他の令嬢に心変わりしたので婚約破棄だそうです。え?何で私が慰謝料を要求されているのですか?

火野村志紀

文字の大きさ
上 下
4 / 28

4.やってられません

しおりを挟む
「ラピス、これはどういうことだ!!」
「マーロア公爵様がうちを訴えるそうじゃないの!」

 朝から怒り狂う両親。
 テーブルの上には数枚にもわたる書状。
 差出人はマーロア公爵家専属の弁護士。

 内容はお母様の仰る通り、このツィトー男爵家……いいえ、この私を相手取って裁判を起こし、慰謝料を請求するというもの。
 しかも今回の婚約破棄の原因は私にあると、はっきりと書かれていました。

 まさか本当に裁判を起こすなんて……。焦りよりも呆れが大きく、私は平静を保つことが出来ました。
 ですが両親はそうもいきません。

「お前……せっかく公爵家に嫁げるはずだったのに、何てことをしてくれたんだ!」
「リネオご令息は既に新たな婚約者を用意している!? これじゃあ、もう復縁は無理じゃない……!」

 二人とも多大なショックを受けていますが、一応昨夜のうちに婚約破棄の件は伝えていました。
 リネオ様がエヴァリア様に心変わりしたことも。 
 婚約破棄に関しては私も了承したことも。
 慰謝料を不当に請求される可能性があることも。

 マーロア公爵のご令息に限ってそんな馬鹿な話は有り得ない。面白い冗談だとまともに取り合ってくれませんでした。
 ですが、こうして書状が届き、真実だと知って大慌てしています。

 ただ二人に私を気遣う様子はこれっぽっちもありません。気持ちは分かります。公爵家に嫁いだとなれば、ツィトー家の評判も上がりますし、公爵家からの援助も貰えたことでしょう。
 コネを利用して爵位の格上げも夢ではなかったのです。
 まあ、夢で終わってしまったわけですが。

「お父様、お母様昨日もお話したと思いますが、改めて聞いてください。私はリネオ様との婚約破棄は快く応じますが、慰謝料の件については……」
「お前が払いたくないと駄々を捏ねても無駄だ!」

 お父様が毛髪が薄くなった頭を乱暴に掻き毟りながら叫びます。
 確かに弁護士は、ツィトー家に慰謝料を請求出来るとリネオ様に仰っていたようです。けれど、こんな身勝手な主張がまかり通るとは思えないのですけれど……。

「いいか、お前が思っている以上にマーロア家の存在というのは大きい。裁判官の中にはマーロア家との付き合いがある者もいるのだ」
「……つまり、マーロア公爵との関係を壊したくないがために、彼らは公平な裁判を行わない。そう仰りたいのですね?」
「マーロア家に有利な判決を下すと言っているのだ。そのような言い方をするな!」

 意味は同じですよ。
 自らの保身や利益を優先して、白であっても黒と判断する。司法の腐敗を感じさせます。
 最初から弁護士と裁判官が手を組んでいる可能性すら考えられますね。

 ですが、私も動かないわけにはいきません。マーロア家との癒着がない弁護士を今から探さなければ。
 私がそう思っていると、お母様が妙なことを仰いました。

「ねえラピス。あんた、リネオ様の愛人になっちゃいなさいよ」
「どうしてそんな話になるのです……」
「だ、だってそれなら向こうにお金を払う必要はないじゃない。それに今回の婚約破棄だってあんたのせいなんだし……」
「そうだな。お前が将来妻になる者としての振る舞いを出来ていなかったせいで、リネオ様はエヴァリア嬢に縋るしかなかったんだ。ああ、可哀想にな……」
「ええ! 仕事のことばかりの婚約者だなんて楽しくも何ともないわ!」

 リネオ様が外で遊び惚けている間、私が公爵様から押し付けられていた公務をこなしていることは何度も話していたはずです。なのに、これでは私が好き好んで仕事に没頭し、リネオ様を放っておいたようではありませんか。

「ふむ、そう考えると愛人というのはかなりいい話かもしれん。リネオご令息のことはエヴァリア嬢に任せて、その他の雑用はお前がこなせばいい」
「でもリネオ様もエヴァリア様だけじゃ飽きてしまうでしょうから、夜に求められた時は断っちゃった駄目よ? 分かった?」

 二人は何を仰っているのでしょうか。両親の言葉を理解出来ない私の方がおかしいのかもしれません。
 ここで私が「分かりました。リネオ様の愛人になります」と言えば、丸く収まるのでしょう。
 高位貴族の愛人というポジションはさほど悪いものではありません。
 公式の場に出席出来ないデメリットはありますが、得られるものも多いのですから。

 ですが婚約破棄された娘に愛人になれと言い出す実の両親に、私の心は冷めていきます。しかもリネオ様の浮気の原因が私にあると責め立てます。

 何もかもがどうでもいい。
 ぶつんっと私の中で切れてはいけないものが切れてしまいました。
しおりを挟む
感想 125

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。 レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。 アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。 ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。 そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。 上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。 「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

【完結】病弱な幼馴染が大事だと婚約破棄されましたが、彼女は他の方と結婚するみたいですよ

冬月光輝
恋愛
婚約者である伯爵家の嫡男のマルサスには病弱な幼馴染がいる。 親同士が決めた結婚に最初から乗り気ではなかった彼は突然、私に土下座した。 「すまない。健康で強い君よりも俺は病弱なエリナの側に居たい。頼むから婚約を破棄してくれ」 あまりの勢いに押された私は婚約破棄を受け入れる。 ショックで暫く放心していた私だが父から新たな縁談を持ちかけられて、立ち直ろうと一歩を踏み出した。 「エリナのやつが、他の男と婚約していた!」 そんな中、幼馴染が既に婚約していることを知ったとマルサスが泣きついてくる。 さらに彼は私に復縁を迫ってくるも、私は既に第三王子と婚約していて……。

ブチ切れ公爵令嬢

Ryo-k
恋愛
突然の婚約破棄宣言に、公爵令嬢アレクサンドラ・ベルナールは、画面の限界に達した。 「うっさいな!! 少し黙れ! アホ王子!」 ※完結まで執筆済み

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

処理中です...