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8.たからもの
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その後パーティーは再開されたけど、周りから聞こえるのはファリス公の話ばかりだった。
ライネック様とリリィ様の婚約発表が今夜の目玉だったはずなのに、ファリス公の登場で吹き飛んでしまったらしい。
私の話題を出す人はいなかった。
私の隣にファリス公が陣取っているからかもしれない。みんな、私たちを遠巻きにして眺めている。
「ほらカスタネア、これ美味しいよ。食べてごらん」
「あ、は、はい」
焼いた肉に赤いソースがかかった料理を小皿に盛られて差し出される。言われるがままに食べてみるけど、緊張のせいで味がよく分からない。
ああ、こんなに高そうなお肉なのに勿体ない……。
そんな私を見て、ファリス公は緩やかに目を細める。
「可愛いなぁ、君」
「え、あ……!」
そんなストレートな褒め言葉、お父さんとお母さんからしか言われたことがない。
それを男の人、しかも公爵様から「可愛い」だなんて。恥ずかしいやら嬉しいやらで、顔が熱くなってしまう。
「栗色の目をまんまるにして、頬をぱんぱんに膨らませて栗鼠みたい。僕、栗鼠大好きなんだよね」
そう言われてちょっと安心した。ファリス公が平民の私を本気で口説くはずがない。私を小動物と重ねているだけだ。
安堵の溜め息をついていると、突き刺さるような視線を感じた。
その方向を確認してみる。ライネック様がいた。
リリィ様や王族の方々(国王陛下はいらっしゃらないみたい)との談笑の合間に、こちらを窺っているようだった。
ファリス公もそのことに気付いたみたいで苦笑している。
「妻となる人やその親族との会話に集中出来ないくらい、こっちが気になるか。完全に怒らせちゃったかな」
「……私、本当にミリティリアに行けるのでしょうか」
未来の妻にリリィ様を選んだライネック様だけれど、私に対する執着心は本物だ。私がこの国から、あの屋敷から出ようとするのを、何がなんでも阻止する予感がして体が震える。
それにこのパーティーが終われば、屋敷に戻ることになる。
ライネック様と二人きりになった時に何か言われるかもしれない。されるかもしれない。
「大丈夫、僕が連れて行くよ。というか、このまま君はミリティリアまで直行だ」
「この……まま?」
「うん。だってパーティーが終わった後に君をルビス卿の屋敷に帰らせたら、まずいことになりそうだから」
「駄目です! 一度屋敷に戻らせてください!」
人目を忘れて私はそう叫んでいた。
「お菓子作りの道具を取りに行かないと……!」
「そんなの新しく買い揃えてあげるよ」
「……あれじゃないと駄目なんです」
銀のボール、泡立て器、木ベラ、計量スプーン、計量カップ、型抜き、ふるい……。
夜中にこっそり起きて、小遣いで買った材料でクッキーを焼いていた私のために、お父さんが新品を一式用意してくれた。
私にとっては私自身よりも大切な宝物。
ずっと使い続けていて、ライネック様の屋敷にも持って来た。手放すなんて考えられない。
だからどんなに怖くても、一度は屋敷に戻る必要がある。
声を震わせながら、どうにかそのことを伝えた。
ファリス公はうんうんと頷きながら私の話を聞いてくれた。
「嫁入り道具ってところかな。健気だね」
嫁入り。その言葉に胸の奥が鈍く痛んだ。
「無理を言って申し訳ありません……」
「いいよ。使い慣れた道具じゃないと実力を出せない。どんな職人でもそういう声は多いから。じゃあパーティーが終わったら、ルビス卿の屋敷に……と言いたいところだけど」
そこでファリス公は一旦言葉を止めた。
ミントグリーンの双眸がライネック様の姿を捉える。優雅な笑みが消えて、人形のような表情で口を動かす。
「君がそう言うと思っていたから、既に手は打っているんだよねぇ」
