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13.苦情
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「お久しぶりです、アンデシン様」
「む……ああ、そなたはリザリアか。元気にしていたか?」
私に気付くと、アンデシンは嬉しそうに微笑んだ。
アンデシン様。六十年間ドラゴン退治を専門としていた凄腕の魔法使いだ。
火の魔法が得意で、その紅蓮の炎は強固な鱗に守られたドラゴンも焼き尽くす程だとか。
現在は引退して、ギルドマスターとして若い後輩たちの手助けをしている。
「私は元気ですよ。アンデシン様もお体大丈夫ですか?」
「もちろん。一線を退いた身とは言え、若い者にはまだまだ負けんよ。……しかし先程の者」
「ハーライトさんのことでしょうか?」
その名前を口に出すと、アンデシン様は眉を顰めた。
「確か以前フィリヌ侯爵の店で働いていた男だったか。あれは職人としては一流であっても、人間としては最低の部類だな」
それは彼がフィリヌ魔導店にいた頃から言われていた。
自分以外の従業員を見下し、店内にいる女性客を口説く。
あまりにも態度が悪すぎて、ハーライトさんの解雇を求める嘆願書を出たこともあるけれど、フィリヌ侯爵はあっさり跳ね除けた。
むしろ、「ハーライトはうちの店の宝。大事に扱え」と言う始末。
みんな悔しがっていたけれど、ハーライトさんの作る工芸品は質がいいものばかり。
どんな理由があっても、侯爵が店に置いておきたがる気持ちは分かった。
ハーライトさんがようやく店を去ることになり、ついに侯爵でも庇い切れなくなったかと思えば、何と独立するため。
どうしてあんな奴が自分の店なんかを、と他の職人たちは愚痴を零していた。
だけど叔母様の店から職人を奪ったくせに、まだ職人を募集しているようだ。
そうじゃなかったらギルドを訪れたりはしないだろう。
疑問に思っていると、アンデシン様は頬をぽりぽりと掻きながら語った。
「ハーライトめ。はずれを掴まされたと、ここに苦情を言いに来おった」
「はずれぇ?」
叔母様が首を傾げる。
「職人志願の魔法使いがハーライトの下を訪れたのだが、姑息な手を使って奴を激怒させたらしい」
「姑息な手……とはどのようなものだったのですか?」
「何でもハーライトよりも早く工芸品を作り、尚且つ奴よりも質がいいものだったとか。……そんなことは有り得ない。インチキに決まっていると立腹していたよ」
「その方はこのギルドのメンバーだったのですか?」
「いんや、どうも他のところから流れて来た魔法使いだったようだ」
だったら、ギルドには何の非もないはずでは?
「悪さをする同業者を捕まえて、処罰するのも魔法使いの仕事。とっとと見つけ出して店まで連れてこなければ、侯爵に言い付けてギルドを潰す。……これがハーライトの主張だ」
「そんなの、脅しではありませんか……」
侯爵に言って魔法使いギルドを潰してもらう?
