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十一話

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 目をぱちくりさせる私に、「え、違うかな?」とクリスさんは訝しげに首を傾げる。

「君に懲罰を与えるためとは思えなかったよ」
「私は……よく分かりませんでした。旦那様や私自身の気持ちが……」
「君の?」
「旦那様の姿を見た時、頭が真っ白になって何も考えられなかったのです」

 私は、空のグラスを両手で握り締めながら俯いた。
 怖かったのか、嬉しかったのか。今も、心の整理がつけられずにいる。

「……君の気持ちは君のものだから、俺は何も言わない。だけど、俺に君を取られそうになっていたあいつの顔は、小さな子供みたいだったよ」
「子供?」
「お気に入りのオモチャを取り上げられる子供。まあ、だからこそ質が悪いんだけでさ」

 クリスさんは、冗談っぽく笑ってから真顔になった。

「これからどうする? あの旦那さん、君のことを全然諦めてないよ」
「……屋敷に戻るしかない、と思います。旦那様もそれを望んでいるなら……」
「大事なのは、君の意思だろ。君が帰りたいなら帰ってもいい。でも帰りたくないなら、帰らなくてもいいんだよ」

 クリスさんがきっぱりと断言する。どこまでも私に逃げ道を与えてくれる言葉に、少しずつ心が軽くなっていく。

 そうだ。私が決めていいんだって気持ちになれる。

「ありがとうございます、クリスさん」
「礼なんていいって。むしろ説教っぽくて、何かごめんよ」
「……でも、どうして私にここまで親身になってくださるのですか?」

 私が問いかけると、クリスさんは「あー」と間延びした声を発した。

「俺の身近にもいたんだよ、君みたいな人が。だから放っておけなくて」
「そうでしたか……」
「……今日はもう寝ようか。寝室は君が使いな。鍵も渡しとくから」
「い、いえ! 私がベッドを使ったら、クリスさんが寝る場所がなくなるじゃないですか!」
「俺はソファーで寝るよ。ほら、シーツの替えは棚に入ってるから」

 寝室に押し込められて、ドアを閉められる。

 ……今晩だけはお言葉に甘えようかしら。私ら綺麗に整えられたベッドに腰掛けた。

 きっと明日も旦那様はやって来る。
 そして私を連れ戻そうとする。

 だけど、戻るかどうかは私が決めなきゃ。

 ……旦那様の真意をちゃんと知りたい。決めるのは、その後で。
 自分にそう言い聞かせて、新しいシーツを敷いてからベッドに潜り込む。石鹸の清潔な香りに、心が安らいだ。






 翌日、リビングに向かうと美味しそうな匂いがした。

「おはよう、朝ごはん出来てるよ」

 匂いの正体は野菜のスープだった。それにベーコンエッグを挟んだサンドイッチも用意されている。
 クリスさんにお礼を言って、早速いただく。

「美味しいです……!」
「一人旅を続けているから、自炊には慣れてるんだ」
「旅をなさっているのですか?」
「うん。各地を転々としている。この町とももう少しでおさらばかな」

 そんな会話をしていると、玄関の扉を叩く音がした。

「ちょっと見てくる」

 クリスさんがそう言って玄関へ向かい、何やら渋い表情で戻ってきた。

「君の旦那さん。『お前の妹に会わせろ』だってさ。……どうする?」
「……お会いしようと思います」

 いつまでも逃げてばかりはダメ。ちゃんと……向き合わないと。
 
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