私がいなくなったせいで店が潰れそうだから再婚してください？お断りします。

30.平民だから

　返品手続きをするついでにカタログに目を通していると、良さそうな香料をいくつか見つけた。
　代わりにこれを仕入れようかなと思う。
　オブシディアさんにお願いして少量だけ作ってもらったものがあるので、売上が好調ならその香料でまた作成してもらおう。

　あれこれ考えていると、叔母様が呆然とした表情で私を見ていることに気づいた。
　しまった、やりすぎた。
　叔母様から「あんたの好き勝手に動いてみて！」と指示されて、本当に動いてしまった。

　ここは叔母様の店なのに、私やりたい放題だったわよね……と猛省していると、叔母様に両肩を掴まれた。

「あ、あんた……何でそのスペックで、ただの事務員だったの！？」
「それは私は魔法が使えないので……」
「そうじゃなくて！　あんた、計算も早いし業者への応対もしっかりしているし、職人を雇って自分の店持つくらいのことはできたわよ！？　どうしてフィリヌ侯爵も、あんたじゃなくてハーライトを贔屓していたのよ……！」

　困惑する叔母様からの問いに、私は苦笑を浮かべる。
　店の職人や常連のお客様からも、同じようなことを仰っていた。
「あなたは自分の店を持てるだけの才能があるはずなのに」と。
　そして、最後にこう締め括られる。
「平民だから仕方ないか」と。

　仕事量が増えても給料の額が変わらなかったのも、恐らくそれが原因。
　貴族の店に雇ってもらえるだけで幸せと思って、文句を言わなかった私も私だけれども。



　今日の仕事はこれで終わり。
　残業はしないで、きっちり終わらせる。
　二日後は開店初日だもの。体調を崩すわけにはいかない。
　叔母様が美味しい夕食を作ってくれているので、早くリビングに行こう。
　そう思っていると、

「リザ」

　まだ工房に残っていたオブシディアさんに名前を呼ばれ、昼間アデラさんに叩かれた頬を撫でられた。
　まるで自分が傷ついたような面差しをするものだから、私も困ってしまう。

「オブシディアさん？」
「悪い。俺が変な奴に目をつけられたせいで、リザに痛い思いをさせた」
「そんな、オブシディアさんが自分を責める必要はありません」
「でも……お前の頬も治してやれない。俺は回復魔法は使えないんだ」

　私を見詰めながら、辛そうに目を細める。
　彼にかける言葉を探していると、頬に触れている手が仄かに光り始めた。
　頬の熱と痛みがゆっくり引いていくような感覚がする。
　魔法……ではない。　だとすると、これは……。

「俺の魔力を流し込んでるんだ。これで少しは楽になると思う」
「魔力を……って、えっ？」

　光を放っている手に視線を向け、私は驚愕した。
　指の第二関節辺りまでうっすらと透けている。

「やめっ、やめてください！」

　慌てて手を引き剥がすと、光は収まった。

「……俺の魔力嫌だったか？」

　オブシディアさんが透けたままの指をもう片手で握り締めながら、私に問いかける。
　嫌ではないし、オブシディアさんなりに私を治そうとしてくれたのは理解できる。
　だけど、それをやらせてはいけない気がした。

「他人に魔力を譲渡するなんて……そんなことをしたら、オブシディアさんはどうなるのですか？」
「んー、俺が消滅するな」

　そんなことをさらりと言わないで欲しい。

「ああもう、二度とやらないでくださいね。私のせいでオブシディアさんが消えるなんて嫌ですから！」
「そうだな。俺、この店に一人しかいない職人だし」
「そうではなくて、私はオブシディアさん個人を心配しているのです」

　やけに自分の存在を軽視していることを不安に感じつつ告げると、彼はきょとんとした表情をしてから、

「分かった！」

　と明朗な声で返事をした。