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10.疑惑(モーリス視点)

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「モーリス? 一体どうしたというのだ?」

 急に黙り込む私に国王陛下が怪訝そうに声をかける。
 その呼びかけで我に返った私は、深呼吸してから話を続けた。

「……熱は下がり、咳や胸の痛みも解消されました。全身の発疹も薄くなり始め、食事も毎食摂れるようになり……」
「そうですか。快方に向かっているようで何より」
「あ……ありがとうございます……」

 イヴァーノの侮蔑を込めた視線が私に突き刺さる。

 そう、エステルたちの特効薬のせいで一時は死にかけたクロード王子だったが、熱が下がると同時に他の症状も収まり出したのだ。
 一時は自分で寝返りを打つことすら出来ないほど衰弱していたのに、エステルの処刑日には短い時間で在れば自分の足で動けるまでになっていた。

 流行り病は必ず死に至るわけでもない。
 体力のある者はどうにか持ち堪え、回復することがある。
 なので私たちは、クロード王子もそのケースだと判断していた。
 国王陛下にもそう報告済みだ。

 だが実は別の要因があったのではないだろうか。
 たとえば……。

「もうよい、医官風情が……とっとと下がれ!!」

 国王陛下の怒号が謁見の間に響き渡る。
 あまりの気迫に、うちの国の医官まで引き攣った悲鳴を漏らした。

「……無作法な言葉の数々、失礼しました」
「二度とこの国に姿を見せるな! いや……アリシュラの国王にこのことを告げ、貴様どもに厳罰を要求するとしよう」

 国王陛下は口元に冷笑を浮かべ、イヴァーノを見据えた。

「貴様どももエステルたちと同じ目に遭わせてやる」

 私は思わず身震いをした。
 国王陛下の言葉に恐怖を覚えたのではない。
 陛下がエステルの名を口にした途端、イヴァーノの目付きが一変したのだ。
 今にも獲物の喉元に喰らい付こうとする獰猛な肉食獣。
 そんな目で一国の主を睨み付ける。

 彼の心の中で膨れ上がった憎悪を垣間見た気がした。



 てっきり私たちの作業室に現れると思いきや、イヴァーノたちが向かったのはエステルの私室だった。
 そこに試作の特効薬だけではなく、彼女の手記も残されているという。
 エステル捕縛後、室内にあったものは全て廃棄したのだが、どうやら天井裏に隠されていたらしい。
 手記の内容が気になったが、立腹した国王陛下に叩き出される形でイヴァーノたちは城を後にした。

 一方私たちは青ざめた顔で作業室に戻った。
 皆同じことを考えているのだろう。

 室内には重苦しい沈黙が降りていた。
 それに耐え切れなくなった一人が怯えた表情で口火を切る。

「エ、エステル様たちが作った特効薬……本当は効いていたんじゃ……」
「馬鹿なことを言うな!!」

 私がそう叫ぶと、医官は震えながら首を横に振った。

「で、でも、薬を飲んでからクロード王子殿下治り始めたじゃないですか。……あの薬、もっとちゃんと調べてみた方がいいですよ!」
「そんなはずはない! クロード王子殿下が自力で治しただけだ! エステルが私より優秀な医官のはずがない!」

 そうでなければ困る。
 私たちの薬が病からこの国を救う奇跡の薬となるのだ!

「……何だよ、今の話」

 ……再び訪れた沈黙はすぐに破られた。
 恐る恐る声がした方向を見ると、そこには目を大きく見開いたブノワ様の姿があった。
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