その発言の意味を知ったのは二時間後、つまりパーティーが終わった後だった。
ライネック様とリリィ様の婚約発表が今夜の目玉だったはずなのに、ファリス公の登場で吹き飛んでしまったらしい。
私の話題を出す人はいなかった。
私の隣にファリス公が陣取っているからかもしれない。みんな、私たちを遠巻きにして眺めている。
「ほらカスタネア、これ美味しいよ。食べてごらん」
「あ、は、はい」
焼いた肉に赤いソースがかかった料理を小皿に盛られて差し出される。言われるがままに食べてみるけど、緊張のせいで味がよく分からない。
ああ、こんなに高そうなお肉なのに勿体ない……。
そんな私を見て、ファリス公は緩やかに目を細める。
「可愛いなぁ、君」
「え、あ……!」
そんなストレートな褒め言葉、お父さんとお母さんからしか言われたことがない。
それを男の人、しかも公爵様から「可愛い」だなんて。恥ずかしいやら嬉しいやらで、顔が熱くなってしまう。
「栗色の目をまんまるにして、頬をぱんぱんに膨らませて栗鼠みたい。僕、栗鼠大好きなんだよね」
そう言われてちょっと安心した。ファリス公が平民の私を本気で口説くはずがない。私を小動物と重ねているだけだ。
安堵の溜め息をついていると、突き刺さるような視線を感じた。
その方向を確認してみる。ライネック様がいた。
リリィ様や王族の方々(国王陛下はいらっしゃらないみたい)との談笑の合間に、こちらを窺っているようだった。
ファリス公もそのことに気付いたみたいで苦笑している。
「妻となる人やその親族との会話に集中出来ないくらい、こっちが気になるか。完全に怒らせちゃったかな」
「……私、本当にミリティリアに行けるのでしょうか」
未来の妻にリリィ様を選んだライネック様だけれど、私に対する執着心は本物だ。私がこの国から、あの屋敷から出ようとするのを、何がなんでも阻止する予感がして体が震える。
それにこのパーティーが終われば、屋敷に戻ることになる。
ライネック様と二人きりになった時に何か言われるかもしれない。されるかもしれない。
「大丈夫、僕が連れて行くよ。というか、このまま君はミリティリアまで直行だ」
「この……まま?」
「うん。だってパーティーが終わった後に君をルビス卿の屋敷に帰らせたら、まずいことになりそうだから」
「駄目です! 一度屋敷に戻らせてください!」
人目を忘れて私はそう叫んでいた。
「お菓子作りの道具を取りに行かないと……!」
「そんなの新しく買い揃えてあげるよ」
「……あれじゃないと駄目なんです」
銀のボール、泡立て器、木ベラ、計量スプーン、計量カップ、型抜き、ふるい……。
夜中にこっそり起きて、小遣いで買った材料でクッキーを焼いていた私のために、お父さんが新品を一式用意してくれた。
私にとっては私自身よりも大切な宝物。
ずっと使い続けていて、ライネック様の屋敷にも持って来た。手放すなんて考えられない。
だからどんなに怖くても、一度は屋敷に戻る必要がある。
声を震わせながら、どうにかそのことを伝えた。
ファリス公はうんうんと頷きながら私の話を聞いてくれた。
「嫁入り道具ってところかな。健気だね」
嫁入り。その言葉に胸の奥が鈍く痛んだ。
「無理を言って申し訳ありません……」
「いいよ。使い慣れた道具じゃないと実力を出せない。どんな職人でもそういう声は多いから。じゃあパーティーが終わったら、ルビス卿の屋敷に……と言いたいところだけど」
そこでファリス公は一旦言葉を止めた。
ミントグリーンの双眸がライネック様の姿を捉える。優雅な笑みが消えて、人形のような表情で口を動かす。
「君がそう言うと思っていたから、既に手は打っているんだよねぇ」
その発言の意味を知ったのは二時間後、つまりパーティーが終わった後だった。
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