厳しい婚約者から逃げて他国で働いていたら、婚約者が追いかけて来ました。どうして?

火野村志紀

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16.ようやく見付けた幸せ

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 ミリティリア帝国の首都でオープンすることになった菓子店の名前は『カスタネア』。
 つまり私と同じ名前。

 他にも色々な店名候補があったけれど、ファリス公が「これがいい」と選んだ。
 自分と同名で少し恥ずかしいという気持ちもある一方で、何だか誇らしさを感じている私もいる。



 オープン間近になり、既に完成している店舗を眺めていると、通りすがりの人に何度も声をかけられた。
「お菓子楽しみにしています」だとか、「開店と同時に買いに来ます」だとか。温かい言葉ばかりで、涙腺が緩みそうになる。
 中には「あんな悪魔みたいな家から逃げてきて正解よ」と言う人もいて、私は苦笑した。


 ライネック様の両親が何をしていたのか知ったのは少し前のこと。
 ファリス公が調査した結果、お父さんとお母さんを追い詰めたのは彼らだった。
 そしてライネック様も、そのことを知っていた。
 行き場を無くして私を屋敷から出られなくするためだったんじゃないか、とファリス公は言っていた。私もそうだと考えている。

 私のお菓子は国王陛下にすら虜にしていたらしいし、他国からのお客様にも出されていた。
 そのくらい評判がよかったのだと私は知らずに、毎日お菓子を作っていた。
 ……ライネック様が私に執心していたのも、きっとそれがあったから。私自身には何の価値も見出だしていなかった。




「……魔法が解けるというのは、こういうことを言うのかもしれませんね」

 試作品として焼いたチーズタルト。
 それにすっきりとした味わいの紅茶を合わせて、ファリス公と午後のティータイムを楽しむ。
 その合間に私が零した呟きに、ファリス公は「ルビス侯爵のこと?」と眉を下げながら笑った。

「はい。あんなに……あんなにあの人のために尽くしたいと思っていたのに、怒らせたら誰よりも怖いと思っていたのに、今は何も感じないんです。『ああ、そんな人もいたな』程度で」
「うん、確かに君はタチの悪い魔法にかけられていたかも。その魔法を解くの、結構苦労したなぁ」
「その節はお世話になりました……」
「いいよ。僕はただ君の幸せそうな笑顔を見たくて、君をあの男から奪い取ったようなものだから」

 そう言いながらファリス公は私の手にそっと触れた。
 男の人にこうして触れられるのは久しぶりだ。
 恥ずかしいけれど、それ以上に胸の奥がぽかぽかと温かくなって喜びが込み上げてくる。

 私はファリス公、ううんシリル様の手を握り返した。ミントグリーンの瞳を見詰めて、彼にだけ聞こえるように小さな声で愛を囁く。
 そうすればシリル様も優しくて甘い言葉を私に与えてくれるから。



 そして二週間後、ついに菓子店『カスタネア』がオープンした。
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