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63.交渉決裂
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だけどフィリヌ家が王族すらも敵に回してしまったのなら、そんな家の子息とアデラさんを結婚だなんてルミノー伯爵も大反対するに決まっている。
二人が別れるのは必然的ともいえる。そう思っていると、ルシロワール殿下はテーブルの上に次々と書類を出した。
「こちらが契約書です。枚数も多いですので、今すぐサインをしていただかなくても結構ですから……」
「いいえ、ルシロワール様。今すぐにサインしてもらいましょうよ。リザリアだって、王族と強力な結びつきが生まれるんですもの。喜んで契約するに決まっているじゃありませんかぁ。ねぇ、リザリア?」
こうやって私に猫撫で声で話しかけるアデラさんを見るのは初めてだった。
嬉しいとは思わないし、むしろ何か魂胆があるのではと警戒してしまう。
いや、魂胆しかないのだろうけれど。
「……叔母様、どうしますか?」
ルシロワール殿下もアデラさんも勘違いしているけれど、私はあくまで事務員のポジション。
『精霊の隠れ家』の経営者はミレーユ叔母様で、決定権も叔母様にある。
ここはまず、彼女の意見を聞いてみたい。王宮と契約だなんて、商人としては光栄以外の何物でもないはず。
と思いきや。
「ルシロワール殿下には申し訳ありませんが、私は契約したいとは思いません」
叔母様は首を横に振って、そう言い切った。
「は、はぁ?」
アデラさんが鳩が豆鉄砲を食らったような顔で叔母様を見た。ルシロワール殿下も困惑した表情をされている。
叔母様はルシロワール殿下とテーブルに置かれた書類を交互に見てから溜め息をつく。
「だって信頼出来そうにないし……」
「信頼って何よ!」
「普通こういう話し合いをする時って、最初に手紙送って来るものなんじゃないの? それもなしに突然押しかけて来て、契約をしましょうってサインを催促する相手に好感を持てるわけじゃないでしょ」
「……手紙もなしに、突然押しかけた?」
叔母様の言葉に、怪訝そうに眉を顰めたのはルシロワール殿下。
「ア、アデラ嬢、『精霊の隠れ家』にアポイントを取っていなかったのですか?」
「取る必要なんてありません! だって相手の都合を考えて訪問だなんて、そんなこと王太子がするものですぅ?」
「そ、そんなことは……」
つまりルシロワール殿下が突然お見えになったのは、アデラさんが予め私たちと打ち合わせをしていたと思っていたから。
何だか怪しい流れになってきた。
ルシロワール殿下がアデラさんに言い包められそうになっていると、
「殿下も殿下です。何故この子に大事なことを全て頼って、ご自分でご確認していらっしゃらないのですか?」
叔母様がルシロワール殿下に語気を強めて言う。まるで幼子を叱るように。
「それはアデラ嬢が『私を信じて欲しい』と強く仰るので……」
「確かにこちらの都合を考えず、あなた様をお連れしたアデラが一番悪いでしょうけれど、彼女がこのような人間だと見抜けなかったあなた様にも、少なからず非があると私は思います」
「……そうですね。私も同じ意見です」
言いたいことは全て叔母様が仰ってくれた。
私情を抜きにしてもアデラさんの身勝手さは到底看過できるものではないし、それを制御できていないルシロワール殿下にも不信感が湧いてしまうのは仕方がない。
「今日のところはお引き取りください。こちらもお返しいたしますので」
書類を纏めてルシロワール殿下に差し出すと、
「本日は大変失礼いたしました……」
と深々と頭を下げられてしまう。
しまった、二人がかりで言い過ぎたかもと焦っていると叔母様が口を開いた。
「でもこのままお返ししてしまうのも申し訳ないので、お土産にうちの品物とクッキーの詰め合わせをお渡ししますね」
その言葉に、ルシロワール殿下は少しだけ安堵した表情を見せた。
二人が別れるのは必然的ともいえる。そう思っていると、ルシロワール殿下はテーブルの上に次々と書類を出した。
「こちらが契約書です。枚数も多いですので、今すぐサインをしていただかなくても結構ですから……」
「いいえ、ルシロワール様。今すぐにサインしてもらいましょうよ。リザリアだって、王族と強力な結びつきが生まれるんですもの。喜んで契約するに決まっているじゃありませんかぁ。ねぇ、リザリア?」
こうやって私に猫撫で声で話しかけるアデラさんを見るのは初めてだった。
嬉しいとは思わないし、むしろ何か魂胆があるのではと警戒してしまう。
いや、魂胆しかないのだろうけれど。
「……叔母様、どうしますか?」
ルシロワール殿下もアデラさんも勘違いしているけれど、私はあくまで事務員のポジション。
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ここはまず、彼女の意見を聞いてみたい。王宮と契約だなんて、商人としては光栄以外の何物でもないはず。
と思いきや。
「ルシロワール殿下には申し訳ありませんが、私は契約したいとは思いません」
叔母様は首を横に振って、そう言い切った。
「は、はぁ?」
アデラさんが鳩が豆鉄砲を食らったような顔で叔母様を見た。ルシロワール殿下も困惑した表情をされている。
叔母様はルシロワール殿下とテーブルに置かれた書類を交互に見てから溜め息をつく。
「だって信頼出来そうにないし……」
「信頼って何よ!」
「普通こういう話し合いをする時って、最初に手紙送って来るものなんじゃないの? それもなしに突然押しかけて来て、契約をしましょうってサインを催促する相手に好感を持てるわけじゃないでしょ」
「……手紙もなしに、突然押しかけた?」
叔母様の言葉に、怪訝そうに眉を顰めたのはルシロワール殿下。
「ア、アデラ嬢、『精霊の隠れ家』にアポイントを取っていなかったのですか?」
「取る必要なんてありません! だって相手の都合を考えて訪問だなんて、そんなこと王太子がするものですぅ?」
「そ、そんなことは……」
つまりルシロワール殿下が突然お見えになったのは、アデラさんが予め私たちと打ち合わせをしていたと思っていたから。
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「殿下も殿下です。何故この子に大事なことを全て頼って、ご自分でご確認していらっしゃらないのですか?」
叔母様がルシロワール殿下に語気を強めて言う。まるで幼子を叱るように。
「それはアデラ嬢が『私を信じて欲しい』と強く仰るので……」
「確かにこちらの都合を考えず、あなた様をお連れしたアデラが一番悪いでしょうけれど、彼女がこのような人間だと見抜けなかったあなた様にも、少なからず非があると私は思います」
「……そうですね。私も同じ意見です」
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「でもこのままお返ししてしまうのも申し訳ないので、お土産にうちの品物とクッキーの詰め合わせをお渡ししますね」
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