上 下
16 / 88

16.採用

しおりを挟む
「火! 火がちゃんとつくかどうか確かめてみないと……!」
「叔母様、マッチはありますか?」
「ちょっと外で買ってくるわね!」

 よかった。こんな物置小屋のような惨状の店内にマッチが置きっぱなしになっていなくて。
 何かの拍子で発火したら、大惨事になってしまうところだった。

 マッチを求めて叔母様が慌てて店から出ようとすると、

「火くらい俺がつけてやる」

 オブシディアさんがそう言って人差し指で弾くような仕草をすると、蝋燭の芯に火が点いた。
 オレンジ色の炎がゆらゆらと揺れる蝋燭と、「どうだ」と言わんばかりの表情をするオブシディアさんを交互に見比べた後、叔母様は私に耳打ちした。

「この蝋燭どうなの? あんなに早く作ったんだから、すごい最悪な質じゃない?」
「いえ、それどころか……」

 蝋燭の形よし、芯の長さと太さよし、炎の揺らめき具合もよし。
 永久の灯火は魔石の力のおかげで水をかけたり、強く息を吹きかけない限り火が消えない。
 それに関してはある程度時間が経たないと確かめられないけれど、現時点では文句なしの一級品。

 彼は間違いなくハーライトさんを超える才能の持ち主だ。

「……何だよ、お前らも俺が何かズルしたって思ってるのか?」

 オブシディアさんが面白くなさそうに唇を尖らせるので、私は首を横に振った。

「思っていませんよ。私はあなたを信じます」
「え? 大丈夫なの、リザリア……?」
「だって、オブシディアさんが妙な術を使って、私たちを騙そうとする様子はありませんでしたから」

 オブシディアさんは作成の速度と精度が異様に優れているだけで、妙な魔法を使っているわけではない。
 私は魔法を使うことができないけれど、魔法によるイカサマを見抜くくらいはできる。

「でもハーライトはこの子を追い出したじゃない」
「……もしかしたら、自分より上と認めたくなかったのかもしれませんね」

 自尊心が高い人だったから。
 そのことを思い返していると、木箱から飛び降りたオブシディアさんが私の顔を覗き込む。

「じゃあ、俺ここで働いていいか?」
「もちろん。そうでしょう、叔母様?」
「え? ええ、リザリアがそう言うなら……」

 叔母様が恐る恐る頷くと、オブシディアさんは首を傾げた。

「ミレーユが店長なんだろ? 一番偉い奴なんだから、もっと自信持った方がいいと思うぞ」
「仰る通りで……」

 出会って初日の人に駄目出しされている……。
 けれど、職人を一人でも確保することができた。
 これなら何とかなるかも……と思っていると、店の外から馬車が止まる音が聞こえてきた。
 シルヴァンお兄様が馬車から降りるのが見えた。

「叔母様、リザリアちょっと借りていくけどいいか?」

 店に入るなり、お兄様が叔母様にそう尋ねる。
 やけに苛立った様子で。

「あ、あのお兄様。私何かしてしまいましたか……?」
「いーや、お前は何もしてない。ただな……」

 お兄様は深く溜め息をついてから言葉を続けた。

「フィリヌ家の奴ら、お前に慰謝料を請求するつもりみたいでな」
「……今、何と?」
「だから自分たちの息子が浮気したのも離婚するのも、全部お前のせいだから慰謝料を寄越せって騒いでいるんだよ」
「………………」

 お兄様の話を聞いて、私は頭が痛くなった。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

婚約破棄?とっくにしてますけど笑

蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。  さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

無能だと言われ続けた聖女は、自らを封印することにしました

天宮有
恋愛
国を守る聖女として城に住んでいた私フィーレは、元平民ということもあり蔑まれていた。 伝統だから城に置いているだけだと、国が平和になったことで国王や王子は私の存在が不愉快らしい。 無能だと何度も言われ続けて……私は本当に不必要なのではないかと思い始める。 そうだ――自らを封印することで、数年ぐらい眠ろう。 無能と蔑まれ、不必要と言われた私は私を封印すると、国に異変が起きようとしていた。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...