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75.暴力

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 私たちが近づくと、扉は意思を持っているかのようにひとりでに開いた。
 その向こうは別の場所に繋がっているのか、どこかの店内のように見える。

 御者は私を連れたまま扉の先へ足を踏み入れると、

「こ、これでいいだろ!? 俺はやるべきことをやったんだ! 妻と子供は返してもらうぞ!」

 と強張った声で誰かに向かって叫んだ。
 扉は役目を終えたのか、その隙に光の粒となって消失していた。

 いくつかのテーブル席とカウンター。棚には酒瓶が数本置かれており、微かに酒の残り香がする。
 かつては賑わっていた酒場だったようだが、今はその面影を残すのみだ。
 こうして店の備品が置かれたままなのを見るに、円満な形での閉店ではなかったのだろう。

 だが人の気配はする。
 それも一人や二人ではない。

「ようこそ、リザリア。こんな手荒な方法で呼び出しちゃって悪いわね」

 店内に響き渡る嘲笑じみた声。
 奥にある階段から複数の男を率いて、声の主が降りてきた。

「でも、あんたが悪いのよ? そこのところ、分かってもらわないと」

 アデラだ。
 自分が優位であると信じて疑わない笑みを浮かべ、私を見据えている。

(まったく腹の立つ顔をしている)

 怒りで顔が歪みそうになるのをぐっと堪える。
 せっかくなのだ。もう少しこのくだらない茶番に付き合ってやることにした。

「……ごきげんよう、アデラさん」

 できるだけ口角を吊り上げ、美しいリザリアの笑みを披露すると、アデラの顔からはすぅっと表情が消えた。
 けれどすぐに怒りの形相で右手を振り上げ、

「余裕そうにしてんじゃないわよ、クソ女!」

 乾いた音がした。
 左頬を思い切り平手打ちされたのだ。

「あんた自分の立場分かってんの? 私に騙されてこうして一人でのこのこ来て、誰も助けてくれないのよ?」

 さらにもう一発。
 私が床に倒れ込むと、アデラは覆い被さって来て今度は拳で殴り始める。

「この、このこのこの! もっと不細工にしてあげるわ! ルシロワール王子が見たら幻滅するような顔にしてやる!」

 男たちはアデラを止めず、にやつきながら見物しているだけだ。
 相手が同性とはいえ、女が顔を殴られてるのに笑っている。
 その様子に呆れていると、私の傍にいた御者がアデラの肩を掴んだ。

「もうそこまでにしてやれよ! これ以上は可哀想だろ!?」
「うるさいわね! あんたのお嫁さんと子供を売り飛ばしてもいいのぉ?」

 直後、子供の泣き声が店内に響き渡った。
 怯えた表情の女と子供が、男たちに引き摺られるようにして階段を降りている。
 どうやら御者はあの二人を人質に取られているようだ。
 御者が悔しげに黙る姿を見つめつつ、私は先程のアデラの言葉に引っ掛かりを覚えていた。

「ルシロワール……王子?」

 何故この場で彼の名前が出てくるのだろうか。
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