上 下
13 / 88

13.苦情

しおりを挟む
「お久しぶりです、アンデシン様」
「む……ああ、そなたはリザリアか。元気にしていたか?」

 私に気付くと、アンデシンは嬉しそうに微笑んだ。
 アンデシン様。六十年間ドラゴン退治を専門としていた凄腕の魔法使いだ。
 火の魔法が得意で、その紅蓮の炎は強固な鱗に守られたドラゴンも焼き尽くす程だとか。
 現在は引退して、ギルドマスターとして若い後輩たちの手助けをしている。

「私は元気ですよ。アンデシン様もお体大丈夫ですか?」
「もちろん。一線を退いた身とは言え、若い者にはまだまだ負けんよ。……しかし先程の者」
「ハーライトさんのことでしょうか?」

 その名前を口に出すと、アンデシン様は眉を顰めた。

「確か以前フィリヌ侯爵の店で働いていた男だったか。あれは職人としては一流であっても、人間としては最低の部類だな」

 それは彼がフィリヌ魔導店にいた頃から言われていた。
 自分以外の従業員を見下し、店内にいる女性客を口説く。
 あまりにも態度が悪すぎて、ハーライトさんの解雇を求める嘆願書を出たこともあるけれど、フィリヌ侯爵はあっさり跳ね除けた。
 むしろ、「ハーライトはうちの店の宝。大事に扱え」と言う始末。
 みんな悔しがっていたけれど、ハーライトさんの作る工芸品は質がいいものばかり。
 どんな理由があっても、侯爵が店に置いておきたがる気持ちは分かった。

 ハーライトさんがようやく店を去ることになり、ついに侯爵でも庇い切れなくなったかと思えば、何と独立するため。
 どうしてあんな奴が自分の店なんかを、と他の職人たちは愚痴を零していた。

 だけど叔母様の店から職人を奪ったくせに、まだ職人を募集しているようだ。
 そうじゃなかったらギルドを訪れたりはしないだろう。
 疑問に思っていると、アンデシン様は頬をぽりぽりと掻きながら語った。

「ハーライトめ。はずれを掴まされたと、ここに苦情を言いに来おった」
「はずれぇ?」

 叔母様が首を傾げる。

「職人志願の魔法使いがハーライトの下を訪れたのだが、姑息な手を使って奴を激怒させたらしい」
「姑息な手……とはどのようなものだったのですか?」
「何でもハーライトよりも早く工芸品を作り、尚且つ奴よりも質がいいものだったとか。……そんなことは有り得ない。インチキに決まっていると立腹していたよ」
「その方はこのギルドのメンバーだったのですか?」
「いんや、どうも他のところから流れて来た魔法使いだったようだ」

 だったら、ギルドには何の非もないはずでは?

「悪さをする同業者を捕まえて、処罰するのも魔法使いの仕事。とっとと見つけ出して店まで連れてこなければ、侯爵に言い付けてギルドを潰す。……これがハーライトの主張だ」
「そんなの、脅しではありませんか……」
 
 侯爵に言って魔法使いギルドを潰してもらう?
 そんなこと、できるわけがない。
 誰がこの国を魔物から守っていると思っているのだろう。

「まあ、そんなものは無視すればいい。で、リザリアと隣のお嬢さんは何用かな?」
「今度新しい魔導工芸品店をオープンするのですが、うちで働いてくれる職人を募集しているのです」
「なるほど、そういうことか」

 アンデシン様は私たちのお願いを快く受け入れ、求人のチラシをギルドに置くことを許可してくださった。
 それからギルドから出る時にお土産として、手作りのドライフルーツもくれた。長期戦となる魔物退治のお供である。

「美味しそう~! これでパウンドケーキ作ろうかしら」

 叔母様はドライフルーツにご満悦な様子だった。
 ハーライトさんのことはすっかり忘れてしまったようだ。
 ……あんな人のことは忘れてしまった方がいい。

 二人でラ・ロシェリ―の街並みを眺めながら店に戻ろうとして……。

「……あら?」

 路地裏の前で誰かがしゃがみ込んでいた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

婚約破棄?とっくにしてますけど笑

蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。  さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...