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4.赤いコサージュとワイン
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アラン様とエミリー様の美男美女兄妹は、参加者たちの注目を集めていた。
一方私は、壁際でワインをチビチビと飲み進めていた。美味しいけど、酔っ払わないように気をつけなくちゃ。
すると周囲から、ひそひそと話し声が聞こえて来た。
「いつ見ても素敵な方だわ、アラン様」
「ご令妹をとても大事になさっているのね」
「でも今夜は、シャロン様とご一緒じゃなかったかしら」
「あの二人、エミリー様のことで仲が悪いって聞いたわよ」
「リード侯爵子息もエミリー様に冷たいらしいし、兄妹揃って大変ねぇ……」
令嬢たちの間では、アラン様の過保護ぶりは有名だ。
けれど、「イケメンの兄に溺愛されるなんて、エミリー様が羨ましい」程度に受け止められている。
アラン様に気に入られたら、自分もあんな風に大切にされると思っているのだろう。何も知らないって幸せだなぁ。
「……綺麗だね」
クラレンス様がこちらを見て突然そんなことを言ったので、私は「ごふっ」とワインを噴き出しそうになった。
義兄の婚約者を口説いてどうする!
そこでクラレンス様も自分の失言を悟ったみたいで、首をぶんぶんと横に振った。
「ち、違うよ! 君の着けているコサージュのことだから!」
「ああ。これですか……」
胸元に漬けた赤薔薇のコサージュ。
本物そっくりに作られていて、花の周辺にはルビーを鏤めた贅沢な意匠となっている。
「去年の誕生日に、父からいただいたものです。ベラ鉱山から採れたルビーが使われているのですよ」
「ベラ鉱山の……あそこで採れるルビーは綺麗らしいね」
「はい。この国で採れるルビーと言えば、あとはブリュ―エ鉱山のものも上質ですね。ただ色の深みは、こちらの方が上かと……」
「……君は宝石に随分と詳しいね」
クラレンス様が不思議そうに言う。
いけないいけない。つい熱く語ってしまった。
「す、すみません! 夜会でする話題ではありませんよね!」
「ううん、そんなことないよ。僕もこういう話が好きだから」
うう、何て優しい人なの……。
アラン様なんか「宝石の産地や違いなんて、どうでもいい」と言ってくるのに。
今まで物静かで近寄りがたい人だと思っていたけれど、ちょっと親近感が湧いた。
「シャロン様ー!」
突然エミリー様がこちらに駆け寄ってきた。
そして、小声でとんでもない申し出をしてくる。
「その薔薇のコサージュ、わたくしにいただけないでしょうか?」
「はい?」
「先ほど見た時から、とても綺麗だと思っていました。それを着けて、お兄様とダンスを踊りたいんです。ね?」
「お、お断りします……」
私が後ずさりしながら言うと、エミリー様はむっとした表情を浮かべた。
「どうしてですか?」
「だって、これは父が私にくれた大切なものです。いくらエミリー様でも、差し上げるわけにはいきません」
「お兄様に相談したら、『シャロンなら、喜んで渡してくれるだろう』と仰っていました」
「あの馬……ごほん。と、とにかく、お渡ししません!」
軽く咳払いをしてから、コサージュを守るように片手で覆う。
するとエミリー様は、その手を引き剥がそうとしてきた。
「そのコサージュ、きっとわたくしの方が似合うと思います!」
「ちょっ……エミリー様!?」
病弱とは思えない力だ。多分うちの父より強い。
「やめるんだ、エミリー」
「いや……! 何をするのですか、クラレンス様!」
クラレンス様が、エミリー様を背後から押さえる。
その間に、一旦会場から出ようとした時、エミリー様が私の腕を掴んで自分へと引き寄せようとした。
「きゃっ……!」
前のめりになりながらも、どうにか踏み留まる。
けれど、持っていたグラスを手放してしまい、中のワインがエミリー様のドレスに思い切りかかった。
床に落ちたグラスが、音を立てて砕け散る。
途端、その場が静寂に包まれた。
一方私は、壁際でワインをチビチビと飲み進めていた。美味しいけど、酔っ払わないように気をつけなくちゃ。
すると周囲から、ひそひそと話し声が聞こえて来た。
「いつ見ても素敵な方だわ、アラン様」
「ご令妹をとても大事になさっているのね」
「でも今夜は、シャロン様とご一緒じゃなかったかしら」
「あの二人、エミリー様のことで仲が悪いって聞いたわよ」
「リード侯爵子息もエミリー様に冷たいらしいし、兄妹揃って大変ねぇ……」
令嬢たちの間では、アラン様の過保護ぶりは有名だ。
けれど、「イケメンの兄に溺愛されるなんて、エミリー様が羨ましい」程度に受け止められている。
アラン様に気に入られたら、自分もあんな風に大切にされると思っているのだろう。何も知らないって幸せだなぁ。
「……綺麗だね」
クラレンス様がこちらを見て突然そんなことを言ったので、私は「ごふっ」とワインを噴き出しそうになった。
義兄の婚約者を口説いてどうする!
