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11.本来の私

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「はい。これで全部かな?」

 パーティーが終わると同時にファリス公と私はホールを後にした。
 城の正門前には馬車が停まっていて、「どうぞ」とファリス公に促されて乗り込んだ。
 座席には大きめのバスケットが置かれ、中には見覚えのある器具ばかりが入っている。
 屋敷にあるはずのお菓子作りの器具。全部持って来てくれたんだ……と胸の辺りが温かくなった。

「あり……ありがとうございます……」
「どういたしまして。でもさ、ちょっと気になることがあるんだけどいい?」
「何でしょうか……?」
「君、自分で選んだ服はないの?」
「はい。みんなお義母様のおさがりです」

 一人前になるまでは婚約者、もしくは夫の母親からのおさがりをもらって着る。それが貴族としての常識だと教わっていた。下着までお義母様が昔着けていたものを使うようにって言われた時は驚いたけれど。

「ふーん。でも僕の国には義母の服を着せられるなんて文化はないから、服は全部買ってあげる」
「いいんですか?」
「いいよ。それに僕はひと昔前に流行したようなセンスの服より、今時のお洒落な服を着たカスタネアが見たいし」

 私はまだ何もしていないのに早くもお世話になりっぱなしだ。その恩返しでいっぱい働かないと!

「あ、そうだ。一つ言っておくね」
「はい!」
「店のことは忘れていいから、ちょっとの間ゆっくりしようね」
「?」





 ファリス公の言う「ちょっとの間」はちょっとどころか二ヶ月もあった。
 私はミリティリア帝国にあるファリス公の屋敷に住まわせてもらうことになった。……のだけれど、誰かに何かをしろと命令されることもなく、ゆったりとした日々を過ごした。

 書庫から持って来た本を読んだり、ファリス公だけじゃなくて優しい使用人たちとお話をしたり。
 最初は相手の気分を悪くさせたらどうしようって不安だったけど、段々慣れてきて楽しく話せるようになった。

 食事も毎食出してもらえるからお腹を空かせることがなくなった。
 ライネック様やお義母様を怒らせると食事抜きにされるし、忙しい時は食べる暇もなかったからとっても嬉しい。
 それに冷めてなくて温かい料理ばかりだから、お腹もぽかぽかと温かくなる。

 最初の頃は上手く寝付けなかった。
 メイドがよく眠れるようにと安眠効果のあるアロマを焚いてくれたり、紅茶を淹れてくれて少しずつだけど、眠りに就けるようになっていった。

 まるでお父さんとお母さんと暮らしていた時のような、幸せな時間が続く。

「あの……私、クッキーを焼いてみたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

 ある日ファリス公にそう訊いてみると、彼は嬉しそうに微笑みながら「いいよ」と言ってくれた。

「……出来上がったら僕も食べてみていいかな」
「もちろん。ファリス公爵様だけじゃなくて、使用人の皆さんにも召し上がっていただきたいのです」

 機嫌取りのためじゃない。作れと強要されたわけでもない。
 私に当たり前の幸せを思い出させてくれた優しい人々への恩返し。
 
「それとファリス公爵様……」
「なぁに?」
「お店についてお話し合いをしたいと思うのですが」
「そうだね、しようか。君の店だ。たくさん君の意見を聞きたい」

 今なら分かる。
 ファリス公が暫く仕事の話をしようとしなかったのは、私を元気にするため。体も心も、ライネック様の屋敷に住む前の状態を戻したかったのだ。

「ファリス公爵様」
「うん?」
「……私を治してくださってありがとうございました」

 私が礼を言うとファリス公は目を丸くしてから、

「僕は与えたのはきっかけだけ。本来の君を取り戻したのは君だよ」

 きっかけ。そんな小さなものじゃないと思うけれど。
 それに『だけ』なんて言わないで。
 あなたがいてくれたから、私はこうしていられるのだから。
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