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十九話(セドリック視点)
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「どうしてエリーゼを狙ったかって? そんなの、セドリック様に死体をお見せするために決まっているじゃない。そうすれば、セドリック様だってあの女を諦めて、私を妻にしてくださると思ったのよ! それの何が悪いの!?」
シンシアは取調室で、ヒステリックな金切り声を上げていた。
その様子をこっそり覗いていた私は、その場にへたり込んでしまう。
私の執務室に忍び込み、エリーゼの居場所を突き止めたらしい。
そして自宅にいた彼女に襲いかかったという。
「とんでもない女ですよ」
付き添いの警官が顔を歪めながら吐き捨てる。
「あれだけ殺したいと思っていた人間の顔も、覚えていなかったなんて」
シンシアが襲ったのは確かにエリーゼという女性だ。
だが、同じ名前の他人だった。
髪の色も瞳の色も違う、ただの平民。
シンシアは、エリーゼがエリナという名前で暮らしていることを知らずにいた。そして「エリーゼ」がどこに住んでいるのか、近隣住民に聞いて回ったそうだ。
私の心を手に入れるためだけに。
「エリーゼは……は無事だったのか?」
「ああ……エリナさんなら、つい二日前にどこかへ引っ越したそうですよ」
「なっ……どこにだ!?」
私が詰め寄ると、警官は「そんなの私も知りませんよ」と面倒臭そうに答えた。
「ですが、恋人とご一緒だったそうです」
「恋人……」
あの男のことだ、間違いない。
しかし、素直に受け入れられるわけがなかった。
「そんな……どうして私に何の報告もせずに……」
「何故あなたに報告するんですか」
「彼女は、私の元妻だ。知らせる義務があるはず……」
「ですが、離婚をなさったんですよね?」
その質問に、無言で頷く。
私がエリーゼに会いに行った数日後、向こうから離縁届が送られてきた。
私は一週間ほど迷ってから、それにサインをして役所に提出した。
エリーゼの両親には、まだこのことを知らせていない。頃合いを見計らって、報告するつもりだった。
「でしたら、あなた方はもう赤の他人です。引っ越し先を逐一報告する義務などありませんよ」
真顔で諭されて、顔に熱が集まる。
そうだ。私とエリーゼは、他人になった。
頭ではそう理解しているのに、つい彼女を束縛してしまいそうになる。
自分のどうしようもなさに絶望していると、警官が恐ろしいことを言った。
「それに、あなたはご自分の心配をなさったほうがいいですよ」
「どういう意味だ」
「あなたの愛妾は、人を刺しました。急所は外れていたので一命を取り留めましたが、れっきとした殺人未遂です」
「そうだな。あれはもう、一生檻から出さないほうがいい」
「ローラス家にも罰則が科せられます」
言葉の意味が分からない。眉を顰める私に、警官が肩を竦める。
「彼女が事件を起こした領地では、重罪を犯した場合、その家族も罪に問われるという法律があるんです。それはローラス領でも同じですよね?」
「だが、シンシアは愛妾だ!」
「残念ながら、あちらでは愛妾も『家族』と見なされます。愛妾に全ての罪を押し付けて言い逃れることを防ぐためです」
淡々と説明されて、言葉が出ない。
「早くここから出しなさいよ!! 今度こそエリーゼを殺しに行かなくっちゃっ。うふ、うふふふ。セドリック様は私のものなの。誰にも渡さないわ。だって、赤ちゃんも産んであげたのよ? ねぇ、セドリック様ーーーーっ!! 私を愛してよ~~~っ!! きゃはははっはは」
シンシアの狂った笑い声が取調室に響き渡っている。
シンシアは取調室で、ヒステリックな金切り声を上げていた。
その様子をこっそり覗いていた私は、その場にへたり込んでしまう。
私の執務室に忍び込み、エリーゼの居場所を突き止めたらしい。
そして自宅にいた彼女に襲いかかったという。
「とんでもない女ですよ」
付き添いの警官が顔を歪めながら吐き捨てる。
「あれだけ殺したいと思っていた人間の顔も、覚えていなかったなんて」
シンシアが襲ったのは確かにエリーゼという女性だ。
だが、同じ名前の他人だった。
髪の色も瞳の色も違う、ただの平民。
シンシアは、エリーゼがエリナという名前で暮らしていることを知らずにいた。そして「エリーゼ」がどこに住んでいるのか、近隣住民に聞いて回ったそうだ。
私の心を手に入れるためだけに。
「エリーゼは……は無事だったのか?」
「ああ……エリナさんなら、つい二日前にどこかへ引っ越したそうですよ」
「なっ……どこにだ!?」
私が詰め寄ると、警官は「そんなの私も知りませんよ」と面倒臭そうに答えた。
「ですが、恋人とご一緒だったそうです」
「恋人……」
あの男のことだ、間違いない。
しかし、素直に受け入れられるわけがなかった。
「そんな……どうして私に何の報告もせずに……」
「何故あなたに報告するんですか」
「彼女は、私の元妻だ。知らせる義務があるはず……」
「ですが、離婚をなさったんですよね?」
その質問に、無言で頷く。
私がエリーゼに会いに行った数日後、向こうから離縁届が送られてきた。
私は一週間ほど迷ってから、それにサインをして役所に提出した。
エリーゼの両親には、まだこのことを知らせていない。頃合いを見計らって、報告するつもりだった。
「でしたら、あなた方はもう赤の他人です。引っ越し先を逐一報告する義務などありませんよ」
真顔で諭されて、顔に熱が集まる。
そうだ。私とエリーゼは、他人になった。
頭ではそう理解しているのに、つい彼女を束縛してしまいそうになる。
自分のどうしようもなさに絶望していると、警官が恐ろしいことを言った。
「それに、あなたはご自分の心配をなさったほうがいいですよ」
「どういう意味だ」
「あなたの愛妾は、人を刺しました。急所は外れていたので一命を取り留めましたが、れっきとした殺人未遂です」
「そうだな。あれはもう、一生檻から出さないほうがいい」
「ローラス家にも罰則が科せられます」
言葉の意味が分からない。眉を顰める私に、警官が肩を竦める。
「彼女が事件を起こした領地では、重罪を犯した場合、その家族も罪に問われるという法律があるんです。それはローラス領でも同じですよね?」
「だが、シンシアは愛妾だ!」
「残念ながら、あちらでは愛妾も『家族』と見なされます。愛妾に全ての罪を押し付けて言い逃れることを防ぐためです」
淡々と説明されて、言葉が出ない。
「早くここから出しなさいよ!! 今度こそエリーゼを殺しに行かなくっちゃっ。うふ、うふふふ。セドリック様は私のものなの。誰にも渡さないわ。だって、赤ちゃんも産んであげたのよ? ねぇ、セドリック様ーーーーっ!! 私を愛してよ~~~っ!! きゃはははっはは」
シンシアの狂った笑い声が取調室に響き渡っている。
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