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8.さようなら
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「そ、そんな……困ります、マリエッタ殿下。ラピスを連れて行くだなんて……」
青ざめた表情でお父様が首を横に振ります。
「あら、どうしてですか? 非公式の愛人になるよりも、執政官として国を動かしていく方が誇らしいと思いますが。それにラピス様にぴったりのお仕事だと思います」
「いいえ! ラピスよりも有能な者はたくさんいるはずです! こんな年若い娘に何が出来ますか!?」
年若い娘?
お父様の言葉に、私の心の中で赤い炎が揺らめきました。
……今まで誰があなたの仕事を手伝ってきたと思っているの?
お父様が私を軽視するのであれば、私も年若い娘らしく自由にやらせていただきます。
「マリエッタ殿下……あなたのご期待に添えるよう尽力致します」
私がマリエッタ様の手を握り返すと、マリエッタ様は表情を明るくしました。とても嬉しそうです。まるで自分のことのように……。
「では早速城に行きましょう」
「い、今からですか?」
「兵をたくさん連れて来ましたので、運び出したいお荷物は全て運び出して構いません」
「はい!?」
今日から早速王城に住まわせるおつもりでしょうか? マリエッタ様の気合の入れようが尋常ではありません。
……ですが、マーロア公爵家とも我が家とも違う場所へ行くことが出来る。それは何よりも救いです。
「で、では私の部屋に参りましょう」
「ええ、そうね。まず最初はラピスの荷物からにしましょうね」
……うん?
お母様の言葉にマリエッタ様も不思議に感じたようです。笑顔のまま首を傾げています。
「最初とはどういうことですか? わたくしはラピス様のお荷物だけで十分だと思うのですけれど」
「え? 私たちの分も必要じゃありませんか」
「!?」
まさかついて来るつもりですか、お母様! お父様もどうしてそこで「そういえば!」という顔をしているのです!
「あなたたちも、城でラピス様と暮らすおつもりなのですか?」
「ラピスの家族なのですから、当たり前でしょう」
当たり前ではありません。
ですが、マリエッタ様は笑顔で「分かりました。一度城に戻り、父上に掛け合ってみます」と仰いました。
これはマズい流れです。愕然とする私の横でお父様とお母様は大喜び。脳裏で夢の城内生活を思い描いていることでしょう。
「ラピス様、あなたの部屋にご案内してくださいますか?」
「は、はい……」
「我々も参りましょう。本当に必要あるものだけを、ラピスがきちんと選べるか心配ですからな」
「いいえ、それには及びません。どうかこちらで寛ぎながら、わたくしたちが戻ってくるのをお待ちください」
マリエッタ様がそう言うと、お父様は少し残念そうにしながらもソファーに腰を下ろしました。お母様も似た表情です。
荷物運びを手伝い、点数稼ぎを行う狙いがあったのでしょう。冗談ではありません。
あの二人が王城にまで乗り込んでくる……。そのことを考えると気が重くなります。我が親ながら何を仕出かすか分からせんし。
やはり執政官のお話はお断りするべきでしょうか。悩んでいると私の部屋に着いたところで、マリエッタ様が口を開きました。
「ご安心ください。あなたのご両親を最初から連れて行くつもりなどございませんから」
「それでは陛下に掛け合ってみるというのは……」
「ああでも言わなければ、すんなりと引き下がってくれそうにないでしょう?」
マリエッタ様は私の両親の扱い方を熟知しているようです。よかった……とほっとしつつ、まだお聞きしたいことがあります。
「マリエッタ殿下はどうして私を推薦されたのですか? お父様の仰るように私よりも適任者はいたと思います」
「そんなご謙遜なさらないで。あなたなら優秀な執政官になれるとわたくしは信じております」
「ありがとうございます。……ただ、その、我が家はマーロア公爵家に慰謝料を請求されるようなのです。それを回避するためにその、私が……」
「そのこともご心配なさらずに。マーロア公爵家の言い分など通りません」
普通はそうでしょう。ですがマーロア公爵家と繋がりのある裁判官が多いとのこと。
ツィトー家に慰謝料支払いの判決が下される可能性は高いです。
不安で心を曇らせる私ですが、マリエッタ様はもう一度こう仰いました。
「ご心配なさらずに」と。
青ざめた表情でお父様が首を横に振ります。
「あら、どうしてですか? 非公式の愛人になるよりも、執政官として国を動かしていく方が誇らしいと思いますが。それにラピス様にぴったりのお仕事だと思います」
「いいえ! ラピスよりも有能な者はたくさんいるはずです! こんな年若い娘に何が出来ますか!?」
年若い娘?
