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84.脅迫
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排他的なその発言に、従業員たちは絶句した。
そんな彼らを代表するように、顔を真っ赤に染めたままのフィリヌ侯爵が口を開く。
「……君はディンデール家の人間ではないようだが、随分と恐ろしいことを言うものだな。彼らに死ねとは、人の心がないのか?」
「お前だって、そいつらのことなんてどうでもいいって思っているくせに」
「な……っ」
「そいつらにばかり頭を下げさせて、自分は偉そうにしていただろ?」
感情の籠もっていない平坦な声で指摘され、フィリヌ侯爵はオブシディアさんに憎悪の眼差しを向けた。
「私はこの者どもの尻拭いをしてやっているだけだ! たかが小娘一人いなくなった程度で落ちぶれた連中の尻拭いで、私がどれだけ苦労していると思っている!?」
「たかが小娘一人の代わりも用意できないのに、そんな苦労しているってアピールされてもな」
フィリヌ侯爵が何を言おうと、オブシディアさんにあっさり論破されてしまう。
ただそれだけでは終わらない。
オブシディアさんが右手で何かを握る仕草をすると、フィリヌ侯爵の様子が一変した。
急に椅子から立ち上がったかと思うと目を見張り、両手で自分の首を掻き毟っている。
「が、は……っ!」
苦悶と困惑が綯い交ぜになった表情で、濁った声を上げる。
その姿は自分の首を絞める何かを引き剥がそうとしているようだ。
酸欠状態に陥り、先程とは異なる理由で顔を赤く変色させる侯爵の姿をじっと見据え、オブシディアさんは確言した。
「……俺にとってはリザと、リザが大事だと思う奴ら以外はどうでもいい。特にお前たちは今すぐに殺してしまいたいと思っている」
右手が力を強めるような動きをすると、フィリヌ侯爵は不自然な痙攣をしながら口の端から泡を吹き出した。
お兄様がオブシディアさんを止めようとすると、笑顔でそれを制したのはお母様だった。
「心配しなくても大丈夫よ。本当に殺すつもりなら、とっくに殺しているから」
……本当に心配しなくていいのだろうか。
従業員たちも恐怖で顔を歪めて立ち尽くすばかりで、誰もフィリヌ侯爵を救おうとしない。
そして顔が赤を通り越して土色に染まり、黒目が瞼の裏に隠れようとしているフィリヌ侯爵にオブシディアさんが最後通告をする。
「死にたくなければ、二度とリザに関わるな」
「う、がぁ……」
「隠れて姑息な手を使おうとしても、バレて逃げようとしても無駄だ。どこまでも追い詰めて殺す」
フィリヌ侯爵にもその言葉は届いたらしい。
弱々しく首を縦に振ると、オブシディアさんは右手を大きく開いた。
と、責め苦から解放されたのか、フィリヌ侯爵の喉からヒュウと風の音にも似た呼吸音が上がる。
「というわけよ。帰りなさい」
お母様の短い命令に、従業員は諦めきった表情で退室しようとする。
「いいぞ、こっちから出て行っても」
お兄様が壁に空いた穴を指差すけれど、「そういうわけにはいかない」と皆ドアから出ていく。
目に涙を浮かべて激しく咳き込むフィリヌ侯爵と、ぐったりしたままのトール様も彼らに支えられる形で。
その最中、意識を取り戻したトール様は私を見て、
「お前のせいでアデラは逮捕されたんだ! 絶対許さないからなぁ……!」
散々私を振り回した挙げ句、最後は憎しみを込めて睨んでくる。
こんな人間が当主になるフィリヌ家の未来を案じつつ、私はにこやかに彼へ手を振った。
「許さない? それはこちらの台詞です」
こんな少ない言葉で済ませられないくらい、彼には様々な鬱憤が溜まっている。
それでも全てを伝えるための時間も気力も勿体なかった。
