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21.国が傾く(ブノワ視点)

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「む? どうしたのだ、騒々しいぞ」

 すっかりリラックスした様子の国王陛下だったが、医官の次の言葉で凍り付いた。

「大きな木箱がいくつも裏門の前に置かれていたのですが……どの箱にも一人分の特効薬しか入っていないのです!」
「な……っ」
「薬以外は全て砂が入った麻袋のみです! 箱の数は全部で十五箱。つまり……!」

 国民が切望している薬が、僅か十五人分しかない。
 俺はエステルの笑顔を思い返す。

 あれは彼女の偽りの笑顔だったのか?
 いや、そんなはずはないと必死に自分に言い聞かせる。

 きっと俺たちを快く思わない奴らが、木箱をすり替えたに違いない。
 だが、そうじゃなかったとしたら?

「エス……テル……」

 希望を握り潰されたような気分だった。
 国王陛下も怒る気力すら削がれたのか、ぐったりと項垂れている。
 重い沈黙がその場を支配する中、一人の兵士が駆け込んで来た。

「たっ、大変です! 暴動が起きています! 正門から雪崩込んで来ています!!」
「何!? 平民め、気が狂ったか……!」

 忌々しそうに顔を歪める国王陛下に、兵士は「いえ」と首を横に振る。

「貴族と思われる者も多数います。彼らは病の特効薬を寄越せと要求しておりまして……」
「特効薬を……?」
「何者かが残り少ない特効薬を王族が独占していると吹聴しているようです!」
「う、ううぅぅぅ……! わ、我らは国そのものだぞ!? 薬を独占して何が悪い!」

 そんなことを言っている場合ではない。 
 窓から下を覗いてみると、大勢の国民が城に押し入る最中だった。
 正門を守る兵士たちは血まみれになって動かなくなっている。

 薬がなければ遅かれ早かれ死ぬ。
 追い詰められた彼らに、恐れるものなどもう何もなかった。
 武器を手に取り、咆哮を上げながら突き進んでいく。

「く、薬! エステルからの薬は今どこにある!?」
「こちらに一つございますが……」
「寄越せ!」

 医官から特効薬が入った瓶を奪い取り、国王陛下は側近を連れて奥の部屋に逃げ込んだ。
 父上に聞いたことがある。謁見の間の奥には隠し通路があると。
 ふざけるな! 王妃も子供も置き去りにして一人で逃げようとしやがって!

「逃げるなクズ野郎!!」

 閉め切った扉を乱暴に叩きながら俺が叫ぶと、他の大臣や文官も目尻を吊り上げて同じ行動を取り始めた。

「これが国王のすることか!?」
「何もかもお前のせいでこうなったんじゃないか!!」
「責任を取って自害しろぉ!!」

 どうにか扉を抉じ開けようとしていた俺たちは気付くのが遅れてしまった。
 国民たちが謁見の間に辿り着いていたことに。

「薬! 薬を寄越せぇ!」

 血走った眼をした奴らにようやく気付き、俺は慌てて叫んだ。

「ま、待ってくれ! ここに薬はない! まだ裏口に……」
「嘘を付くな! 王の命令で隠しているんだろ!?」
「拷問して吐かせるんだ!」

 誰も俺の言葉に耳を傾ける奴はいなかった。



 俺たちは捕らえられ、たった十四人分しかない特効薬を見た国民たちから「残りはどこだ」と拷問を受けることになった。

 簡単には死なせてくれない。
 いっそ病に罹りたいと思ったが、運が悪いことにいつまで経っても病は俺を襲おうとしない。

 俺を拷問していた奴らは次々と病に罹って死んでいく。
 羨ましいと思った。

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