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14.邪魔者(ライネック視点)
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そんな時、事件が起こった。
カスタネアが菓子作りに失敗したのだ。
しかもそれを俺に見付からないように隠そうとした。
疲れているせいもあるだろう。
だが、カスタネアが作っているのはただの菓子じゃない。ルビス家の、俺たちの未来が懸かっている。
どれ程大事なのか分かっていないから失敗なんて出来るんだ。
これは厳しく躾ける必要があると、俺はカスタネアを叱りつけた。
カスタネアは作り直すと言っていたが、そんなの当たり前だしもっと早く言うべきだ。
二度とこんなことを繰り返さないよう、その形のいい頭を踏み付けて恐怖を植え付けた。
カスタネアの育ての親が経営する店が放火に遭い、全焼した。
友人のいる村へ一時的に避難するという手紙が届いたので、破り捨てておいた。
こんなものをカスタネアが読めば、優しい彼女は絶対に不安に思う。俺以外を心配するなんてあってはならない。
それに店が嫌がらせを受けたのも、店に火をつけられたのも俺の両親が仕組んだことだ。
母上がカスタネアが酷い女だという噂を流し、父上が部下に指示して放火させた。
万が一、カスタネアが屋敷を出たいと思った時のためだ。育ての親も行方を晦まし、彼女は俺以外に縋る相手がいなくなる。
それともう一つ。この頃には、リリィ王女との再婚約が決まっていた。
「平民から王女に心変わりした男」呼ばわりされるのを防ぐため、カスタネアの印象を悪くする必要性があったのだ。
そして舞踏会の日がやって来た。皆の前で婚約を発表することを知っているのは一部の者だけ。
俺は数日前から緊張しており、カスタネアに舞踏会があると伝えるのを忘れていた。
しかしカスタネアは自分が舞踏会のことを忘れていたと思い込んでいるらしい。俺のせいにしようとしない、素晴らしい女だ。
やはり彼女を手放すことは考えられない。予定通り婚約破棄した後も、カスタネアは使用人として働かせよう。リリィ王女も構わないと言ってくれた。リリィ王女としても、菓子が食えればそれでいいのだろう。
ダンスが終わってから演壇に上がり、婚約を発表した。
途端、ホール内を包み込む拍手と歓声。誰もが俺とリリィ王女を祝福してくれる。
何もかもが完璧なはずだった。
はず、だったのだ。
「くそっ、何だあの男は……!」
パーティーが終わるまでの間、俺は腸が煮え繰り返る思いだった。
ファリス公シリル! 他国の貴族でありながら、この国でも知らぬ者はいない超大物。世界的規模を誇る商会のトップがカスタネアをスカウトし、カスタネアもその誘いに乗ってしまった。
俺以外誰も止めようとはしなかった。リリィ王女ですらも。
パーティーが再開され、俺は直ぐ様ファリス公の隣にいるカスタネアを取り戻そうとしたが、奴の周囲には奴の護衛がいる。近付こうとすれば殺気混じりの眼光を突き付けられた。
しかもリリィ王女を始めとする王族に囲まれ、完全に動きを封じられてしまう。
俺は苛立ちを隠せず、リリィ王女に抗議した。
「何故カスタネアのミリティリア行きを反対しなかったのですか、リリィ様……!」
「私からすれば、あの場であのように騒いだあなたの方が問題だと思いますけれど?」
今まで見たことがないくらい冷めきった表情で返される。他の王族からも同じような顔で視線を向けられ、背中に冷たい汗が流れた。
この反応は一体何なのか。戸惑う俺にリリィ王女が溜め息混じりに告げる。
「ファリス公爵に喧嘩を売るなんて、ミリティリア帝国に喧嘩を売るのと同義です。あなた一人のせいで国同士の問題に発展したら、責任が取れますの?」
「だ、だが、カスタネアをあんな男に取られてしまった俺の気持ちはどうなるのですか!?」
「可哀想なライネック様。後でたくさん慰めてあげますから……」
蠱惑的な笑みを浮かべたリリィ王女に耳元で囁かれ、下腹部に熱が灯った。
俺の最愛はカスタネアだ。そのことに変わりはないが、リリィ王女程の美女に甘い言葉をかけられたら、男としての欲が首をもたげる。
よし、屋敷に戻ってからの楽しみが出来た。
そこまで考えてから俺はハッと思い付く。
カスタネアが俺から離れられなくなる理由を作ればいいのではないか?