どのような反応を期待していたのか、トール様は笑顔の私に何も言えず、引き摺られるようにして広間を去って行った。
そんな彼らを代表するように、顔を真っ赤に染めたままのフィリヌ侯爵が口を開く。
「……君はディンデール家の人間ではないようだが、随分と恐ろしいことを言うものだな。彼らに死ねとは、人の心がないのか?」
「お前だって、そいつらのことなんてどうでもいいって思っているくせに」
「な……っ」
「そいつらにばかり頭を下げさせて、自分は偉そうにしていただろ?」
感情の籠もっていない平坦な声で指摘され、フィリヌ侯爵はオブシディアさんに憎悪の眼差しを向けた。
「私はこの者どもの尻拭いをしてやっているだけだ! たかが小娘一人いなくなった程度で落ちぶれた連中の尻拭いで、私がどれだけ苦労していると思っている!?」
「たかが小娘一人の代わりも用意できないのに、そんな苦労しているってアピールされてもな」
フィリヌ侯爵が何を言おうと、オブシディアさんにあっさり論破されてしまう。
ただそれだけでは終わらない。
オブシディアさんが右手で何かを握る仕草をすると、フィリヌ侯爵の様子が一変した。
急に椅子から立ち上がったかと思うと目を見張り、両手で自分の首を掻き毟っている。
「が、は……っ!」
苦悶と困惑が綯い交ぜになった表情で、濁った声を上げる。
その姿は自分の首を絞める何かを引き剥がそうとしているようだ。
酸欠状態に陥り、先程とは異なる理由で顔を赤く変色させる侯爵の姿をじっと見据え、オブシディアさんは確言した。
「……俺にとってはリザと、リザが大事だと思う奴ら以外はどうでもいい。特にお前たちは今すぐに殺してしまいたいと思っている」
右手が力を強めるような動きをすると、フィリヌ侯爵は不自然な痙攣をしながら口の端から泡を吹き出した。
お兄様がオブシディアさんを止めようとすると、笑顔でそれを制したのはお母様だった。
「心配しなくても大丈夫よ。本当に殺すつもりなら、とっくに殺しているから」
……本当に心配しなくていいのだろうか。
従業員たちも恐怖で顔を歪めて立ち尽くすばかりで、誰もフィリヌ侯爵を救おうとしない。
そして顔が赤を通り越して土色に染まり、黒目が瞼の裏に隠れようとしているフィリヌ侯爵にオブシディアさんが最後通告をする。
「死にたくなければ、二度とリザに関わるな」
「う、がぁ……」
「隠れて姑息な手を使おうとしても、バレて逃げようとしても無駄だ。どこまでも追い詰めて殺す」
フィリヌ侯爵にもその言葉は届いたらしい。
弱々しく首を縦に振ると、オブシディアさんは右手を大きく開いた。
と、責め苦から解放されたのか、フィリヌ侯爵の喉からヒュウと風の音にも似た呼吸音が上がる。
「というわけよ。帰りなさい」
お母様の短い命令に、従業員は諦めきった表情で退室しようとする。
「いいぞ、こっちから出て行っても」
お兄様が壁に空いた穴を指差すけれど、「そういうわけにはいかない」と皆ドアから出ていく。
目に涙を浮かべて激しく咳き込むフィリヌ侯爵と、ぐったりしたままのトール様も彼らに支えられる形で。
その最中、意識を取り戻したトール様は私を見て、
「お前のせいでアデラは逮捕されたんだ! 絶対許さないからなぁ……!」
散々私を振り回した挙げ句、最後は憎しみを込めて睨んでくる。
こんな人間が当主になるフィリヌ家の未来を案じつつ、私はにこやかに彼へ手を振った。
「許さない? それはこちらの台詞です」
こんな少ない言葉で済ませられないくらい、彼には様々な鬱憤が溜まっている。
それでも全てを伝えるための時間も気力も勿体なかった。
どのような反応を期待していたのか、トール様は笑顔の私に何も言えず、引き摺られるようにして広間を去って行った。
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