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十二話
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食事を中断して食器を片付けていると、旦那様が慌ただしくリビングにやって来た。その後ろから「少し待てよ!」とクリスさんの声が聞こえる。
「エリーゼ……」
「……旦那、様」
そう呼ぶと、旦那様は目を大きく見開いて私へ駆け寄ってきた。
「やはり嘘をついていたのか。何故そんなことをした?」
「……それについては、申し訳ありませんでした」
「謝罪はいらない。理由を答えろ」
厳しく問いただそうとする旦那様に、私は正直に答えることにした。
「どうすればいいのか……分からなかったからです」
「何だと?」
「あのまま、旦那様に連れられて屋敷に戻るべきか……私には分からなかったのです」
「バカなことを言うな。君はローラス家に、私の下に戻るべきなんだ。いや……戻ってきて欲しい……」
旦那様の語気が次第に弱々しくなっていく。
氷のように冷たくて、孤高の存在である旦那様が可哀想に見えた。
クリスさんの仰っていたことが、少し分かる気がする。
昨夜の会話を思い返していると、旦那様が私を強く抱き締めた。
誰かに抱擁されるのは初めてのことで、その体温にうっとりと酔いしれてしまう。
だけど、流されちゃダメ。甘えそうになるのをぐっと堪えて、私は旦那様の耳元で言った。
「旦那様、離してください。少しお話をしましょう」
「嫌だ。屋敷に帰るのが先だ」
「いいえ。そんなことありません」
「話なんて、屋敷に帰ってからいくらでも出来るだろう……!」
腕の力が強くなり、ぐっと息が詰まる。
こんな旦那様、見たことがない。どうしようと狼狽えていると、クリスさんが旦那様を引き剥がしてくれた。
「まずは、エリーゼの言う通りにしてやれよ! 彼女が今までどんな気持ちで──」
「……何が分かる」
「は?」
「お前に何が分かる!?」
旦那様が拳を振り上げる。私が「あっ」と声を洩らしたと同時に、クリスさんの体が床に崩れ落ちた。
「そもそも、お前はエリーゼの何だ? 彼女を誑かすつもりだったのか?」
「そんなわけないだろ! 彼女には何もしちゃいない。本人にも訊いてみろよ」
「どうだかな。エリーゼに口止めをしたんじゃ……」
「やめてください!」
クリスさんを殴っただけじゃなくて、あらぬ疑いまでかけるなんて。
私は声を張り上げると、旦那様は気まずそうな顔で黙り込んでしまった。
「お願いします。クリスさんに謝罪してください」
「何故この男を庇うんだ!」
「いいよ、エリーゼ。俺のことはいいから、そいつと腹割って話しな」
旦那様に殴られた頬を擦りながら、クリスさんが笑って言う。
「ありがとうございます。……旦那様、お話をさせてください」
「だが……」
「嫌だと仰るなら、警察を呼びます。私は……本気ですよ」
旦那様の顔をまっすぐ見据えて告げる。
「……分かった」
暫しの沈黙の後、旦那様はどこか諦めたような表情で首を縦に振った。
「エリーゼ……」
「……旦那、様」
そう呼ぶと、旦那様は目を大きく見開いて私へ駆け寄ってきた。
「やはり嘘をついていたのか。何故そんなことをした?」
「……それについては、申し訳ありませんでした」
「謝罪はいらない。理由を答えろ」
厳しく問いただそうとする旦那様に、私は正直に答えることにした。
「どうすればいいのか……分からなかったからです」
「何だと?」
「あのまま、旦那様に連れられて屋敷に戻るべきか……私には分からなかったのです」
「バカなことを言うな。君はローラス家に、私の下に戻るべきなんだ。いや……戻ってきて欲しい……」
旦那様の語気が次第に弱々しくなっていく。
氷のように冷たくて、孤高の存在である旦那様が可哀想に見えた。
クリスさんの仰っていたことが、少し分かる気がする。
昨夜の会話を思い返していると、旦那様が私を強く抱き締めた。
誰かに抱擁されるのは初めてのことで、その体温にうっとりと酔いしれてしまう。
だけど、流されちゃダメ。甘えそうになるのをぐっと堪えて、私は旦那様の耳元で言った。
「旦那様、離してください。少しお話をしましょう」
「嫌だ。屋敷に帰るのが先だ」
「いいえ。そんなことありません」
「話なんて、屋敷に帰ってからいくらでも出来るだろう……!」
腕の力が強くなり、ぐっと息が詰まる。
こんな旦那様、見たことがない。どうしようと狼狽えていると、クリスさんが旦那様を引き剥がしてくれた。
「まずは、エリーゼの言う通りにしてやれよ! 彼女が今までどんな気持ちで──」
「……何が分かる」
「は?」
「お前に何が分かる!?」
旦那様が拳を振り上げる。私が「あっ」と声を洩らしたと同時に、クリスさんの体が床に崩れ落ちた。
「そもそも、お前はエリーゼの何だ? 彼女を誑かすつもりだったのか?」
「そんなわけないだろ! 彼女には何もしちゃいない。本人にも訊いてみろよ」
「どうだかな。エリーゼに口止めをしたんじゃ……」
「やめてください!」
クリスさんを殴っただけじゃなくて、あらぬ疑いまでかけるなんて。
私は声を張り上げると、旦那様は気まずそうな顔で黙り込んでしまった。
「お願いします。クリスさんに謝罪してください」
「何故この男を庇うんだ!」
「いいよ、エリーゼ。俺のことはいいから、そいつと腹割って話しな」
旦那様に殴られた頬を擦りながら、クリスさんが笑って言う。
「ありがとうございます。……旦那様、お話をさせてください」
「だが……」
「嫌だと仰るなら、警察を呼びます。私は……本気ですよ」
旦那様の顔をまっすぐ見据えて告げる。
「……分かった」
暫しの沈黙の後、旦那様はどこか諦めたような表情で首を縦に振った。
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