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7.リード侯爵家と新しい婚約者

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 自分で言うのも何だが、レイネス家は社交界ではそこそこ名が知られていて、アラン様と婚約する前は縁談を申し込まれることもあった。
 なのに、私が婚約破棄してから二ヶ月経ったにも拘わらず、まったく話が舞い込んでこない。
 もちろん私だって婚活を頑張っていて、お相手募集中の独身貴族に釣書を送っている。だけど、すぐに断られてしまう。

 もしかして、今まで私に縁談を申し込んで来た人たちは、物好きな部類だったのでは。
 この状況に思い悩んでいると、渋い顔つきをした父が私に言った。

「お前自身の問題じゃないぞ、シャロン。ホロウス家の仕業だ」
「え?」
「『レイネス家と関係を持つのであれば、我が家と敵対することと同義とする』と、あちこちに言い回っているそうだ」
「そう来ましたか~……」

 ホロウス家は王族の血を引く名家。
 だからと言って、特別な権限を持つわけではないけれど、敵に回したくないと思う貴族は多い。

「それに例の夜会に居合わせた者たちが、良からぬ噂を流しているようでな。レイネス家の令嬢は、嫉妬深い性悪女だとか……」
「ぐぬぅ……」

 ホロウス家に取り入るための点数稼ぎもあるだろうけど、みんなアラン様とエミリー様の味方って雰囲気だったものね。

 今のレイネス家は、非常に危うい立場にある。
 そのことを思い知らされ、不安で手を握り締めている時だった。
 メイドが父を呼びにやって来た。

「伯爵様。お客様がお見えになりました」
「ん? 今日は来客の予定はなかったと思うが……いったい誰だ?」
「リード侯爵と、そのご子息でございます」
「マジか!」

 予想外の訪問者に、お父様が素の口調で叫んだ。
 私も目を丸くする。えっ、クラレンス様うちに来てるの?

「ふむ……とりあえず会ってみるか」
「あ、そのことですが……シャロンお嬢様にもお会いしたいとのことです」

 メイドの言葉に、私と父は顔を見合わせる。
 とりあえず応接間に向かうと、黒髪の女性が数枚の書類に目を通していた。

 この人がリード侯爵家当主のサラ様。
 夫である先代侯爵が早世した際に家督を継いだ。
 その優れた手腕と、社会的弱者にもしっかりと目を向けた施策から、彼女を慕う平民は多い。

 そして彼女の横には、母親譲りの黒髪を持つクラレンス様が緊張した面持ちで座っていた。

「レイネス伯。本日は突然押しかけるような真似をしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」

 父は笑っているものの、声は緊張で震えていた。
 リード家と言えば、ホロウス家と並んで二大侯爵家なんて呼ばれる大物だもんね。

「お気遣い感謝いたしますわ。本来は事前に書状を送るのが道理でしょう。しかし早急にご相談したいことがあるのです」

 リード侯爵が私をまっすぐ見据える。

「単刀直入に申し上げます。シャロン嬢、うちの息子の伴侶になっていただけませんか?」

 !?

「あ、ごめんなさい。すぐにとは言わないわ。まずは婚約期間を設けてから……」
「ちょ、ちょ、ちょ!」

 気が動転し過ぎて、「ちょ」しか言えない。
 どうしよう、お父様。
 横にいる父へ視線を向けると、口をあんぐり開けたまま固まっていた。顎外れちゃう。
 パニックを起こしている私たち親子に、クラレンス様が口を開く。

「ご、ごめん。ちゃんと一から順に説明するから」
「はい……」
「実は僕も、エミリーとの婚約が白紙になったんだ」

 どこか遠い目をしながら、クラレンス様は語り始めた。
 あの夜会の後、リード侯爵家も修羅場だったらしい。
 クラレンス様が私を庇ったことに、アラン様は激おこ。エミリー様も「浮気です、浮気!」と大号泣。
 それでも私の潔白を証明しようとしたところ、むしろ火に油を注ぐ形になった。

 そして揉めに揉めて、最終的に婚約破棄に至ったとのこと。
 話を聞いていた私は、背中から嫌な汗を掻きまくっていた。
 クラレンス様、滅茶苦茶とばっちりじゃないの……!

「わ、私のせいでっ。大変申し訳ありませんでしたぁっ!」
「ううん。これは僕個人の問題だから」
「だけど、きっかけは私じゃないですか!」
「……確かに、そうかもしれないけど」

 クラレンス様はそこで一拍置いてから、

「だけど君のことがなくても、僕たちの関係は破綻していた。シャロンだって、それは知っていたよね?」
「そうですけど……」
「以前から、このまま彼女と結婚していいのか悩んでいたんだ。……だから、悩みが一つなくなってすっきりしたかな」

 と言う割には、全然すっきりした顔をしてない。
 目をくわっと見開いて、私を凝視している。
 あまりの迫力に怖くなって父の袖をぎゅっと握っていると、クラレンス様は言葉を続けた。

「さ、先にちゃんと言っておくけど……新しい婚約者に君を選んだことは、夜会で助けられなかったお詫びじゃない。君の人柄に惹かれたんだ。その……幸せにしたいって心から思う」
「クラレンス様……」
「……僕と結婚してください」

 たどたどしい口調で、自分の思いを一生懸命告げる姿に、私の心がぽかぽかと温かくなっていく。
 気がつくと、自分からクラレンス様の手を取っていた。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「本当に僕でいいのかい?」
「あなたがいいんです。お父様もそう思いますよね?」

 父に話を振ると、ハッと我に返った様子で首をブンブンと縦に振った。

「あ、ああ! クラレンス子息なら安心だ! ……しかし、リード侯は本当によろしいのですかな? 我が家の現状は、あなたもご存じのはずです」
「うちも似たようなものです。ホロウスを敵に回した者同士、仲良くしましょう?」

 優雅な微笑み。けれど、どこか有無を言わさぬ圧力を感じた。
 父は「も、もちろんでございます……」と答えるので精一杯だった。

「それから、シャロン嬢。早速明日からうちの屋敷にいらっしゃい。ビシバシ鍛えてあげますからね」
「き、きた……?」

 言葉の意味が分からない私に、侯爵は柔らかな笑みで告げる。

「将来のリード侯爵夫人として、あなたにはそれ相応の教育を受けてもらいます」
「ハッ……!」

 そ、そうだ。エミリー様は、それが嫌でリード邸に全然行かなかったんだった。
 どんな地獄のレッスンが待ち受けているんだろう。
 ぶるりと身震いしていると、父が私の肩を軽く叩いた。

「シャロン、ガンバッ!」

 綺麗な目で、エールを送られた。
 やるしか……ないわね!

 こうして私は、新たな婚約者をゲットしたのだった。
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