上 下
8 / 21

8.たからもの

しおりを挟む
 その後パーティーは再開されたけど、周りから聞こえるのはファリス公の話ばかりだった。
 ライネック様とリリィ様の婚約発表が今夜の目玉だったはずなのに、ファリス公の登場で吹き飛んでしまったらしい。

 私の話題を出す人はいなかった。
 私の隣にファリス公が陣取っているからかもしれない。みんな、私たちを遠巻きにして眺めている。

「ほらカスタネア、これ美味しいよ。食べてごらん」
「あ、は、はい」

 焼いた肉に赤いソースがかかった料理を小皿に盛られて差し出される。言われるがままに食べてみるけど、緊張のせいで味がよく分からない。
 ああ、こんなに高そうなお肉なのに勿体ない……。
 そんな私を見て、ファリス公は緩やかに目を細める。

「可愛いなぁ、君」
「え、あ……!」

 そんなストレートな褒め言葉、お父さんとお母さんからしか言われたことがない。
 それを男の人、しかも公爵様から「可愛い」だなんて。恥ずかしいやら嬉しいやらで、顔が熱くなってしまう。

「栗色の目をまんまるにして、頬をぱんぱんに膨らませて栗鼠みたい。僕、栗鼠大好きなんだよね」

 そう言われてちょっと安心した。ファリス公が平民の私を本気で口説くはずがない。私を小動物と重ねているだけだ。

 安堵の溜め息をついていると、突き刺さるような視線を感じた。
 その方向を確認してみる。ライネック様がいた。
 リリィ様や王族の方々(国王陛下はいらっしゃらないみたい)との談笑の合間に、こちらを窺っているようだった。
 ファリス公もそのことに気付いたみたいで苦笑している。

「妻となる人やその親族との会話に集中出来ないくらい、こっちが気になるか。完全に怒らせちゃったかな」
「……私、本当にミリティリアに行けるのでしょうか」

 未来の妻にリリィ様を選んだライネック様だけれど、私に対する執着心は本物だ。私がこの国から、あの屋敷から出ようとするのを、何がなんでも阻止する予感がして体が震える。

 それにこのパーティーが終われば、屋敷に戻ることになる。
 ライネック様と二人きりになった時に何か言われるかもしれない。されるかもしれない。

「大丈夫、僕が連れて行くよ。というか、このまま君はミリティリアまで直行だ」
「この……まま?」
「うん。だってパーティーが終わった後に君をルビス卿の屋敷に帰らせたら、まずいことになりそうだから」
「駄目です! 一度屋敷に戻らせてください!」

 人目を忘れて私はそう叫んでいた。

「お菓子作りの道具を取りに行かないと……!」
「そんなの新しく買い揃えてあげるよ」
「……あれじゃないと駄目なんです」

 銀のボール、泡立て器、木ベラ、計量スプーン、計量カップ、型抜き、ふるい……。
 夜中にこっそり起きて、小遣いで買った材料でクッキーを焼いていた私のために、お父さんが新品を一式用意してくれた。
 
 私にとっては私自身よりも大切な宝物。
 ずっと使い続けていて、ライネック様の屋敷にも持って来た。手放すなんて考えられない。
 だからどんなに怖くても、一度は屋敷に戻る必要がある。
 声を震わせながら、どうにかそのことを伝えた。

 ファリス公はうんうんと頷きながら私の話を聞いてくれた。

「嫁入り道具ってところかな。健気だね」

 嫁入り。その言葉に胸の奥が鈍く痛んだ。

「無理を言って申し訳ありません……」
「いいよ。使い慣れた道具じゃないと実力を出せない。どんな職人でもそういう声は多いから。じゃあパーティーが終わったら、ルビス卿の屋敷に……と言いたいところだけど」

 そこでファリス公は一旦言葉を止めた。
 ミントグリーンの双眸がライネック様の姿を捉える。優雅な笑みが消えて、人形のような表情で口を動かす。

「君がそう言うと思っていたから、既に手は打っているんだよねぇ」

 その発言の意味を知ったのは二時間後、つまりパーティーが終わった後だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

恋愛
 妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。  せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。  普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……  唯一の味方は学友のシーナのみ。  アリーシャは幸せをつかめるのか。 ※小説家になろうにも投稿中

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

無実の罪で聖女を追放した、王太子と国民のその後

柚木ゆず
恋愛
 ※6月30日本編完結いたしました。7月1日より番外編を投稿させていただきます。  聖女の祈りによって1000年以上豊作が続き、豊穣の国と呼ばれているザネラスエアル。そんなザネラスエアルは突如不作に襲われ、王太子グスターヴや国民たちは現聖女ビアンカが祈りを怠けたせいだと憤慨します。  ビアンカは否定したものの訴えが聞き入れられることはなく、聖女の資格剥奪と国外への追放が決定。彼女はまるで見世物のように大勢の前で連行され、国民から沢山の暴言と石をぶつけられながら、隣国に追放されてしまいました。  そうしてその後ザネラスエアルでは新たな聖女が誕生し、グスターヴや国民たちは『これで豊作が戻ってくる!』と喜んでいました。  ですが、これからやって来るのはそういったものではなく――

「最初から期待してないからいいんです」家族から見放された少女、後に家族から助けを求められるも戦勝国の王弟殿下へ嫁入りしているので拒否る。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられた少女が幸せなるお話。 主人公は聖女に嵌められた。結果、家族からも見捨てられた。独りぼっちになった彼女は、敵国の王弟に拾われて妻となった。 小説家になろう様でも投稿しています。

見た目を変えろと命令したのに婚約破棄ですか。それなら元に戻るだけです

天宮有
恋愛
私テリナは、婚約者のアシェルから見た目を変えろと命令されて魔法薬を飲まされる。 魔法学園に入学する前の出来事で、他の男が私と関わることを阻止したかったようだ。 薬の効力によって、私は魔法の実力はあるけど醜い令嬢と呼ばれるようになってしまう。 それでも構わないと考えていたのに、アシェルは醜いから婚約破棄すると言い出した。

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

ダンスパーティーで婚約者から断罪された挙句に婚約破棄された私に、奇跡が起きた。

ねお
恋愛
 ブランス侯爵家で開催されたダンスパーティー。  そこで、クリスティーナ・ヤーロイ伯爵令嬢は、婚約者であるグスタフ・ブランス侯爵令息によって、貴族子女の出揃っている前で、身に覚えのない罪を、公開で断罪されてしまう。  「そんなこと、私はしておりません!」  そう口にしようとするも、まったく相手にされないどころか、悪の化身のごとく非難を浴びて、婚約破棄まで言い渡されてしまう。  そして、グスタフの横には小さく可憐な令嬢が歩いてきて・・・。グスタフは、その令嬢との結婚を高らかに宣言する。  そんな、クリスティーナにとって絶望しかない状況の中、一人の貴公子が、その舞台に歩み出てくるのであった。

処理中です...