ですからお断りします。もうあなたの妻になるつもりは毛頭ございませんので」
「何故だ。さては一度はリリィ王女を選んだことを根に持っているんだな? いい加減機嫌を直せ、カスタネア。父上も母上もお前が帰って来るのを心待ちにして……」
「それってさぁ、カスタネアのお菓子目当てでしょ? どん底まで下がったルビス家の評判をどうにか上げたくて、カスタネアに頼ろうとしているのがバレバレで笑っちゃうな」
図星だったのか、シリル様の指摘にルビス卿は押し黙った。
だけど私と視線が合うと、目を潤ませながら涙ながらに訴えて来る。
「た、確かにお前がいればルビス家の繁栄に繋がると思っているし、事実お前の菓子がきっかけで王族とも親密になれた。だが、俺がお前を求めるのはお前自身を深く愛しているからで……」
「やめてください、気持ち悪い!」
私にあんな酷い仕打ちをしてきたくせに、深く愛している?
ふざけるな。
何とか抑えていたものがルビス卿の身勝手な言葉を聞いた途端、一気に爆発してしまった。
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