そうして彼女自身がミリティリアに行くことを拒む流れを作ればいい。
例えば俺との子供を孕ませることが出来れば……。
「くく……ふふふ……っ」
「ライネック様?」
「いえ、何でもありませんリリィ様。もうカスタネアのことは忘れて楽しむことにしますので……」
チャンスはある。
カスタネアがミリティリアに行ってしまう前に、毎日彼女を抱き続ければ孕むはずだ。
俺が愛をたくさん注げば、カスタネアもきっと応えてくれる。今のあいつはファリス公に洗脳されているだけに過ぎないのだから。
たった一つの希望を胸に抱き、俺はパーティーが終わるのをひたすら待った。
そして終わりを迎えたと同時に、カスタネアの姿を捜したが、いつの間にかホール内から姿を消していた。
ファリス公と共に。
カスタネアが菓子作りに失敗したのだ。
しかもそれを俺に見付からないように隠そうとした。
疲れているせいもあるだろう。
だが、カスタネアが作っているのはただの菓子じゃない。ルビス家の、俺たちの未来が懸かっている。
どれ程大事なのか分かっていないから失敗なんて出来るんだ。
これは厳しく躾ける必要があると、俺はカスタネアを叱りつけた。
カスタネアは作り直すと言っていたが、そんなの当たり前だしもっと早く言うべきだ。
二度とこんなことを繰り返さないよう、その形のいい頭を踏み付けて恐怖を植え付けた。
カスタネアの育ての親が経営する店が放火に遭い、全焼した。
友人のいる村へ一時的に避難するという手紙が届いたので、破り捨てておいた。
こんなものをカスタネアが読めば、優しい彼女は絶対に不安に思う。俺以外を心配するなんてあってはならない。
それに店が嫌がらせを受けたのも、店に火をつけられたのも俺の両親が仕組んだことだ。
母上がカスタネアが酷い女だという噂を流し、父上が部下に指示して放火させた。
万が一、カスタネアが屋敷を出たいと思った時のためだ。育ての親も行方を晦まし、彼女は俺以外に縋る相手がいなくなる。
それともう一つ。この頃には、リリィ王女との再婚約が決まっていた。
「平民から王女に心変わりした男」呼ばわりされるのを防ぐため、カスタネアの印象を悪くする必要性があったのだ。
そして舞踏会の日がやって来た。皆の前で婚約を発表することを知っているのは一部の者だけ。
俺は数日前から緊張しており、カスタネアに舞踏会があると伝えるのを忘れていた。
しかしカスタネアは自分が舞踏会のことを忘れていたと思い込んでいるらしい。俺のせいにしようとしない、素晴らしい女だ。
やはり彼女を手放すことは考えられない。予定通り婚約破棄した後も、カスタネアは使用人として働かせよう。リリィ王女も構わないと言ってくれた。リリィ王女としても、菓子が食えればそれでいいのだろう。
ダンスが終わってから演壇に上がり、婚約を発表した。
途端、ホール内を包み込む拍手と歓声。誰もが俺とリリィ王女を祝福してくれる。
何もかもが完璧なはずだった。
はず、だったのだ。
「くそっ、何だあの男は……!」
パーティーが終わるまでの間、俺は腸が煮え繰り返る思いだった。
ファリス公シリル! 他国の貴族でありながら、この国でも知らぬ者はいない超大物。世界的規模を誇る商会のトップがカスタネアをスカウトし、カスタネアもその誘いに乗ってしまった。
俺以外誰も止めようとはしなかった。リリィ王女ですらも。
パーティーが再開され、俺は直ぐ様ファリス公の隣にいるカスタネアを取り戻そうとしたが、奴の周囲には奴の護衛がいる。近付こうとすれば殺気混じりの眼光を突き付けられた。
しかもリリィ王女を始めとする王族に囲まれ、完全に動きを封じられてしまう。
俺は苛立ちを隠せず、リリィ王女に抗議した。
「何故カスタネアのミリティリア行きを反対しなかったのですか、リリィ様……!」
「私からすれば、あの場であのように騒いだあなたの方が問題だと思いますけれど?」
今まで見たことがないくらい冷めきった表情で返される。他の王族からも同じような顔で視線を向けられ、背中に冷たい汗が流れた。
この反応は一体何なのか。戸惑う俺にリリィ王女が溜め息混じりに告げる。
「ファリス公爵に喧嘩を売るなんて、ミリティリア帝国に喧嘩を売るのと同義です。あなた一人のせいで国同士の問題に発展したら、責任が取れますの?」
「だ、だが、カスタネアをあんな男に取られてしまった俺の気持ちはどうなるのですか!?」
「可哀想なライネック様。後でたくさん慰めてあげますから……」
蠱惑的な笑みを浮かべたリリィ王女に耳元で囁かれ、下腹部に熱が灯った。
俺の最愛はカスタネアだ。そのことに変わりはないが、リリィ王女程の美女に甘い言葉をかけられたら、男としての欲が首をもたげる。
よし、屋敷に戻ってからの楽しみが出来た。
そこまで考えてから俺はハッと思い付く。
カスタネアが俺から離れられなくなる理由を作ればいいのではないか?
そうして彼女自身がミリティリアに行くことを拒む流れを作ればいい。
例えば俺との子供を孕ませることが出来れば……。
「くく……ふふふ……っ」
「ライネック様?」
「いえ、何でもありませんリリィ様。もうカスタネアのことは忘れて楽しむことにしますので……」
チャンスはある。
カスタネアがミリティリアに行ってしまう前に、毎日彼女を抱き続ければ孕むはずだ。
俺が愛をたくさん注げば、カスタネアもきっと応えてくれる。今のあいつはファリス公に洗脳されているだけに過ぎないのだから。
たった一つの希望を胸に抱き、俺はパーティーが終わるのをひたすら待った。
そして終わりを迎えたと同時に、カスタネアの姿を捜したが、いつの間にかホール内から姿を消していた。
ファリス公と共に。
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