お父様の言葉に、私の心の中で赤い炎が揺らめきました。
……今まで誰があなたの仕事を手伝ってきたと思っているの?
お父様が私を軽視するのであれば、私も年若い娘らしく自由にやらせていただきます。
「マリエッタ殿下……あなたのご期待に添えるよう尽力致します」
私がマリエッタ様の手を握り返すと、マリエッタ様は表情を明るくしました。とても嬉しそうです。まるで自分のことのように……。
「では早速城に行きましょう」
「い、今からですか?」
「兵をたくさん連れて来ましたので、運び出したいお荷物は全て運び出して構いません」
「はい!?」
今日から早速王城に住まわせるおつもりでしょうか? マリエッタ様の気合の入れようが尋常ではありません。
……ですが、マーロア公爵家とも我が家とも違う場所へ行くことが出来る。それは何よりも救いです。
「で、では私の部屋に参りましょう」
「ええ、そうね。まず最初はラピスの荷物からにしましょうね」
……うん?
お母様の言葉にマリエッタ様も不思議に感じたようです。笑顔のまま首を傾げています。
「最初とはどういうことですか? わたくしはラピス様のお荷物だけで十分だと思うのですけれど」
「え? 私たちの分も必要じゃありませんか」
「!?」
まさかついて来るつもりですか、お母様! お父様もどうしてそこで「そういえば!」という顔をしているのです!
「あなたたちも、城でラピス様と暮らすおつもりなのですか?」
「ラピスの家族なのですから、当たり前でしょう」
当たり前ではありません。
ですが、マリエッタ様は笑顔で「分かりました。一度城に戻り、父上に掛け合ってみます」と仰いました。
これはマズい流れです。愕然とする私の横でお父様とお母様は大喜び。脳裏で夢の城内生活を思い描いていることでしょう。
「ラピス様、あなたの部屋にご案内してくださいますか?」
「は、はい……」
「我々も参りましょう。本当に必要あるものだけを、ラピスがきちんと選べるか心配ですからな」
「いいえ、それには及びません。どうかこちらで寛ぎながら、わたくしたちが戻ってくるのをお待ちください」
マリエッタ様がそう言うと、お父様は少し残念そうにしながらもソファーに腰を下ろしました。お母様も似た表情です。
荷物運びを手伝い、点数稼ぎを行う狙いがあったのでしょう。冗談ではありません。
あの二人が王城にまで乗り込んでくる……。そのことを考えると気が重くなります。我が親ながら何を仕出かすか分からせんし。
やはり執政官のお話はお断りするべきでしょうか。悩んでいると私の部屋に着いたところで、マリエッタ様が口を開きました。
「ご安心ください。あなたのご両親を最初から連れて行くつもりなどございませんから」
「それでは陛下に掛け合ってみるというのは……」
「ああでも言わなければ、すんなりと引き下がってくれそうにないでしょう?」
マリエッタ様は私の両親の扱い方を熟知しているようです。よかった……とほっとしつつ、まだお聞きしたいことがあります。
「マリエッタ殿下はどうして私を推薦されたのですか? お父様の仰るように私よりも適任者はいたと思います」
「そんなご謙遜なさらないで。あなたなら優秀な執政官になれるとわたくしは信じております」
「ありがとうございます。……ただ、その、我が家はマーロア公爵家に慰謝料を請求されるようなのです。それを回避するためにその、私が……」
「そのこともご心配なさらずに。マーロア公爵家の言い分など通りません」
普通はそうでしょう。ですがマーロア公爵家と繋がりのある裁判官が多いとのこと。
ツィトー家に慰謝料支払いの判決が下される可能性は高いです。
不安で心を曇らせる私ですが、マリエッタ様はもう一度こう仰いました。
「ご心配なさらずに」と。
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