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83.金の問題
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いつも温厚なお父様の、これだけ低い声を聞いたのは多分初めてのことだ。
流石にまずいと感じたらしく沈黙するフィリヌ侯爵に、お父様は淡々と語る。
「本日君たちを招いたのは、トール子息がリザリアに宛てた失礼極まりない手紙についての説明と謝罪を求めるためだ。なのに『息子の勝手な行動だ』と言い訳するだけで、謝罪も手早く済ませたかと思えばリザリアに戻ってきて欲しい? 自分たちの立場を理解しているのか?」
「リ、リザリアのことについては、どの道打診するつもりでいたのだ。一度の話し合いで済むのならその方がお互いに楽だと……」
「お互いに楽? そのような言葉が飛び出す時点で、君はリザリアを都合のいい道具にしか思っていないとよく分かる。そもそもリザリアがフィリヌ家から去ったのは、完全にそちらの非によるものだよ。店が存続の危機となり、王家からも見捨てられたからといって今さら縋りつくなど、虫がよすぎる」
「……そのことはこちらも自覚している。だからこうして頭を下げているではないか。それにアデラとかいう性悪女もいなくなり、息子の目も覚めただろう。どうだ、これまでのことは水に流して再構築というのは」
再構築。それが何を意味しているのは私もすぐに分かった。
が、フィリヌ侯爵の神経が理解できない。
水に流して、なんて言葉をよく使えたものだ。
「リザリアのために多額の金も用意したのだ。我が家にある装飾品も不要な家財も全て売り飛ばした。妻や息子の服も売却してな。それでどうだ?」
「……リザリア、どうする?」
お父様が私に意見を求める。
お母様とお兄様は憤怒の表情を浮かべ、オブシディアさんは珍獣を見るような眼差しをフィリヌ侯爵に向けていた。
私は私の味方である方々を見渡してから、口を開いた。
「お金の問題ではありません」
「……とのことだ。娘がこう言っている以上、そちらの要求を呑むことなど到底考えられない」
私の言葉を聞いたお父様が笑みを浮かべて告げると、フィリヌ侯爵の顔が真っ赤に染まった。
大金を積めば、お父様が首を縦に振ると確信していたのかもしれない。
トール様もフィリヌ侯爵もそれぞれ違う方法で私を手に入れようとした。
だけど私を、いやディンデール家をも軽視していることに変わりはない。
そんなところは親子そっくりなのだと呆れてしまった。
「こ、困る! リザリアが帰って来てくれないと、俺たちはおしまいなんだぞ!?」
従業員の一人が今にも泣きそうな顔で口火を切ると、他の従業員も不平を並べ始める。
「そうですよ、このままだと店は潰れてしまうんです!」
「上の人間は『もうやってられない』と言って次々と辞めていくし……昔の仕事仲間を見捨てるなんて酷すぎるぞ!」
「俺には家族だっているんだ! 大体俺たちはお前とトール子息の問題には無関係なのに、どうして巻き込まれなきゃいけないんだよ!」
「お前のせいで、今店に残っている全員が路頭に迷うかもしれない! とんでもない悪女だって街中に言い触らしてやるからなぁ!」
私の選択によって、近い将来彼らが職を失ってしまう。
そうすれば当人だけでなく、その家族までもが困窮することとなる。
突きつけられた事実に、心が揺らいだ。
フィリヌ侯爵もこれが狙いで、わざわざ従業員を連れて来たのだろう。
けれど、
「そんなこと知るか。勝手に仕事を失くして、勝手に野垂れ死んでろよ」
オブシディアさんのひどく冷めた声が、泥沼にはまりかけていた私の意識を浮上させてくれた。
流石にまずいと感じたらしく沈黙するフィリヌ侯爵に、お父様は淡々と語る。
「本日君たちを招いたのは、トール子息がリザリアに宛てた失礼極まりない手紙についての説明と謝罪を求めるためだ。なのに『息子の勝手な行動だ』と言い訳するだけで、謝罪も手早く済ませたかと思えばリザリアに戻ってきて欲しい? 自分たちの立場を理解しているのか?」
「リ、リザリアのことについては、どの道打診するつもりでいたのだ。一度の話し合いで済むのならその方がお互いに楽だと……」
「お互いに楽? そのような言葉が飛び出す時点で、君はリザリアを都合のいい道具にしか思っていないとよく分かる。そもそもリザリアがフィリヌ家から去ったのは、完全にそちらの非によるものだよ。店が存続の危機となり、王家からも見捨てられたからといって今さら縋りつくなど、虫がよすぎる」
「……そのことはこちらも自覚している。だからこうして頭を下げているではないか。それにアデラとかいう性悪女もいなくなり、息子の目も覚めただろう。どうだ、これまでのことは水に流して再構築というのは」
再構築。それが何を意味しているのは私もすぐに分かった。
が、フィリヌ侯爵の神経が理解できない。
水に流して、なんて言葉をよく使えたものだ。
「リザリアのために多額の金も用意したのだ。我が家にある装飾品も不要な家財も全て売り飛ばした。妻や息子の服も売却してな。それでどうだ?」
「……リザリア、どうする?」
お父様が私に意見を求める。
お母様とお兄様は憤怒の表情を浮かべ、オブシディアさんは珍獣を見るような眼差しをフィリヌ侯爵に向けていた。
私は私の味方である方々を見渡してから、口を開いた。
「お金の問題ではありません」
「……とのことだ。娘がこう言っている以上、そちらの要求を呑むことなど到底考えられない」
私の言葉を聞いたお父様が笑みを浮かべて告げると、フィリヌ侯爵の顔が真っ赤に染まった。
大金を積めば、お父様が首を縦に振ると確信していたのかもしれない。
トール様もフィリヌ侯爵もそれぞれ違う方法で私を手に入れようとした。
だけど私を、いやディンデール家をも軽視していることに変わりはない。
そんなところは親子そっくりなのだと呆れてしまった。
「こ、困る! リザリアが帰って来てくれないと、俺たちはおしまいなんだぞ!?」
従業員の一人が今にも泣きそうな顔で口火を切ると、他の従業員も不平を並べ始める。
「そうですよ、このままだと店は潰れてしまうんです!」
「上の人間は『もうやってられない』と言って次々と辞めていくし……昔の仕事仲間を見捨てるなんて酷すぎるぞ!」
「俺には家族だっているんだ! 大体俺たちはお前とトール子息の問題には無関係なのに、どうして巻き込まれなきゃいけないんだよ!」
「お前のせいで、今店に残っている全員が路頭に迷うかもしれない! とんでもない悪女だって街中に言い触らしてやるからなぁ!」
私の選択によって、近い将来彼らが職を失ってしまう。
そうすれば当人だけでなく、その家族までもが困窮することとなる。
突きつけられた事実に、心が揺らいだ。
フィリヌ侯爵もこれが狙いで、わざわざ従業員を連れて来たのだろう。
けれど、
「そんなこと知るか。勝手に仕事を失くして、勝手に野垂れ死んでろよ」
オブシディアさんのひどく冷めた声が、泥沼にはまりかけていた私の意識を浮上させてくれた。
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