上 下
6 / 21

六話(アイナ視点)

しおりを挟む
 どうしてこんな娘が。
 初めてエリーゼ様にお会いした時、私は困惑と苛立ちを覚えた。

 問題は数多くあった。
 まずはエリーゼ様が男爵家の令嬢であること。しかも経済状況が悪く、いつ破産してもおかしくない貧乏貴族だ。
 エリーゼ様の父は昔ローラス侯爵家に仕えていたらしく、その恩返しとして娶ることを決めたという。

 正気とは思えない。
 嫁として迎えるなら、伯爵家レベルが妥当だろうに。
 先代の侯爵夫人が強く反対しても、セドリック様は耳を傾けようとしなかった。

 私たち使用人は頭を抱えた。
 セドリック様は恩を返すためだと主張していたけど、そんなの単なる口実だ。

 ただ単に何かのきっかけで愛して、自分の物にしようと思った。そんなところだろう。
 くすんだ茶髪と紺色の瞳を持つ、地味で冴えない令嬢なんかを。

 それでも私たちは、恭しくエリーゼ様の世話をしていた。
 彼女は礼節を弁えていて、散財することもない大人しい少女だった。
 けれど、それだけだ。
 性格のいい人間など、ごまんといる。伯爵家にだって同じような令嬢は存在する。
 わざわざエリーゼ様を選ぶ必要なんてない。

 そう思うと、その大人しさが鼻につくようになっていった。
 もっと侯爵夫人として堂々と振る舞えばいいのに。


「あのお嬢様、子供が作れないらしいわよ」

 エリーゼ様が嫁いで来てから二年ほど経った頃、同僚のメイドが屋敷中に面白おかしく触れ回った。
 執務室を通りかかった時、セドリック様と医者の会話を偶然聞いてしまったらしい。

 男爵家の生まれで、見た目も地味で、子供を産むことすら出来ない。
「流石に旦那様も離婚に踏み切るだろう」と執事が苦笑いを浮かべて言った。

 けれど、そんな予想は大きく外れる。
 セドリック様は愛妾に世継ぎを産ませることを思い付いたのだ。
 そしてその子供は、エリーゼ様が出産したと公表すると言い出した。

 けれど、私たちにとって一つだけ朗報があった。
 愛妾として、セドリック様と交流の深かったシンシア様が選ばれたのだ。
 見目麗しく、教養もある伯爵家の女性。
 ローラス侯爵婦人として相応しいと思った。それにシンシア様も、セドリック様に好意を抱いている。

 だから、私たちはエリーゼ様へ積極的に嫌がらせを行うことにした。
 私物をシンシア様に渡したり、無視をしたり、本人の前でわざと陰口を叩いたり。
 セドリック様には、「不妊のストレスで、使用人たちに強く当たるようになった」と嘘の報告をした。

 エリーゼ様の逃げ場をなくすためだった。
 精神的に追い詰めて追い詰めて、失踪するか自殺させることが目的だった。

 罪悪感? そんなものあるわけがない。
 これも侯爵家のためなのだから。



 そして、私たちの念願はついに叶った。シンシア様の出産を祝うパーティーの最中、エリーゼ様が自室の窓から逃げ出したのだ。
 一階の部屋だったので、簡単に屋敷から抜け出せたらしい。

 これでセドリック様も、諦めてシンシア様を後妻として迎えるはず。
 そんな私たちの思惑はすぐに裏切られた。
しおりを挟む
感想 83

あなたにおすすめの小説

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~

小倉みち
恋愛
 元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。  激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。  貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。  しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。  ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。  ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。  ――そこで見たものは。  ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。 「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」 「ティアナに悪いから」 「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」  そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。  ショックだった。  ずっと信じてきた夫と親友の不貞。  しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。  私さえいなければ。  私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。  ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。  だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

夫は平然と、不倫を公言致しました。

松茸
恋愛
最愛の人はもういない。 厳しい父の命令で、公爵令嬢の私に次の夫があてがわれた。 しかし彼は不倫を公言して……

処理中です...