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十話

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「何もないところだけど、ゆっくりしていきなよ」

 青年の自宅は、酒場の近くに建てられた木造の一軒家だった。その言葉通り、必要最低限の家具しか置いていなくて寂しさを感じる。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 水が入ったグラスを手渡されて、口をつける。渇いた喉に潤いが戻った。
 ふうと、息をつくと青年が眉を寄せていることに気付く。

「ダメだよ、お嬢さん。知らない奴からもらったもんを何も疑いもなく飲んじゃ。薬でも入っていたらどうすんの」
「えっ」
「それには何も入ってないよ。だけど、今後は気を付けたほうがいい」

 驚いてグラスを見る私に、青年は諭すように言う。
 そういえば、まだこの人の名前を聞いていない。それに、私を知っていたのだろう。

「あの……」
「俺はクリスって言うんだ。君のこと知ってるよ。少し前からエリナって若い女の子が、あの酒場で働き始めたって聞いたことがあるから」
「……先ほどは助けてくださってありがとうございました。だけど、どうして……」
「明らかに嫌がってただろ。だから何とかしなくちゃって思ったんだ」

 君が芝居に乗ってくれたから、上手いこといった。クリスさんは笑いながら言った。

「なぁ、あいつは本当に君の旦那なのか?」
「……はい」
「何があったのか、聞いてもいいか?」

 恐る恐る尋ねてきたクリスさんに、私は即答出来なかった。自分の傷口を見せびらかすようなものだから。
 クリスさんもそれを察したのか、「今のは忘れてくれ」と言葉を付け足す。

 だけど何も話さないのも、不義理を働いているような気がする。
 ぎゅっと拳を握り、私はぽつりぽつりと事情を語った。
 クリスさんは時折頷きながら、静かに話を聞いてくれた。

 そして、

「多分……俺の想像なんだけどさ。使用人や愛人は君が屋敷から出ていくようにって、虐めてたんじゃないかな」

 私は無言で頷いた。そんな気がしていたから。

「侯爵家と男爵家の結婚なんて不釣り合いだ。そのシンシアって女のほうが夫人に相応しいって思ったんだと思う」
「そう……ですよね」
「だけど、だからって彼らのやり方は間違ってる。侯爵を説得するのを諦めて、君を悪者にしているだけじゃないか」
「いえ……シンシア様たちも、ああするしかなかったんだと思います」
「でも、結局意味がなかったじゃないか。旦那、来ちゃったぞ」

 自分のことのように怒るクリスさんが何だかおかしくて、私は少し笑ってしまった。
 そして少し間を置いて、疑問を口にする。

「旦那様は、どうして私を迎えに来たのかしら……」
「それはまあ、君のことがまだ好きなんじゃないの?」
「え?」

 旦那様が……私を好き?
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