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26.父の来訪

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『精霊の隠れ家』開店まであと二日というところで、店にお父様がやってきた。
 美味しそうなお菓子をたくさん持って。

「頑張っているみんなにパパからのプレゼントだ!」
「あらーっ! それって、いつもお姉ちゃんが買ってる店のお菓子でしょ!?」

 真っ先に反応したのは叔母様。
 料理やお菓子の味には厳しい叔母様が認める菓子店の味は、私も知っている。
 ケーキを中心に取り扱っているのだけれど、スポンジはふわふわと柔らかく、クリームは甘さ控えめ。
 果実やそれで作ったソースもふんだんに使っているので、甘酸っぱさがあってとっても食べやすかった。

 叔母様と二人で喜んでいると、お父様が店の中をきょろきょろと見回している。

「ええと……彼は今どこにいるんだい?」
「オブシディアさんのことですか? 私の後ろにいますよ」
「え? うわっ、い、いつの間に!?」

 私が紹介してやっとオブシディアさんに気付けたお父様は驚きつつも、笑顔を見せた。

「この前は紅茶をかけられそうになった娘を助けてくれてありがとう。改めて感謝しよう」
「……リザ、こいつ本当にお前の父親か?」

 オブシディアさんは瞬きを繰り返しながら、お父様を観察している。

「お前とは違う匂いがする。シルヴァンって奴とこいつは匂いが似てるのに」
「リザリアは元々平民の子でね。あのトールという男は貴族なのだが、この国では貴族と平民の結婚は認められていない。なのでうちの養子になることで……」
「ちょいちょい、お兄さん! そんな理由を一から十まで説明することないでしょ」
「あっ……すまない」

 叔母様が呆れ顔で止めると、お父様がしゅん……と落ち込んでしまった。
 そんなお父様に、オブシディアさんがこんな問いかけをする。

「血が繋がっていないのに、どうしてそんなにリザリアを可愛がっているんだ……?」
「いいかい、オブシディアくん。血の繋がりなんてあまり大きなことではないのだよ。それに貴族にとって養子縁組はよくある話だ」
「……人間って不思議な生き物だな。でも面白いからいいか」
「私にしてみれば君だって不思議で面白いぞ! こんなに美形で目立つ格好をしているのに、影が薄い!」

 お父様は高笑いをしながら、オブシディアさんの背中をバシバシと叩いた。
 オブシディアさんが困った顔をしているので止めに入る。

「お父様、その辺りでそろそろやめてあげてください」
「ん? ああ、やりすぎてしまった」

 やりすぎです。オブシディアさんが何も言わず私の後ろに隠れてしまった。
 頭一つ分の身長差があるから全然隠れていないけれど。

「それと……他に用事があったのではないのですか?」

 領地経営で日々多忙のお父様が何も大きな理由もなく、店を訪れるとは思えない。
 何かあったと考えるべきだろう。
 私の予想は的中したようで、お父様は苦笑いを浮かべた。

「実は……先日トール子息は我がディンデール家に慰謝料を請求していただろう?」
「ええ。あの馬鹿げた額の……」

 全額支払われると信じて疑わない。だって正しいのは自分たちだから。
 そんな表情をしていたトール様とアデラさん、今にも死にそうな顔をしていた弁護士を思い返す。
 さてはさらに金額を上げたのでは……と予想していると、

「あの話なしになったから」

 予想だにしなかった言葉がお父様の口から飛び出した。

 
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