4 / 18
4.赤いコサージュとワイン
しおりを挟む
アラン様とエミリー様の美男美女兄妹は、参加者たちの注目を集めていた。
一方私は、壁際でワインをチビチビと飲み進めていた。美味しいけど、酔っ払わないように気をつけなくちゃ。
すると周囲から、ひそひそと話し声が聞こえて来た。
「いつ見ても素敵な方だわ、アラン様」
「ご令妹をとても大事になさっているのね」
「でも今夜は、シャロン様とご一緒じゃなかったかしら」
「あの二人、エミリー様のことで仲が悪いって聞いたわよ」
「リード侯爵子息もエミリー様に冷たいらしいし、兄妹揃って大変ねぇ……」
令嬢たちの間では、アラン様の過保護ぶりは有名だ。
けれど、「イケメンの兄に溺愛されるなんて、エミリー様が羨ましい」程度に受け止められている。
アラン様に気に入られたら、自分もあんな風に大切にされると思っているのだろう。何も知らないって幸せだなぁ。
「……綺麗だね」
クラレンス様がこちらを見て突然そんなことを言ったので、私は「ごふっ」とワインを噴き出しそうになった。
義兄の婚約者を口説いてどうする!
そこでクラレンス様も自分の失言を悟ったみたいで、首をぶんぶんと横に振った。
「ち、違うよ! 君の着けているコサージュのことだから!」
「ああ。これですか……」
胸元に漬けた赤薔薇のコサージュ。
本物そっくりに作られていて、花の周辺にはルビーを鏤めた贅沢な意匠となっている。
「去年の誕生日に、父からいただいたものです。ベラ鉱山から採れたルビーが使われているのですよ」
「ベラ鉱山の……あそこで採れるルビーは綺麗らしいね」
「はい。この国で採れるルビーと言えば、あとはブリュ―エ鉱山のものも上質ですね。ただ色の深みは、こちらの方が上かと……」
「……君は宝石に随分と詳しいね」
クラレンス様が不思議そうに言う。
いけないいけない。つい熱く語ってしまった。
「す、すみません! 夜会でする話題ではありませんよね!」
「ううん、そんなことないよ。僕もこういう話が好きだから」
うう、何て優しい人なの……。
アラン様なんか「宝石の産地や違いなんて、どうでもいい」と言ってくるのに。
今まで物静かで近寄りがたい人だと思っていたけれど、ちょっと親近感が湧いた。
「シャロン様ー!」
突然エミリー様がこちらに駆け寄ってきた。
そして、小声でとんでもない申し出をしてくる。
「その薔薇のコサージュ、わたくしにいただけないでしょうか?」
「はい?」
「先ほど見た時から、とても綺麗だと思っていました。それを着けて、お兄様とダンスを踊りたいんです。ね?」
「お、お断りします……」
私が後ずさりしながら言うと、エミリー様はむっとした表情を浮かべた。
「どうしてですか?」
「だって、これは父が私にくれた大切なものです。いくらエミリー様でも、差し上げるわけにはいきません」
「お兄様に相談したら、『シャロンなら、喜んで渡してくれるだろう』と仰っていました」
「あの馬……ごほん。と、とにかく、お渡ししません!」
軽く咳払いをしてから、コサージュを守るように片手で覆う。
するとエミリー様は、その手を引き剥がそうとしてきた。
「そのコサージュ、きっとわたくしの方が似合うと思います!」
「ちょっ……エミリー様!?」
病弱とは思えない力だ。多分うちの父より強い。
「やめるんだ、エミリー」
「いや……! 何をするのですか、クラレンス様!」
クラレンス様が、エミリー様を背後から押さえる。
その間に、一旦会場から出ようとした時、エミリー様が私の腕を掴んで自分へと引き寄せようとした。
「きゃっ……!」
前のめりになりながらも、どうにか踏み留まる。
けれど、持っていたグラスを手放してしまい、中のワインがエミリー様のドレスに思い切りかかった。
床に落ちたグラスが、音を立てて砕け散る。
途端、その場が静寂に包まれた。
一方私は、壁際でワインをチビチビと飲み進めていた。美味しいけど、酔っ払わないように気をつけなくちゃ。
すると周囲から、ひそひそと話し声が聞こえて来た。
「いつ見ても素敵な方だわ、アラン様」
「ご令妹をとても大事になさっているのね」
「でも今夜は、シャロン様とご一緒じゃなかったかしら」
「あの二人、エミリー様のことで仲が悪いって聞いたわよ」
「リード侯爵子息もエミリー様に冷たいらしいし、兄妹揃って大変ねぇ……」
令嬢たちの間では、アラン様の過保護ぶりは有名だ。
けれど、「イケメンの兄に溺愛されるなんて、エミリー様が羨ましい」程度に受け止められている。
アラン様に気に入られたら、自分もあんな風に大切にされると思っているのだろう。何も知らないって幸せだなぁ。
「……綺麗だね」
クラレンス様がこちらを見て突然そんなことを言ったので、私は「ごふっ」とワインを噴き出しそうになった。
義兄の婚約者を口説いてどうする!
そこでクラレンス様も自分の失言を悟ったみたいで、首をぶんぶんと横に振った。
「ち、違うよ! 君の着けているコサージュのことだから!」
「ああ。これですか……」
胸元に漬けた赤薔薇のコサージュ。
本物そっくりに作られていて、花の周辺にはルビーを鏤めた贅沢な意匠となっている。
「去年の誕生日に、父からいただいたものです。ベラ鉱山から採れたルビーが使われているのですよ」
「ベラ鉱山の……あそこで採れるルビーは綺麗らしいね」
「はい。この国で採れるルビーと言えば、あとはブリュ―エ鉱山のものも上質ですね。ただ色の深みは、こちらの方が上かと……」
「……君は宝石に随分と詳しいね」
クラレンス様が不思議そうに言う。
いけないいけない。つい熱く語ってしまった。
「す、すみません! 夜会でする話題ではありませんよね!」
「ううん、そんなことないよ。僕もこういう話が好きだから」
うう、何て優しい人なの……。
アラン様なんか「宝石の産地や違いなんて、どうでもいい」と言ってくるのに。
今まで物静かで近寄りがたい人だと思っていたけれど、ちょっと親近感が湧いた。
