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59.怪文書

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 読み書きができない貴族は、決して少なくない。
 そういった場合、手紙や書類に文字を書く作業は執事に一任する。
 ディンデール家は「文字くらい自分で書く」をモットーとしているので、叔母様を含めた全員が読み書きができて字体も綺麗。

 フィリヌ侯爵夫妻も自分で文字の読み書きをするのだけれど、問題はトール様。
 あの人は自分の字の下手さをまったく自覚しようとしなかった。
 初めてトール様の直筆のメモを読んだ時、私はもう少し丁寧に書いてくださいと遠回しに言った。
 そうすると、

「分かってないね、リザリア。貴族っていうのは字体でも個性をアピールするものなんだよ? 平民の君には理解できないかもしれないけどさっ」

 という想像の斜め上をいく返答をされた。
 文字の上手い下手を『個性』の一言で片づける。
 どこからそんな思考が生まれたのかと疑問だったけれど、製造元は侯爵夫人だった。
 息子の文字を見て「個性的ねぇ」と褒めて、矯正させようとはしなかったらしい。
 字が下手なまま成長しても、執事に代筆させればいいのだから。

 けれどそのトール様が今回、自分の字で手紙を送ってきた。
 侯爵がそれを許すはずがないだろうから、独断で決めたのだと思う。
 その理由がこの手紙に綴られているはず。

「あーもー、読みづらいわね。こんなのお姉ちゃんに見せたら、最後まで読みきらないうちにキレて破り捨てそう」
「……私も内容を読んで、今すぐオブシディアさんに燃やしてもらうよう頼みたくなりました」

 フィリヌ魔導店の職人もトール様に負けず劣らずの拙筆揃いだったので、こういった文章を読むのは慣れている。
 だから叔母様より早く解読できたけれど、正直封を開けたことを後悔してしまった。

 私の解読が間違っていなければ、手紙に書かれているのは次のような文章。

『やあ、リザリア。僕と離婚して暫く経つけど、元気にしている? 例のむかつく魔法使いと一緒に開いた店は結構繁盛しているみたいだね! 一人しか職人がいないのに大したものだと思うよ。でもさぁ、君はとっても優秀な人間なんだよ。だからあんな路地裏でくすぶっていたら宝の持ち腐れっていうかさぁ~。だからうちに戻っておいでよ! 君の実力を存分に発揮できる店は世界でただ一つ、フィリヌ魔導店だけなんだから!』

 これだけでも私を不快にさせるには充分。
 けれどその後に続く文章は、私を本気で怒らせた。

『君が『精霊の隠れ家』から離れたくないって言うのなら、ちゃんといい方法も考えているよ。フィリヌ魔導店とその店を合併しちゃえばいいんだ! あ、でもあの黒い魔法使いはクビにさせてもらうよ。だって要らないでしょ、あんな生意気な奴!』

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