厳しい婚約者から逃げて他国で働いていたら、婚約者が追いかけて来ました。どうして?

火野村志紀

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9.少し前の話1(シリル視点)

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 そろそろ菓子にも手を伸ばしてみる気はないか?
 皇帝陛下からそう提案されたのは半年前のこと。月に一度ある二人きりのお茶会に参加した時だった。

 どうしてそんなことを言ったのかは分かる。
 陛下は大の甘い物好き。自分好みの店を出してはくれないかという遠回しなお願い。
 一国の主であり、僕の友人である彼の頼みを断るわけにもいかない。
 それに菓子界隈にも挑戦してみたい気持ちもあったからね。
 僕は陛下の言葉に首を縦に振った。

 やるからには本格的に。材料も人材も一級品でなければいけない。特に後者は大事だ。どんなに素晴らしい材料があっても作り手次第で美味しくもなるしまずくもなる。
 早速各国にある支店に連絡し、腕のいい菓子職人はいない調べて欲しいと伝えた。
 いくつかの名前が上がったが、その中で僕の目を引いたのはカスタネアという少女。

 カスタネアの作る菓子はとても美味で、高貴なる人々の間では大人気。
 菓子嫌いで有名な国王の舌も唸らせた一品だとか。まだ若いのにすごいなぁと思っていると、更なる事実。

 何とカスタネアは正規の菓子職人ではなく、ルビス侯爵の婚約者。
 菓子作りだけは最高だが、元平民でありながら貴族としてのマナーを学ぶ意欲が全くなく、菓子ばかり作って楽しんでいる。
 そんな彼女に付けられたあだ名は『お菓子姫』。

 いくら美味しいお菓子を作れても、人格に難ありだとちょっと。
 だからこの子は候補から外そうと思っていたが、面白いことが分かってきた。
 国王陛下含め王族の現在のお気に入りは、ルビス侯爵であること。
 カスタネアがルビス侯爵の屋敷に住み始めてすぐの頃から、ルビス侯爵は毎日のように菓子を土産に様々な貴族の屋敷を訪れたり、城にまで足を運んでいる。
 噂では他国の文官や高貴の者にまで、カスタネアが作った菓子が振る舞われたとか。

 ……どこまでが真実かは分からないけれど、火のない所に煙は立たぬと言う。もう少し深く調べてみようと思った。

 それにカスタネア本人にも興味が湧いたし、彼女の作る菓子を口にしてみたい。
 僕は本格的にカスタネアとその周辺を調査してみることにした。
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