そんなこと、できるわけがない。
誰がこの国を魔物から守っていると思っているのだろう。
「まあ、そんなものは無視すればいい。で、リザリアと隣のお嬢さんは何用かな?」
「今度新しい魔導工芸品店をオープンするのですが、うちで働いてくれる職人を募集しているのです」
「なるほど、そういうことか」
アンデシン様は私たちのお願いを快く受け入れ、求人のチラシをギルドに置くことを許可してくださった。
それからギルドから出る時にお土産として、手作りのドライフルーツもくれた。長期戦となる魔物退治のお供である。
「美味しそう~! これでパウンドケーキ作ろうかしら」
叔母様はドライフルーツにご満悦な様子だった。
ハーライトさんのことはすっかり忘れてしまったようだ。
……あんな人のことは忘れてしまった方がいい。
二人でラ・ロシェリ―の街並みを眺めながら店に戻ろうとして……。
「……あら?」
路地裏の前で誰かがしゃがみ込んでいた。
「む……ああ、そなたはリザリアか。元気にしていたか?」
私に気付くと、アンデシンは嬉しそうに微笑んだ。
アンデシン様。六十年間ドラゴン退治を専門としていた凄腕の魔法使いだ。
火の魔法が得意で、その紅蓮の炎は強固な鱗に守られたドラゴンも焼き尽くす程だとか。
現在は引退して、ギルドマスターとして若い後輩たちの手助けをしている。
「私は元気ですよ。アンデシン様もお体大丈夫ですか?」
「もちろん。一線を退いた身とは言え、若い者にはまだまだ負けんよ。……しかし先程の者」
「ハーライトさんのことでしょうか?」
その名前を口に出すと、アンデシン様は眉を顰めた。
「確か以前フィリヌ侯爵の店で働いていた男だったか。あれは職人としては一流であっても、人間としては最低の部類だな」
それは彼がフィリヌ魔導店にいた頃から言われていた。
自分以外の従業員を見下し、店内にいる女性客を口説く。
あまりにも態度が悪すぎて、ハーライトさんの解雇を求める嘆願書を出たこともあるけれど、フィリヌ侯爵はあっさり跳ね除けた。
むしろ、「ハーライトはうちの店の宝。大事に扱え」と言う始末。
みんな悔しがっていたけれど、ハーライトさんの作る工芸品は質がいいものばかり。
どんな理由があっても、侯爵が店に置いておきたがる気持ちは分かった。
ハーライトさんがようやく店を去ることになり、ついに侯爵でも庇い切れなくなったかと思えば、何と独立するため。
どうしてあんな奴が自分の店なんかを、と他の職人たちは愚痴を零していた。
だけど叔母様の店から職人を奪ったくせに、まだ職人を募集しているようだ。
そうじゃなかったらギルドを訪れたりはしないだろう。
疑問に思っていると、アンデシン様は頬をぽりぽりと掻きながら語った。
「ハーライトめ。はずれを掴まされたと、ここに苦情を言いに来おった」
「はずれぇ?」
叔母様が首を傾げる。
「職人志願の魔法使いがハーライトの下を訪れたのだが、姑息な手を使って奴を激怒させたらしい」
「姑息な手……とはどのようなものだったのですか?」
「何でもハーライトよりも早く工芸品を作り、尚且つ奴よりも質がいいものだったとか。……そんなことは有り得ない。インチキに決まっていると立腹していたよ」
「その方はこのギルドのメンバーだったのですか?」
「いんや、どうも他のところから流れて来た魔法使いだったようだ」
だったら、ギルドには何の非もないはずでは?
「悪さをする同業者を捕まえて、処罰するのも魔法使いの仕事。とっとと見つけ出して店まで連れてこなければ、侯爵に言い付けてギルドを潰す。……これがハーライトの主張だ」
「そんなの、脅しではありませんか……」
侯爵に言って魔法使いギルドを潰してもらう?
そんなこと、できるわけがない。
誰がこの国を魔物から守っていると思っているのだろう。
「まあ、そんなものは無視すればいい。で、リザリアと隣のお嬢さんは何用かな?」
「今度新しい魔導工芸品店をオープンするのですが、うちで働いてくれる職人を募集しているのです」
「なるほど、そういうことか」
アンデシン様は私たちのお願いを快く受け入れ、求人のチラシをギルドに置くことを許可してくださった。
それからギルドから出る時にお土産として、手作りのドライフルーツもくれた。長期戦となる魔物退治のお供である。
「美味しそう~! これでパウンドケーキ作ろうかしら」
叔母様はドライフルーツにご満悦な様子だった。
ハーライトさんのことはすっかり忘れてしまったようだ。
……あんな人のことは忘れてしまった方がいい。
二人でラ・ロシェリ―の街並みを眺めながら店に戻ろうとして……。
「……あら?」
路地裏の前で誰かがしゃがみ込んでいた。
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