3 / 21
三話
しおりを挟む
「ねえ、アイナ。私の髪飾りを知らない? この引き出しの中に入れていたはずなのに、無くなっていたの」
「あちらでしたら、シンシア様にお譲りしました」
私の侍女は、特に悪びれる様子もなくそう答えた。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「ど、どうして? 聞いていないわ、そんなこと」
「お教えする必要がないと判断したからです。シンシア様は、以前からあの髪飾りをお求めでした」
「……だったら、新しい物を買えばよかったじゃない。私の物をわざわざ渡さなくたって……!」
「私もそう思ったのですが……申し訳ございません。シンシア様のご命令には、逆らうことが出来ないのです」
言葉とは裏腹に、アイナは涼しげな表情で切り返す。
「それでは、私はこれで失礼いたします。お茶の用意をするようにと言いつかっておりますので」
「……どなたから?」
「そんなこと、仰らなくても分かるでしょう? シンシア様でございます」
最後に鼻で笑い、アイナは部屋から出て行った。
私はそっと引き出しを開けて、じっと見下ろした。
髪飾り、イヤリング、ブローチ、ペーパーナイフ。
ここにしまっていた私物は、全てシンシア様に奪われてしまった。
唯一残っているのは、古びた羽ペン。長い間使い続けていたせいで、真っ白だった羽根は黒く汚れている。
多分、価値がないと見なされたのだろう。私は羽ペンを手に取り、両手でそっと包み込んだ。
シンシア様が屋敷にやって来てから、使用人は私にすげない態度を取るようになった。
廊下ですれ違っても道を開けてくれなくなったし、部屋を掃除してくれる回数も減った。
彼らも分かっているのだ。私よりもシンシア様の方が、ローラス家の夫人に相応しいと。
世継ぎのこともある。だけどシンシア様は誰とでも明るく接する方で、初対面の方と中々打ち解けることの出来ない私とは違うもの。
部屋から出るのが怖い。使用人に侮蔑の目で見られるのが怖い。
椅子に座り、ただ時間が過ぎ去るのを待っていると、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
「エリーゼ! 私の出迎えがないのはどういうことなの!?」
「お義母様?」
怒りで顔を歪めた義母に、私は困惑しながら椅子から立ち上がる。旦那様が家督を継いだ後、先代夫妻は長閑な街で隠居生活を送るようになった。
屋敷を訪れる際は、事前に手紙をいただいていたはずなのに……
「まったく……これじゃあ、手紙を出した意味がないわ」
義母は手紙を出している。ということは、使用人が私に知らせなかったのだろう。
「申し訳ありません、お義母様。その、手紙のことを知らなくて……」
「あなたが忘れていただけでしょう? 言い訳をしても無駄よ」
「ですが、本当に……!」
「はぁ……あなたのような出来損ないじゃなくて、シンシア嬢がうちの嫁だったらよかったのに」
そんなこと、誰よりも私がそう思っている。
「あちらでしたら、シンシア様にお譲りしました」
私の侍女は、特に悪びれる様子もなくそう答えた。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「ど、どうして? 聞いていないわ、そんなこと」
「お教えする必要がないと判断したからです。シンシア様は、以前からあの髪飾りをお求めでした」
「……だったら、新しい物を買えばよかったじゃない。私の物をわざわざ渡さなくたって……!」
「私もそう思ったのですが……申し訳ございません。シンシア様のご命令には、逆らうことが出来ないのです」
言葉とは裏腹に、アイナは涼しげな表情で切り返す。
「それでは、私はこれで失礼いたします。お茶の用意をするようにと言いつかっておりますので」
「……どなたから?」
「そんなこと、仰らなくても分かるでしょう? シンシア様でございます」
最後に鼻で笑い、アイナは部屋から出て行った。
私はそっと引き出しを開けて、じっと見下ろした。
髪飾り、イヤリング、ブローチ、ペーパーナイフ。
ここにしまっていた私物は、全てシンシア様に奪われてしまった。
唯一残っているのは、古びた羽ペン。長い間使い続けていたせいで、真っ白だった羽根は黒く汚れている。
多分、価値がないと見なされたのだろう。私は羽ペンを手に取り、両手でそっと包み込んだ。
シンシア様が屋敷にやって来てから、使用人は私にすげない態度を取るようになった。
廊下ですれ違っても道を開けてくれなくなったし、部屋を掃除してくれる回数も減った。
彼らも分かっているのだ。私よりもシンシア様の方が、ローラス家の夫人に相応しいと。
世継ぎのこともある。だけどシンシア様は誰とでも明るく接する方で、初対面の方と中々打ち解けることの出来ない私とは違うもの。
部屋から出るのが怖い。使用人に侮蔑の目で見られるのが怖い。
椅子に座り、ただ時間が過ぎ去るのを待っていると、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
「エリーゼ! 私の出迎えがないのはどういうことなの!?」
「お義母様?」
怒りで顔を歪めた義母に、私は困惑しながら椅子から立ち上がる。旦那様が家督を継いだ後、先代夫妻は長閑な街で隠居生活を送るようになった。
屋敷を訪れる際は、事前に手紙をいただいていたはずなのに……
「まったく……これじゃあ、手紙を出した意味がないわ」
義母は手紙を出している。ということは、使用人が私に知らせなかったのだろう。
「申し訳ありません、お義母様。その、手紙のことを知らなくて……」
「あなたが忘れていただけでしょう? 言い訳をしても無駄よ」
「ですが、本当に……!」
「はぁ……あなたのような出来損ないじゃなくて、シンシア嬢がうちの嫁だったらよかったのに」
そんなこと、誰よりも私がそう思っている。
137
お気に入りに追加
2,977
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる