88 / 88
88.また会えた
しおりを挟む
風の噂でフィリヌ家が夜逃げしたと聞いた。
逃亡先は隣国らしいけれど、後ろ盾はなく、所持金もそう多くはないはず。
王家も慰謝料の支払いを終えていないので、隣国に指名手配を要請するとのこと。
見つかれば即座にこの国に連れ戻され、犯罪者として牢屋入り。
それが嫌なら、平民に紛れてひっそりと暮らすしかない。
アデラさん同様、貴族として優雅に暮らしてきた彼らにとっては、終わりの見えない地獄の日々の始まりだろう。
残された従業員の行く末も様々だ。
あの話し合いの後、私への非礼を詫びた従業員も数人いたので、彼らに関してはディンデール家が支援することが決まった。
それ以外の者たちは、感情に任せてフィリヌ家の襲撃を行った。
得られるものは何もなく、店は当然取り壊しに。
私を恨んで『精霊の隠れ家』を襲おうとした人もいたけれど、オブシディアさんに捕まって失敗に終わった。
暫くすると、フィリヌ家の名そのものがこの国から抹消された。
彼らが治めていた領地は名前を変え、現在はその名を有した侯爵が治めている。
そして、そんなことが些細なことに思えるほどの大きなニュースが国内を駆け巡った。
「まさか本当にこうなっちゃうなんてねぇ」
しみじみとした口調で呟きながら、叔母様は何度もその日の新聞記事を読み直していた。
記事の内容は、殿下が王位継承権を第二王子に譲ったというものだった。
当然ルシロワール殿下を支持していた文官からの反発はあったものの、本人の意思は固く、将来は弟の補佐を務めると宣言したとのこと。
叔母様の影響かもしれないけれど、近頃の殿下は初めて『精霊の隠れ家』に来た時よりも明るくなって、自分の思うがままに行動できるようになったと思う。
ただし殿下は、未だにご自分の気持ちを叔母様に明確な形で伝えられずにいる。
不憫に感じてしまい私が協力を申し出ると、「こんな大事なことまで、あなたのお力を借りるわけにはいかない」と断られてしまった。
まあ、殿下がそう仰るのであれば……。
「俺はいつかリザに泣きつくと思うけどな」
「何の話ですか?」
「ミレーユに惚れているあの王子の話だよ」
耳元でオブシディアさんの笑う声が聞こえる。
くすぐったいけれど、心地良さもあって私も釣られるように笑い声を漏らした。
本日は『精霊の隠れ家』の定休日だ。
叔母様が殿下との約束があって先程外出したので、私はオブシディアさんとのんびり過ごしている。
ソファーに座るオブシディアさんに背を向けた状態で抱き締められているのだけれど、不思議と羞恥よりも安心感の方が強い。
「オブシディアさん、重くありませんか?」
「全然。ずっとこうしていたい。リザが嫌ならすぐにでもやめるけど」
「それなら、ずっとこうしていられますね」
そう言うと、私の体を包み込む腕の力が強くなった。
オブシディアさんにこうされていると、たまにどうしようもなく泣きたくなる時がある。
何も理由なんてないのに、オブシディアさんに謝りたいと思う。
最近仕事が忙しくて、ストレスで情緒不安定になっているのだろうか。
そう考えているうちに、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
夢を見る。
子供の私が、夜遅いのにたった一人でどこかの庭を歩いている。
初めて見る場所のはずなのに懐かしい気分になっていると、ニャアンと猫の鳴き声がした。
その声を導かれるように進むと、不思議な生物が目の前に現れてニャア、と鳴いた。
猫のようで、猫ではない。
顔がなくて、尻尾も途中から四本に分かれている。
その生物に向かって手を伸ばすと、それは甘えるように私の指先に顔を擦りつけた。
真っ黒な毛並みに覆われた見た目とは裏腹に、氷のように冷たい体。
自分の体温を分け与えるように、私は生物を抱き締めた。
「ずっと一人ぼっちにしてごめんね」
ぼろぼろと涙を流しながら謝る。何度もごめんなさいと繰り返す。
気がつくと腕の中から黒い塊が消えていて、私は黒い男の人に頭を撫でられていた。
「お前のせいじゃないだろ。だから泣くな」
その優しい声に私は頷く。
そうだ。私たちはまた会えた。
もう二度と離れたりしない。
ずっと、ずっと一緒にいる。
「俺を創ってくれてありがとう、リザ」
私の方こそ、私に会いにくれてありがとう、
―――――――――
思ったより長いお話になってしまいましたが、リザの物語はこれにておしまいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
逃亡先は隣国らしいけれど、後ろ盾はなく、所持金もそう多くはないはず。
王家も慰謝料の支払いを終えていないので、隣国に指名手配を要請するとのこと。
見つかれば即座にこの国に連れ戻され、犯罪者として牢屋入り。
それが嫌なら、平民に紛れてひっそりと暮らすしかない。
アデラさん同様、貴族として優雅に暮らしてきた彼らにとっては、終わりの見えない地獄の日々の始まりだろう。
残された従業員の行く末も様々だ。
あの話し合いの後、私への非礼を詫びた従業員も数人いたので、彼らに関してはディンデール家が支援することが決まった。
それ以外の者たちは、感情に任せてフィリヌ家の襲撃を行った。
得られるものは何もなく、店は当然取り壊しに。
私を恨んで『精霊の隠れ家』を襲おうとした人もいたけれど、オブシディアさんに捕まって失敗に終わった。
暫くすると、フィリヌ家の名そのものがこの国から抹消された。
彼らが治めていた領地は名前を変え、現在はその名を有した侯爵が治めている。
そして、そんなことが些細なことに思えるほどの大きなニュースが国内を駆け巡った。
「まさか本当にこうなっちゃうなんてねぇ」
しみじみとした口調で呟きながら、叔母様は何度もその日の新聞記事を読み直していた。
記事の内容は、殿下が王位継承権を第二王子に譲ったというものだった。
当然ルシロワール殿下を支持していた文官からの反発はあったものの、本人の意思は固く、将来は弟の補佐を務めると宣言したとのこと。
叔母様の影響かもしれないけれど、近頃の殿下は初めて『精霊の隠れ家』に来た時よりも明るくなって、自分の思うがままに行動できるようになったと思う。
ただし殿下は、未だにご自分の気持ちを叔母様に明確な形で伝えられずにいる。
不憫に感じてしまい私が協力を申し出ると、「こんな大事なことまで、あなたのお力を借りるわけにはいかない」と断られてしまった。
まあ、殿下がそう仰るのであれば……。
「俺はいつかリザに泣きつくと思うけどな」
「何の話ですか?」
「ミレーユに惚れているあの王子の話だよ」
耳元でオブシディアさんの笑う声が聞こえる。
くすぐったいけれど、心地良さもあって私も釣られるように笑い声を漏らした。
本日は『精霊の隠れ家』の定休日だ。
叔母様が殿下との約束があって先程外出したので、私はオブシディアさんとのんびり過ごしている。
ソファーに座るオブシディアさんに背を向けた状態で抱き締められているのだけれど、不思議と羞恥よりも安心感の方が強い。
「オブシディアさん、重くありませんか?」
「全然。ずっとこうしていたい。リザが嫌ならすぐにでもやめるけど」
「それなら、ずっとこうしていられますね」
そう言うと、私の体を包み込む腕の力が強くなった。
オブシディアさんにこうされていると、たまにどうしようもなく泣きたくなる時がある。
何も理由なんてないのに、オブシディアさんに謝りたいと思う。
最近仕事が忙しくて、ストレスで情緒不安定になっているのだろうか。
そう考えているうちに、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
夢を見る。
子供の私が、夜遅いのにたった一人でどこかの庭を歩いている。
初めて見る場所のはずなのに懐かしい気分になっていると、ニャアンと猫の鳴き声がした。
その声を導かれるように進むと、不思議な生物が目の前に現れてニャア、と鳴いた。
猫のようで、猫ではない。
顔がなくて、尻尾も途中から四本に分かれている。
その生物に向かって手を伸ばすと、それは甘えるように私の指先に顔を擦りつけた。
真っ黒な毛並みに覆われた見た目とは裏腹に、氷のように冷たい体。
自分の体温を分け与えるように、私は生物を抱き締めた。
「ずっと一人ぼっちにしてごめんね」
ぼろぼろと涙を流しながら謝る。何度もごめんなさいと繰り返す。
気がつくと腕の中から黒い塊が消えていて、私は黒い男の人に頭を撫でられていた。
「お前のせいじゃないだろ。だから泣くな」
その優しい声に私は頷く。
そうだ。私たちはまた会えた。
もう二度と離れたりしない。
ずっと、ずっと一緒にいる。
「俺を創ってくれてありがとう、リザ」
私の方こそ、私に会いにくれてありがとう、
―――――――――
思ったより長いお話になってしまいましたが、リザの物語はこれにておしまいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
70
お気に入りに追加
5,288
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(160件)
あなたにおすすめの小説
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
復讐も忘れて幸せになりますが、何がいけませんの?
藤森フクロウ
恋愛
公爵令嬢のフレアは、第一王子エンリケに婚約破棄を言い渡される。彼はいつも運命の人とやらを探して、浮気三昧だった。
才色兼備で非の打ち所のない婚約者として尽くしてきたフレア。それをあざ笑うかのような仕打ちだった。
だが、これをきっかけにエンリケ、そしてブランデルの破滅が始まる――すべては、フレアの手中だったのだ。
R15は保険です。別サイトでも掲載しています。
総計十万字前後のお話です。おまけ込で完結しました。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
35と36の話が順番が逆になっています。
確認お願いします。
良かった。
形のないものに偶然にも形を与えた少女の話。
神秘的でいて、ご都合主義じゃなくて、良い。
ん? ……あれ?
下手するとリザさん、階段事件でほぼ死んでたんじゃ?
魔力を奪われた、というより蘇生で使い切ったんじゃ……?