そこでクラレンス様も自分の失言を悟ったみたいで、首をぶんぶんと横に振った。
「ち、違うよ! 君の着けているコサージュのことだから!」
「ああ。これですか……」
胸元に漬けた赤薔薇のコサージュ。
本物そっくりに作られていて、花の周辺にはルビーを鏤めた贅沢な意匠となっている。
「去年の誕生日に、父からいただいたものです。ベラ鉱山から採れたルビーが使われているのですよ」
「ベラ鉱山の……あそこで採れるルビーは綺麗らしいね」
「はい。この国で採れるルビーと言えば、あとはブリュ―エ鉱山のものも上質ですね。ただ色の深みは、こちらの方が上かと……」
「……君は宝石に随分と詳しいね」
クラレンス様が不思議そうに言う。
いけないいけない。つい熱く語ってしまった。
「す、すみません! 夜会でする話題ではありませんよね!」
「ううん、そんなことないよ。僕もこういう話が好きだから」
うう、何て優しい人なの……。
アラン様なんか「宝石の産地や違いなんて、どうでもいい」と言ってくるのに。
今まで物静かで近寄りがたい人だと思っていたけれど、ちょっと親近感が湧いた。
「シャロン様ー!」
突然エミリー様がこちらに駆け寄ってきた。
そして、小声でとんでもない申し出をしてくる。
「その薔薇のコサージュ、わたくしにいただけないでしょうか?」
「はい?」
「先ほど見た時から、とても綺麗だと思っていました。それを着けて、お兄様とダンスを踊りたいんです。ね?」
「お、お断りします……」
私が後ずさりしながら言うと、エミリー様はむっとした表情を浮かべた。
「どうしてですか?」
「だって、これは父が私にくれた大切なものです。いくらエミリー様でも、差し上げるわけにはいきません」
「お兄様に相談したら、『シャロンなら、喜んで渡してくれるだろう』と仰っていました」
「あの馬……ごほん。と、とにかく、お渡ししません!」
軽く咳払いをしてから、コサージュを守るように片手で覆う。
するとエミリー様は、その手を引き剥がそうとしてきた。
「そのコサージュ、きっとわたくしの方が似合うと思います!」
「ちょっ……エミリー様!?」
病弱とは思えない力だ。多分うちの父より強い。
「やめるんだ、エミリー」
「いや……! 何をするのですか、クラレンス様!」
クラレンス様が、エミリー様を背後から押さえる。
その間に、一旦会場から出ようとした時、エミリー様が私の腕を掴んで自分へと引き寄せようとした。
「きゃっ……!」
前のめりになりながらも、どうにか踏み留まる。
けれど、持っていたグラスを手放してしまい、中のワインがエミリー様のドレスに思い切りかかった。
床に落ちたグラスが、音を立てて砕け散る。
途端、その場が静寂に包まれた。
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