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三話

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「ねえ、アイナ。私の髪飾りを知らない? この引き出しの中に入れていたはずなのに、無くなっていたの」
「あちらでしたら、シンシア様にお譲りしました」

 私の侍女は、特に悪びれる様子もなくそう答えた。
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

「ど、どうして? 聞いていないわ、そんなこと」
「お教えする必要がないと判断したからです。シンシア様は、以前からあの髪飾りをお求めでした」
「……だったら、新しい物を買えばよかったじゃない。私の物をわざわざ渡さなくたって……!」
「私もそう思ったのですが……申し訳ございません。シンシア様のご命令には、逆らうことが出来ないのです」

 言葉とは裏腹に、アイナは涼しげな表情で切り返す。

「それでは、私はこれで失礼いたします。お茶の用意をするようにと言いつかっておりますので」
「……どなたから?」
「そんなこと、仰らなくても分かるでしょう? シンシア様でございます」

 最後に鼻で笑い、アイナは部屋から出て行った。
 私はそっと引き出しを開けて、じっと見下ろした。

 髪飾り、イヤリング、ブローチ、ペーパーナイフ。
 ここにしまっていた私物は、全てシンシア様に奪われてしまった。
 唯一残っているのは、古びた羽ペン。長い間使い続けていたせいで、真っ白だった羽根は黒く汚れている。
 多分、価値がないと見なされたのだろう。私は羽ペンを手に取り、両手でそっと包み込んだ。


 シンシア様が屋敷にやって来てから、使用人は私にすげない態度を取るようになった。
 廊下ですれ違っても道を開けてくれなくなったし、部屋を掃除してくれる回数も減った。

 彼らも分かっているのだ。私よりもシンシア様の方が、ローラス家の夫人に相応しいと。
 世継ぎのこともある。だけどシンシア様は誰とでも明るく接する方で、初対面の方と中々打ち解けることの出来ない私とは違うもの。

 部屋から出るのが怖い。使用人に侮蔑の目で見られるのが怖い。
 椅子に座り、ただ時間が過ぎ去るのを待っていると、ノックもなしに部屋の扉が開いた。

「エリーゼ! 私の出迎えがないのはどういうことなの!?」
「お義母様?」

 怒りで顔を歪めた義母に、私は困惑しながら椅子から立ち上がる。旦那様が家督を継いだ後、先代夫妻は長閑のどかな街で隠居生活を送るようになった。
 屋敷を訪れる際は、事前に手紙をいただいていたはずなのに……

「まったく……これじゃあ、手紙を出した意味がないわ」

 義母は手紙を出している。ということは、使用人が私に知らせなかったのだろう。

「申し訳ありません、お義母様。その、手紙のことを知らなくて……」
「あなたが忘れていただけでしょう? 言い訳をしても無駄よ」
「ですが、本当に……!」
「はぁ……あなたのような出来損ないじゃなくて、シンシア嬢がうちの嫁だったらよかったのに」


 そんなこと、誰よりも私がそう思っている。
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