「シャロン様ー!」
突然エミリー様がこちらに駆け寄ってきた。
そして、小声でとんでもない申し出をしてくる。
「その薔薇のコサージュ、わたくしにいただけないでしょうか?」
「はい?」
「先ほど見た時から、とても綺麗だと思っていました。それを着けて、お兄様とダンスを踊りたいんです。ね?」
「お、お断りします……」
私が後ずさりしながら言うと、エミリー様はむっとした表情を浮かべた。
「どうしてですか?」
「だって、これは父が私にくれた大切なものです。いくらエミリー様でも、差し上げるわけにはいきません」
「お兄様に相談したら、『シャロンなら、喜んで渡してくれるだろう』と仰っていました」
「あの馬……ごほん。と、とにかく、お渡ししません!」
軽く咳払いをしてから、コサージュを守るように片手で覆う。
するとエミリー様は、その手を引き剥がそうとしてきた。
「そのコサージュ、きっとわたくしの方が似合うと思います!」
「ちょっ……エミリー様!?」
病弱とは思えない力だ。多分うちの父より強い。
「やめるんだ、エミリー」
「いや……! 何をするのですか、クラレンス様!」
クラレンス様が、エミリー様を背後から押さえる。
その間に、一旦会場から出ようとした時、エミリー様が私の腕を掴んで自分へと引き寄せようとした。
「きゃっ……!」
前のめりになりながらも、どうにか踏み留まる。
けれど、持っていたグラスを手放してしまい、中のワインがエミリー様のドレスに思い切りかかった。
床に落ちたグラスが、音を立てて砕け散る。
途端、その場が静寂に包まれた。
122
お気に入りに追加
3,415
あなたにおすすめの小説
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?
Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。
最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。
とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。
クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。
しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。
次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ──
「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
そう問うたキャナリィは
「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」
逆にジェードに問い返されたのだった。
★★★★★★
覗いて下さりありがとうございます。
女性向けHOTランキングで最高20位までいくことができました。(本編)
沢山の方に読んでいただけて嬉しかったので、続き?を書きました(*^^*)
★花言葉は「恋の勝利」
本編より過去→未来
ジェードとクラレットのお話
★ジェード様の憂鬱【読み切り】
ジェードの暗躍?(エボニーのお相手)のお話

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。
凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」
リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。
その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。
当然、注目は私達に向く。
ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた--
「私はシファナと共にありたい。」
「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」
(私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。)
妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。
しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。
そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。
それとは逆に、妹は--
※全11話構成です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

両親から謝ることもできない娘と思われ、妹の邪魔する存在と決めつけられて養子となりましたが、必要のないもの全てを捨てて幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたユルシュル・バシュラールは、妹の言うことばかりを信じる両親と妹のしていることで、最低最悪な婚約者と解消や破棄ができたと言われる日々を送っていた。
一見良いことのように思えることだが、実際は妹がしていることは褒められることではなかった。
更には自己中な幼なじみやその異母妹や王妃や側妃たちによって、ユルシュルは心労の尽きない日々を送っているというのにそれに気づいてくれる人は周りにいなかったことで、ユルシュルはいつ倒れてもおかしくない状態が続いていたのだが……。

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる